[お仕置き]



 「おい……。」
 「ん、なに?」
 「……コショウを寄越せ。」
 「…………。」

 魔術師の塔の、とある朝。
 ぶっきらぼうに放たれたルカからの『お願い』に、が口元を引き攣らせた。

 「……あんたさ。普通に『コショウ取ってくれ』って言えないわけ?」
 「黙れ。そもそも何故、コショウが貴様の手元にあるのだ? それが理解できん。」

 「…………………。」

 また始まった。
 毎度おなじみ、 vs ルカ戦。
 朝っぱらから、コショウごときで火花を散らす大人二人に、ルックは思わず溜息をもらす。

 「バッカじゃーん! 私は、コショウが大好きなんですー! ってかあんた、私の目の前に座ってんだから、その無駄に長ーい腕伸ばせば、取れるでしょ?」
 「馬鹿は、貴様だ。だいたい、こうして大人数で食事をしているのだから、調味料はテーブルの中心に置くのが基本だろう? いったい貴様は、どれだけ馬鹿を極めれば気が済むのだ?」

 向かいを見れば、セラが、そんな大人二人を気にすることなく静かに食事を進めている。正直、ここまで肝の座った娘に育つと思っていなかったが、ほぼ毎朝繰り広げられる『馬鹿二人の調味料争奪戦』に怯えて暮らすより、まだマシなのだろう。

 「調理中の段階で、ちゃんとコショウ振ってあるんだから、薄味派には必要ないでしょ!」
 「馬鹿者が! いつ、どこで、誰が薄味派だと言った? 俺をこいつらと一緒にするな!」

 こいつらとは無論、自分を含んだセラとレックナートのことだろう。

 「それ言うなら、あんただって塩取らないでよね! あんたが持ってっちゃったら、私のかける分が無くなっちゃうじゃん!」
 「いい加減に言い飽きたが…この馬鹿者が! これだけの大きな容器に入っているのだぞ? そう簡単に無くなってたまるか!」

 補足すれば。
 それまで濃い味派は、彼女一人だけだった。だが彼が来てからというもの、この濃い味派共は、徒党を組むどころか朝、昼、夜と、調味料争奪戦を繰り返している。
 セラも、実を言えば濃い味派に近いのだが、どちらかと言えば皆の中間に位置するので、一応、彼からすれば薄味派に分類されるのだろう。

 『塩』のラベルが張られた、デカデカとした筒状の細長い入れ物を、まるで印籠のごとく振りかざしスープに振りかけながら、彼が反論した。それに「はァー!?」と言って、彼女はさらに反論しだす。

 「馬鹿はあんただし! つい最近留め具ぶっ壊して、ウルトラ塩スープにしたのは誰でしたっけー!?」
 「……あれは、そこの小僧が止めるのを忘れていたからだ。俺の所為ではない。」

 「……………。」

 ・・・・・・・・・僕かよ。僕に飛び火かよ。
 思わず彼女のような言葉で突っ込んでしまったが、『馬鹿』の仲間入りはしたくなかった為、目を合わすことなくスルー。ふと隣のレックナートを見れば、彼女は「今日のサンドイッチは、少し薄いですね…。」とかほざいている。自分では作らないくせに、ちゃっかり文句だけは言う人だ。

 「なーに、ルックの所為にしちゃってんのー? 大の大人が、超笑えるんですけどー?」
 「勝手に笑え! 笑い過ぎで、爆発して、何処か遠くへ飛んで行ってしまえ!」
 「ちょっ…、風船じゃねーよ! ウッザ! あんた最高にウザイんですけど!!」
 「ふん! ならば、とっととコショウを寄越すんだな。」
 「はぁ!? ウッザ!! 自分で取れば良いじゃん! ほーれほれほれ、ここにあるんだから、ご自分でどうぞー!!」
 「………貴様の方こそ”ウザい”わ! この大馬鹿者が!!」

 毎日毎日、よく飽きることなくこんな馬鹿げた問答が続けられるものだ。そうは思ったが、口に出すことは控えた。馬鹿には、絶対に、決してなりたくなかったからだ。

 ックシュン!

 正面から可愛いくしゃみ。セラだ。どうやら、彼の目の前で彼女が「ほれほれ取ってみ!」と言いながらコショウを振っていたため、それが鼻に入ったらしい。

 「………きみ達、いい加減に…」

 フ、ックシュ!

 今度は隣からくしゃみ。師だ。彼女がくしゃみをする所など初めて見た。レアだ。・・・・・・って、それは今はどうでもいい。
 目標は『静かな食卓を取り戻す』こと。師のくしゃみがレアだとか思っている場合じゃない。

 そう考えていると、彼女が彼を詰り出した。

 「ほらぁ! あんたが我が儘言ってっから、セラもレックナートさんも被害にあってんじゃん!」
 「馬鹿がっ! 俺の所為にするな! ハナっから貴様が俺にコショウを渡していれば、こうならずに済んだのだ!」
 「はぁー!? 意味わかんないんですけど? 取りゃ良いじゃん。ほれ、取れ取れ!」
 「っ、早く貸せッ!!」

 苛立ったのか、彼が彼女の手からコショウを奪い取る。
 だが、その力任せな行動が、更なる悲劇を生んだ。

 ブワッ!!!

 コショウが、盛大に食卓へと舞った。



 ・・・・・。

 ・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・。



 ウぇッークショイ!!

 ハーックシュ!

 ックシュン!

 フ、ックシュ!



 「…………………。」

 盛大にくしゃみしだした面々を見て、ルックは、額に手を当て俯いた。
 ちなみに上から、ルカ、セラ、レックナートのくしゃみだ。ついでに言えば、今日ルックは鼻が詰まっていた為、コショウの餌食にはならなかった。

 ・・・・・・馬鹿馬鹿しい。まったくもって、心底馬鹿馬鹿しい。
 そもそも彼の言う通り、調味料なんて、食卓の中心に置いておけば良いじゃないか。コショウを占領する彼女も彼女だ。どうしてそう調味料に固執するんだ。言ってしまえば、彼も彼だが。
 味なんて、有って無いようなものじゃないか。濃いのは好きじゃないが、薄い分にはまったく問題ない。もう調味料はキッチン台に置いて、かけたい奴が足を動かせば良いじゃないか。
 それを・・・・・どいつもこいつも、やれ味が濃いだの、やれ薄過ぎるだの・・・・。

 「ウェっークショい! ほら、あんたが…ックショイ! 早く取ら…ヴぇック…ショイ! ないからー!」
 「黙れ…ックシュ! 貴様が、早ハ…クシュ! 渡さんからだろ…、ハーックシュ! が!!」

 コショウは、尚も、ふわふわ舞っている。
 馬鹿な大人二人の怒号を、微妙に牽制しながら・・・・。

 「………………………………ッっ!!!!!」



 ブチィッッ!!!!!



 ルックの中で、何かが弾け飛んだ。俗に言う『堪忍袋の緒』というやつだ。
 だが、後から思えばこれもいけなかった。
 音もさせずに椅子から静かに立ち上がる。すると危険を察知したのか、セラが食事の手を止め残り物をトレーに並べて、転移で静かに姿を消した。

 「………きみたち…………いい加減に………っ…………しなよッ!!!!!!」

 ルックの右手が、大きな光を発した。






 ブぇッークショイ!!

 ハーックシュ!

 キレたルックの放った『真なる風の紋章』の最大魔法。それが、キッチンを全壊させる結果となった。しかし、その全壊したキッチンに残されたのは、とルカの二人だけ。

 「……最悪、ックショイ!」
 「それハーックシュ! ……こっちの台詞だ。」

 ブチ切れたルックは、紋章を放ってスッキリしたのか、すでに姿がない。
 「ご馳走様でした。あぁ、片付けを宜しくお願いしますね。」と、盲目の師の放った言葉によって、キッチンの片付けを余儀なくされた。
 やってられるか、と放り出すのは簡単だったが、如何せん、キッチンが元に戻らない事には今後食事にありつけない。
 仕方ないと思ったのか、はたまた意外に几帳面な性格なのか「くっ、今日中に何とかするぞ!」と意気込み始めたルカを尻目に、は長ーい溜息をついた。
 目敏いのか、彼はそれに眉を寄せる。

 「…おい。溜息ついてる暇があるなら、あそこを片付けろ。俺はここをやる。」
 「やだぁ……。ちゃん…………掃除したくなーい……。」
 「甘ったれるな! 冗談は、その顔だけにしておけ。現実をしっかり見んか! この程度で済んだのだ。やれば出来るだろう。」
 「……………。」

 意外な言葉であったが、確かに、とも思った。
 ルックの持つ紋章の最大魔法。それをモロに受けても、勘が働き事前に姿を消したセラ以外、全員ピンピンしていたのだ。レックナートなど、ちゃっかり『守りの天蓋の札』を発動させていたようで傷一つなく、挙句の果てに「次は、もう少し塩味を強くして下さいね…。」と言って姿を消した。

 あれだけ彼が激怒した状態で魔法を発動させたのだから、もう少し傷だらけになっていてもおかしくない。だが、奇跡的に全員無傷。
 しかし、はルックを恨んだ。上手い具合に手傷を負わせてくれてたなら、こうして改築当番にならずに済んだのかもしれないのに、と。

 ルックが手加減したのかと問われれば、それは『No』だ。彼は、あのとき確かにブチ切れていたし、本気中の本気だった。しかし、元より魔法耐性が高いルカと、無意識の内に『魔力による防護』をしていたにとって、それは『死ぬほどの脅威』ではなかったのだ。
 もちろん、二人とも衣服が所々千切れ、もう散々な格好だったが・・・。

 「……ちゃんは………掃除……したくないのーぅ……。」
 「おい! いい加減、現実逃避は止めておけ! 余計に虚しくなるだけだぞ。俺は、ここをやる。貴様は、今日中にそこを元に戻せ。」
 「うぅ……やだよーぅ……………やりたくないよーぅ…。」



 この教訓から、調味料は、食卓ではなくキッチン台に置かれることになったらしい。