俺の性格からして 意外だと言われるかもしれない
出会った人達には 変わった男と思われたり
大抵の人からは 自由人 なんて冗談めかして言われたりするけど
そんな俺が もし こんなことを言ったなら
皆が皆 「意外だね」と言うだろう
俺は なるべく出さないようにはしてるけど
当の本人は 気付いているのかもしれない
でも それでも俺は 誰かに言うつもりもない
それは もちろん 『彼女』にも
俺の性格を知ってる奴なら
俺 という人間を知っている奴なら
「意外だ」 というかもしれないけれど
俺は 『彼』が苦手だった・・・・・
[苦手意識]
澄み渡る空に、草原の溢れる大地。
グラスランドと呼ばれる彼の地の、とある場所、とある時間。
一人の青年が、草花に身を沈め、身を隠すように昼寝をしていた。
この地方特有の少し乾いた風と共に、その身を照らす陽の光は、青年が幼い頃から何も変わらず、今でもそこに在り続けている。
その中で、変わっていくものは、確かにあるものの───その地に住む人々や、また様々な状勢など───、変わらないでいてくれるものが存在するだけで、この戦乱の中の僅かな一時を、緩やかに変えてくれる。
サク・・・・・。
その音で、青年は目を開けた。
「あ、いた! あんた、こんな所で寝てたの?」
別に眠りに落ちていたわけではなく、単にウトウトしていただけだったのだが、頭上からかかったその声に『意外に近くまで来ていたんだな』と思った。自分に気配を悟られず、ここまで近づけるなんて、片手で足りるぐらいしか知らない。
そう考えながらゆっくりと身を起こすと、すぐ目の前には、よく見慣れた女性の顔。
「あぁ……か。」
「うん。お邪魔?」
「いーや、全然。」
よっ、と声を発しながら完全に身を起こして、傍でしゃがみ込む女性に向き合うように胡座をかく。と呼ばれた女性も、青年の真似をするように、胡座をかいた。
「おはよう。」
「あぁ、おはよう………って、もう昼…」
「いちいちツッコむな!」
ゴンッ!という音と共に──彼女から鉄拳を頂戴したのだ──青年は、思わず頭を押さえた。ズキズキ、ガンガンする。これが本気でなく冗談だと言うのだから、彼女の鉄拳MAX.verとは、一体どれほどの威力なのか。
涙目になりながら見上げると、彼女は、悪戯っ子のような顔で笑った。
「……痛い…。」
「ふふっ!」
ふふっ、じゃない。痛いのだ。
手痛い突っ込みを容赦なく行う、この女性。思い返せば、出会った瞬間からその凶器とも言われる拳を、寸分の狂いもなく自分に繰り出していた。
しかし、その時は、彼女に一切の非はなかった。殴られた原因は、事故だったとはいえ、自分にあったのだから・・・・。
あれは、とある町へ、仲間達と共に出向いた時のことだった。
自分は、本当にちょっとしたことで、町中でド派手に転びそうになった。
戦争のリーダーを務め、超有名人でもあるに関わらず、人々が大勢行き交うこの場所で地面に顔面強打、という事態は、ハッキリ言っていただけない。仮にもリーダーなのだから。
故に、藁をも掴む必死の思いを込めて、迫りくる大地に内心大汗かきながら『何かに捕まらなくては!』と、咄嗟に手を伸ばした。
「……あ………。」
「………………。」
町中は混雑というほどでもなかったが、運が良かったのか、はたまた悪かったのか、偶然その横を通り過ぎようとしていた女性の胸を鷲掴みにしてしまった。
まだ陽の高いうち・・・・・というよりも、傍目にも明らかなセクハラ罪。事故だと言うには簡単だったが、生憎、弁解をするよりも早く、彼女の強烈な右ストレートが自分の左頬でクリティカルをたたき出した。
・・・・何とも痛い出会いである。
だが、手の早さとは違い、思いのほか話が通じる人間だということも分かった。故に、彼女に散々謝り倒したあと、話の流れで彼女とその『連れ』を仲間に迎えることが出来た。
その出会いを回想しながら苦笑いしていると、彼女が不思議そうな顔。
「あんた、なにニヤニヤしてんの?」
「いやー…。始めて会った時のこと、思い出してた。」
「………あー、あれか…。」
彼女もどうやらハッキリと覚えているようで、同じく苦笑い。
すると、ここで第三者の声がかかった。
「………おい、。」
「ん? あぁ、テッド。どしたー?」
「…………。」
オレンジに近い茶髪をした、小柄な少年。旅をする者特有の丈夫な服を身につけているが、その色合いから『青系統』を好んでいるのがよく分かる。
しかし、彼女が連れであるその『テッド』の登場に、思わず口を閉じた。
テッドと呼ばれた少年が、苦手だった。
別に、嫌いなわけではない。仲が悪いわけでもない。話が出来ないわけでも・・・。
ただ、言葉には表せないものがあるだけで。ただ、苦手意識が拭えなかった。
彼女と出会った時、彼は、彼女の後ろで気配を消し、ひっそり佇んでいた。
胸鷲掴み事件当初、もちろん彼も彼女の傍にいた為、事件の全容は知っている。
しかし彼は、彼女との決定的な違いを、ハナっから見せてくれていた。
右ストレートを食らった後、謝り倒していた自分に、彼女は「むしろ、私も殴っちゃってごめん…。」と言っていた。彼女は、話しが通じる奴だった。
当の本人である彼女は、それで許してくれた。それなのに彼は、突き刺さるような眼光を向けてきた。睨みつけるというより、むしろ射殺す勢いで注がれた鋭いそれは、間違いなく彼が自分だけに宛てたものだった。
あの時は、弁解に夢中で、どうすることも出来なかったが・・・。
事故であり、それより彼女に「まぁ、しゃーないよね。」と笑って許してもらえたはずなのに、それから先も、ずっとその鋭い瞳に晒され続けていた。
言ってはなんだが、そこまで腹を立てられる筋合いもない。自分には恋人がいたし、それを誰から聞いたのか、彼女も「あの時の事は、内緒ね…。」と苦笑まじりに言ってくれた。
けれど彼だけは、自分に向ける目──敵意にも似たような──を、会えばかならず向けてきた。むしろそれは、日を増すごとに冷たくなっていく気がするのだ。
『……俺だって、サナっていう恋人がいるんだからな。好きでの胸を掴んだわけじゃないぞ。まぁ……確かに、ちょっとラッキー! ぐらいは、一瞬思った………かもしれないけど…。』
仲間になりたての頃は、持ち前の負けん気を発揮して睨み合いを繰り広げたこともある。しかし不思議と、彼の持つ眼力というか目力に勝てなかった。
その理由は、きっとリーダーとしてまだまだ力不足だからだと思っていたが、ある時そうではないことに気付いた。それは、自らが友と認め、またそう認められている男の言葉だった。
『……テッドは、ただの子供ではない気がする………。』
確かに、言われた通りだと思った。妙に納得出来てしまったのだ。
時折、彼女と共に遠くを見つめ、遠い場所へ想いを馳せるような瞳。ふとした瞬間に見せる、触れただけで壊れてしまいそうな自嘲的な笑み。見た目とは違った、不意に発する的確な指摘や、後で思い返すと『確かに助けになった』と感謝するような助言。
彼女も、どことなく彼と同じ空気を持っていたが、二人には決定的な違いがあった。
彼女は、人と接することを厭わない。誰とでも笑顔で話をすることが出来る。
しかし、彼はそれとは真逆で、人と接することも話すことも拒んだ。唯一、彼女に気を許しているということは傍目にも明らかだったが、本当に彼女一人だけ。自分が話しかけても、仲間が話しかけても、一言「…俺に関わらないでくれ。」と拒絶を示すのみ。
なんなんだ? と思ってみても、そんな彼と唯一会話の成り立つ彼女は、ただ「ごめん、気を悪くしないで…。」と、困ったように笑うだけ。
とはいえ、彼女の傍には、常に彼がいた。
本拠地の城内で見かけ、声をかけた時。
昼食時、レストランで見かけた時。
夜、ふと一人になりたいと思い、深い刻限であるにも関わらず、城下の湖畔におりた時。
一人自由な時間があっても良いんじゃないか? と思うほど、二人は常に一緒にいた。
それが何故なのか皆目見当もつかなかったが、それを見ていれば、互いが互いに絶対的な信頼を寄せ合っているのは分かった。
そんな考えを巡らせていると、強い視線。鋭い反面、それが実は深い嫉妬だと知ったのは、友の言葉がきっかけだ。冷たいようでいて、実は『』という女性にだけは、それが優しさと愛情に満ち溢れていることに、きっと彼女は気付いてはいまい。
それは、彼の中に眠る照れくささがそうさせているのだろうが、生憎じっくり観察してきた自分やその友人には、バレている。
しかし、彼は本当にただ者ではない。そう思った。
何故なら、先ほど彼が声をかけて来るまで、傍に来たことに自分は全く気付けなかったのだ。
彼女もそうだが、彼もそうだ。足音を、気配を完全に消して──先ほどの彼女は、あえて足音を出していたようだが──まるでそこに存在していないように相手に近づく。まるでそれが『生活の一部だ』とでも言うように。
その技術は、そう簡単に習得出来るものではない。15〜16歳であろう彼に至っては、いったいその歳でどうやってそれを会得したんだと問いつめたくなるほど見事なものだった。
それが示すもの。やはり彼は、ただの子供ではない。
そして、そんな彼といる彼女も、やはりただの旅人ではない。
この二人は、自分の知らない、彼らだけの長き『物語』を歩んで来たのだ、と。
「……………。」
不意に一人になりたくなって、城の近場にある草原に出た。彼女は、きっとそれを何処かから見ていて、後を追って来たのだろう。
更に、彼女の傍にいた彼も、半強制的にここへ来ざるを得なかったのだ。彼は、彼女に弱いから・・・・。
チラ、と、太陽の光を反射するオレンジの髪を見つめた。その流れのまま、その瞳を見る。彼は、相も変わらず自分を睨みつけていた。
出会った頃から変わらない、その冷めたような瞳。でも、そこに一瞬、ほんの一瞬だけ『寂しさ』が見えた気がした。
その理由を知るのは、彼の”唯一”である彼女だけなのだろう。仲間になったとは言っても、彼が、自分やその仲間達に歩み寄ることは決してないのだろうから。
ヤキモチと嫉妬の入り交じる茶色の瞳は、それでも彼女に対してだけは、急激な優しさに変化する。その意味を、知っていた。
不意に笑いが込み上げ、吹き出した。
彼は、自分と同じだ。自分と同じで、彼も『恋』をしている。
他でもない、いつも隣にいてくれる、彼女に・・・・・。
すると彼は、物凄く不機嫌そうな顔で言った。
「……………なんだよ?」
「いや、別に……なんでも。」
「……………、行くぞ。」
自分を睨みながら、彼が彼女に声をかけ、踵を返す。
「ちょっとテッド、待ってよ! まだ来たばっかじゃん!」
「…………俺、腹減った。」
「えー!? さっき食べたばっかだしッ!」
「…………デザート、食いそこねた。」
「はぁー!?」
やだやだー!と、彼女が駄々をこねる。
今来たばかりなのに、もう戻らなくてはならないなど有り得ない、と。
すると、彼は、一言。
「……………。」
「うっ……。」
拗ねたような、その上目遣い。計算しているのか、いないのか。
彼女は、あの目に弱い。あの目をされると、それ以上、強く出れないのだ。
「………俺、腹減った。」
「っ……はいはい、分かったよ! 戻りゃあ良いんでしょ、戻りゃあ!」
ほら、やっぱり彼女が負けた。彼が上目遣いをした時点で、勝敗は決していた。
彼は彼女に弱いけど、彼女も彼に弱い。その力関係は、端から見れば彼女の方が強いだろうけど。でも・・・・
本当は、彼の方が、彼女を上手く扱っているのだ。
彼女は「…じゃあ、また後でね。」と不貞腐れたように手を振って、彼の後を追って行く。それが急に駆け足に変わったのは、恐らく彼女が「先に城についた方が勝ちね!」と言ったからだろう。そして彼は、そんな彼女に分からないよう、器用に勝ちを譲るに違いない。
自分には、とてもそんな器用な真似は出来ない。
相方の手綱を上手く握り、時に優しく諌め、時に思いきり甘やかす、なんてこと・・・。
自分と彼は・・・・・・似て非なる者だ。
小さくなっていく二人の背を見つめ、そう考えながら、苦笑いが零れた。
「やっぱ……………苦手だな。」
俺の性格からして 意外だと言われるかもしれない
出会った人達には 変わった男と思われたり
大抵の人からは 自由人 なんて冗談めかして言われたりするけど
そんな俺が もし こんなことを言ったら
皆が皆 「意外だね」と言うだろう
俺は なるべく出さないようにしてたけど
当の本人は とっくに気付いていたんだろう
でも それでも俺は 誰かに言うつもりもない
それは もちろん 彼女にも
俺の性格を知ってる奴なら
俺 という人間を知っている奴なら
「意外だ」 というかもしれないけれど
俺は やっぱり『彼』が苦手だった・・・・・