[離反]
広大な森に覆われ、無機質な石で精巧に作り上げられた、巨大な塔。
その最上階で、二つの影が、間を空けて静かに向かい合っていた。
360度所々に開かれた縁のない小さな窓の一角からは、月と分かる淡い光が、部屋の中を微かに照らしている。
「やはり、行くと言うのですね………。」
女の透き通る声が、決して広いとは言えないその部屋に静かに響く。その髪は長く、まるで夜に溶け込むような漆黒だが、その肌は対を成すように白い。開かれることのない瞳。その整った顔には、表情が見えなかった。
人形のように美しく佇む姿。その肩が僅かに上下していなければ、死人のようにも見えてしまうだろう。
「待ち焦がれていた…………時が来ました…………。」
女の問いかけに答えるように、向かい合う位置に立つ影がそう返した。声だけで、まだ少年のものだと分かる。
月の光を緩やかに反射する柔らかな髪。オリーブグリーンの。その少年もまた、向かい合う女と同じく端正な顔立ちをしていたが、やはり同様に表情が見られない。俯くと、サラリと流れた前髪の奥───その額からは、どこであつらえたのか、顔と体躯に似合わぬ痛々しい傷跡。
少年を見据えて、女は言った。
「私が止めても………。」
その台詞が終わる前に、女が、自身の魔力をもって少年を捕らえようとする。少年は、その力に抗うように瞳を閉じる。見えない力がぶつかり合い、空間に歪みが起きた。
しかし女の力では、この十数年で成長した少年に及ぶことはなく、ジッ、と嫌な音をさせて、見えない攻防はあっけなく終わりを迎える。
ゆっくりと目を開けると、少年が言った。
「僕を止めることなど、出来ません。不完全なる門の紋章では………。」
「うっ………。」
女が、苦しげな声を上げた。それを聞いて、少年は目を伏せる。
「僕の心の中には、世界に対する憎しみがあります。それは………レックナート様、あなたも含めてのことです………。」
今まで内へ秘めていた想いを吐露するように、その中の迷いを振り切るように、少年はそう言った。その瞳の奥深くで、『決して振り返りはしない』という、固い決意を胸に秘めて。
背を向けて歩き出そうとする少年に、女───レックナートは、心持ち俯きながらも更に問うた。
「それが、貴女の望みなのですか?」
「……………………。」
少年は、答えない。俯き何かを考えるように、じっと床を見つめている。
だが、やがて顔を上げると、自身の発した強い光に身をゆだねてその場から姿を消した。
「ルック………………。」
震えるように呟かれた、その名。
けれど、それは、彼女の愛弟子であったはずの少年には、決して届くことのない哀願だった。