「……。」
「ん、なに?」
「…………………お前も戦え。」
また、彼がそう言った。
[彼と刀と不思議な出来事]
「……戦ってんじゃん?」
「…………。」
それは、いつぞやで聞いたことのある台詞だったが、一つだけ違うのは、これから険悪になるであろう二人を止める青年がもういないことだ。
いつもならば、ここでが激怒してテッドに拳を振る舞うのだが、その青年が居なくなったことで、手が出ることはなくなった。
無言になった少年に、は畳み掛ける。
「紋章でパーフェクトな援護してるし、回復だってちゃんとやってるじゃん!」
「……そりゃ、そうだけど…。」
「これ以上、私になーにを求めんの?」
「…………武器。」
少し言い淀んだが、彼はそう言った。
「俺だって…、出来るなら、お前に武器なんて扱って欲しくないけど…。」
「あらまぁ!!」
「バカ、茶化すなッ! それに強い敵が出た時は、俺の攻撃だけじゃ対処しきれないのは……お前だってよく分かってるはずだろ?」
「うーん、確かに…。」
彼が、付け合わせのパセリを口に入れながら、目を逸らす。
「……私のも、あげるよ。」
「お前なぁ…。いい加減、パセリぐらい普通に食える様になれよ。ガキじゃあるまいし。」
「……料理にパラパラ振りかけられてるのなら許せるけど、そのもっさりした状態で食べるのは、流石に無理だわ…。」
「なんだよ、その屁理屈は。いくらなんでも、マヨネーズかければ食えるだろ?」
「ブロッコリーは、マヨ有りならオッケーだけど…。パセリは、死んでも無理。」
「ったく。じゃあ、遠慮なくもらうぞ。その代わりに、俺のセロリやる。」
「ちょっ、オメーもガキみてーなこと言ってんじゃねーよ! どの口がそう言ったんだよ!?」
「な、なんだとッ!?」
「セロリぐらい、普通に食えば良いじゃん! ”マヨかけて”。」
「う、うるさい! マヨかけたって、無理なものは無理…………って、話をそらすなよ!」
「あ、バレた?」
苦手野菜の議論もそこそこに、彼の言葉に『まぁ、確かに一理あるか』と思った。ただの雑魚敵なら、彼の弓と自分の土紋章で一網打尽にできるが、それが強敵となれば話は違う。
彼は、少年、という肉体の圧倒的不利を抱えていたのだから。
それは紋章のせいであり、彼には何の非もないのだが、肉体が成長途中で止まってしまっているため、誰にもどうにもならない。
対して自分は、成人した後に紋章を手にいれたために肉体的な不利はなく、彼よりは体力腕力共に強い。自分が武器を取って戦えば、彼一人では倒せない強敵でも逃げずになんとかなる。
彼は、そう考えたのだろう。
実際、テッド本人の本音を言えば、先の言葉に出た通り、彼女に武器を取ってほしくはない。しかし、どうやら彼女は、その案に感じ入るものがあったようで、うなり声を上げて考えている。それを見て、もう一押しかと考え、両手を合わせて頼み込んだ。
「な? 、頼むよ!!」
「うーん、どうしよっかなぁ……。」
「一生のお願いだから、な? この通りだ!!」
「…………。」
実を言うと、は、彼のこの言葉に弱かった。
元々、瞳がウルウル系な彼は、頼み事をするときに必ずと言っていいほどこの仕草をする。上目遣いで見つめてくるその姿に、思わず『可愛い』と思ってしまうのだ。
そんな無意識の得意技を使われては、無下に断ることも出来ない。
「…………分かった。いいよ。」
「ほ、本当か!?」
「ただし……お金は、あんたが出してね。」
「うっ…! あ、あんま高いの選ぶなよ…。」
「どーしよっかなー!!」
慌てて財布の中身を確認する彼。思わず笑った。
宿を出ると、活気のある男達の声や、華やかに賑わう女達の声が聞こえた。どうやら今日は、朝市が開催されているようだ。
祭りや朝市、と聞くと黙っていられないのが、である。彼女は、人々の賑わう声の方向を確認すると、自分の腕を引っ張りながらずんずん歩いた。その瞳は爛々と輝いており、まるで祭りに心躍らせている子供のよう。
その姿を横目に、ガキっぽいな、と思いながらもそのまま引っ張られていると、大通りに出た。途端、人混みに飲み込まれる。
「ちょ、おい……!!」
「ぎゃーーーーッ!! 死ぬーーーッ!」
この展開は流石に予想してなかったようで、彼女は、まるでキリモミするよう人混みの中へ飲まれていく。咄嗟に手を伸ばしたが、まるで喜劇のように「あーれー!」と言いながら、消えていった。
「まじかよ!? ……………っ、!!」
咄嗟に込み上げた、不安。
探せば見つかる。こんな事、さして不安を感じるほどの事ではないはずなのに。繰り返し彼女の名を叫びながら、消えた方へと体を滑らせた。
こんなに往来が激しくなるなんて、聞いてないぞ!
しかもあいつ、なんだよ「あーれー!」って。笑えない。ぜんぜん笑えない。
どこ行ったんだよ? どこに・・・・・。
「…………。」
・・・・・・・嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ!!!!!
「!!!!!」
「あ、テッドいたー!」
ズコーーーーッ!!
意外に近い露店から彼女が顔をひょっこり出したことで、テッドはずっこけた。これは、突っ込み症の性だろうか?
それよりどうして、意外に早く再開できたことに、安堵した。
「お前なぁ……。」
「あんたと逸れて、すぐにこの店の前に脱出した!」
「…………。」
「あ、私は悪くないよ? こんなに混んでるなんて思わなかったし!」
「…………はぁ、全く。」
彼女を顔を見た途端、不安は跡形もなく消え去った。それに焦りを覚えて、思わずそっぽを向く。こんなに心が穏やかになったのは、もう何十年ぶりだろう?
皮肉の一言でも言ってやりたかったが、言葉が浮かばない。ぽつりと心に浮かぶのは、ただただ『良かった』という安心感。
「へへっ!」
「なっ…。」
何を思ったか、彼女が頬を撫でてきた。ス、っとなぞるように。
驚いたと同時に、頬に熱が集まる。自分は、またも赤くなっているはずだ。
「…………。」
「え、なに? 触られんの嫌だった?」
「……………。」
切羽詰まり、こう答えるのに精一杯だった。
「別に………………嫌じゃない。」
大通りとは言っても、そこまで規模ある広さではない。そこに所狭しと並ぶ市を一通り冷やかしてから、武器屋を探して歩いた。途中、何人かに道を教えてもらい、旅人だと話したついでに「持っていきな!」と渡された野菜やら果物やらを抱えて。
教えられた通りの道を曲がると、その奥には、あまり客入りのないと分かる古びた武器屋。こんな場所に? と眉を寄せる彼に笑って見せて、は店の中へ入った。
「こんにちはー!」
店先には誰もいなかったため奥に声をかけてみるが、なんの返答もない。仕方がないので、遠慮がちに店内へ入った。表同様に掃除をしていないのか、店内は歩くだけで埃が舞ったが、気にせず辺りを見回す。
ふと店先を見れば、テッドが外で顔を顰め、口元を手の平で覆っている。あんな生活を続けているにも関わらず、埃を吸い込むのが嫌らしい。手招きすると、彼は『渋々』といった感じで店内に足を踏み入れたものの、そこから先一歩も動こうとしない。
しょーがないなぁ、と思いながら飾られている武器を見て回った。暫くすれば、物音を聞きつけて店主が出てくるだろう。
「……朝市にでも行ってんのか?」
「そんなら、店は閉めておくでしょ。それに、その内物音に気付いて出てくるんじゃない?」
「……俺、外に出てていいか?」
「ダメ。」
「……横暴。」
「なんか言った?」
「……別に。」
彼と軽口を叩きながら、弓やら短剣やらを手にとって眺めては、元にあった位置に戻す。どうやら、この店は様々な種類の武器を扱っているようで、鋲やら棍やらダガーやら、果てはモーニングスターのようなゴツい物まで置いてあった。もしかしたら、ここは意外に”通”な人向けの店なのかもしれない。
と。ここで、ある一点に目が止まった。視線が吸い寄せられ、釘付けになる。ゆっくりと近づき、掃除されていないために溜まった埃を払い落とす。
「あっ、なるほどね! へぇー!」
飾り棚から下ろして、それを両手に取ってみた。
それは、自分が捨てた世界・・・かつての故郷である国の、古い時代に使われていた武器だった。そしてその軽さに、思わず溜息をこぼす。
それを見ていた彼は、興味を持ったのか、舞い上がる埃をよけながら隣に立った。
「……何だそれ?」
「日本刀。」
「ニホ…?」
聞き慣れない言葉なのか、首を傾げる彼に吹き出しながら、鞘から刀身を引き出す。刀なんて知っている程度で、実際に手に持ったこともなかったが、色んな角度から見ていると、入ってくる外の光を反射する煌めきが、とても美しく感じた。
すると、それまで黙ってその行動を見ていた彼が、おかしな声を上げる。
「あれ、なんだこりゃ?」
その言葉の意味が分からず、まじまじと刀を見つめてみる。そして、その”違い”にようやく気付いた。
普通の刀とは反対に、これには刃が『物打ち』ではなく『棟』についていた。簡単に言えば、敵を斬りつける方とは逆の位置に刃がついている代物だ。その発見で、思わず『面白い!』と思う。
「へぇ……。”逆刃刀”ってやつかなぁ?」
「サカ…なんだそりゃ?」
「嬢さん。その刀が、気に入ったかね?」
突如、店の入り口から声がかかり、驚いてそちらに目を向ける。そこには、背の低い禿頭の長い白髭をたっぷり生やした老人が立っていた。その姿を見て、思わず『仙人って言葉が、ぴったりなお爺ちゃんだなぁ。』と思う。
老人は、ニコニコと笑みを浮かべて近づいてくる。そして笑みを崩さず、自分のことを上から下まで眺め回した。それを見ていたテッドが、僅かに眉を寄せたが、老人は気付いているのかいないのか、もう一度問うてくる。
「嬢さん。その刀が、気に入ったかね?」
「えっ? あ、はい…。」
繰り返して、同じ質問を同じ感覚を置いてされたので、戸惑いながらも失礼のないように返答する。その言葉がお気に召したのか、老人は更に笑みを深くした。
「何故、その刀に目がついたのかね?」
「えっと、その……。私の母国の、武器に…似てたので…。」
「………母国?」
それまで黙って静観していたテッドは、思わず首をひねった。彼女の言った『母国』という言葉に対して、そういえば自分は、彼女のそういった類の話を聞いたことがないと思ったからだ。
それは、不意に飛び出してしまった言葉なので、それを今この場で問いつめるつもりもなかったが、ふと背筋が伸びるような視線を感じた。目を向ければ、老人が鋭い眼光を放っている。その眼光に、ただ者ではないと思ったが、それ以上に沸き上がったのは”違和感”だった。
「………?」
黙り込むと、老人はまた笑みを浮かべて、彼女を見上げた。
「嬢さんの故郷にも、これと似たような武器があったのかね?」
「あ…、はい…。」
「おぉ、おぉ! そんな顔をせんでくれ。別に、無理に聞くつもりはないからの。」
「あー…、すいません…。」
老人はそう言って、彼女の手にした武器を見つめながら、ふんふんと一人で頷いた。
「………嬢さん。あんたさんがその武器を手に取ったのも、何かの縁じゃろうて。」
「?」
「持って行きなされ。」
「はっ!? ……え、な、なに言って…」
「埃まみれで使われず、ちんけなこの店でただ飾られておくよりは、嬢さんに使われた方がそいつも喜ぶじゃろ。」
ふぉ、ふぉ、ふぉ。
まるで、本物の仙人のように笑うと、老人は武器を手に奥へ入っていった。暫くすると、ピカピカになった刀と、それを腰にくくる為の革で出来た繋を手に戻ってきた。かと思えば、それを唖然と立ち尽くす彼女に向かって差し出した。
「ほれ。分かるか? これで刀をくくるんじゃ。」
「えっ、そんな……いただけませんよ…。」
「なぁに、気にするこたぁない! 刀も、お前さんが気に入ったようじゃ。ほれ、見てみぃ。こんなに爛々と輝いておるわ。」
そう言って、老人が刀身を引き抜いた。手入れのされた”それ”は美しく、残酷過ぎない鮮やかな光を放っている。それは、武器の素人である彼女にも分かったようだ。
「わぁ! 本当に、綺麗ですね!」
「そうじゃろう、そうじゃろう? ほれほれ、受け取れぃ!」
「えっと…。」
でも、と戸惑う彼女を見て、テッドは静かに声をかけた。
「………。もらっとけ。」
「ちょっ、テッド…?」
「おぉ、おぉ! そちらの坊ちゃんは、よう分かっとるようじゃな。」
そう言って笑う老人から、視線をそらして続ける。
「……人の好意は、有り難く受け取っとくもんだ。そうだろ? じーさん。」
「おぉ、そういう事じゃ。」
老人は、ふんふん頷いて刀身を鞘に納めると、彼女の腰に革の繋をくくった。そして、そこに刀をはかせる。こうなってしまえば、彼女は、もう断る術を持たない。
「あの……、ありがとうございます!」
「なに、なに。嬢さんが喜んでくれれば、儂も嬉しいからの。」
老人は、一つ頷き朗らかに笑った。
彼女は頭を下げ、何度も礼を言いながら店を出ていった。その後ろについて、テッドも店を出ようとする。
だが、なんとなく老人の事が気がかりで、彼女の背から視線を外すと、店先で見送る店主を見つめた。
「じーさん……。あんた、もしかして…」
「む? もしかして、坊ちゃんにはバレとったか?」
「……やっぱりか。」
そこでようやく納得のいく『答え』を見つけたが、苦い顔を隠せなかった。
「その……『本体』の方は…………どうなんだ?」
「なぁーに! その内、知り合いやら常連やらが見つけてくれるじゃろう。」
「そっか。…………その、本当にいいのか?」
「若いモンが、いちいち気にすることじゃあなかろう。……む? お前さん、若いように見えとるが、実は儂より……」
「ちょっ、なんでそんなこと分かるんだよ!?」
老人の鋭い指摘に、一瞬冷や汗をかいたが、これも気にすることはない。目の前の仙人のようなこの老人に、警戒心は不要なのだから。
全てを悟ったかのような老人は、ふぉふぉふぉ、と高らかに笑った。
「それに、儂の体のことは、今の儂にとって何の問題も無いからのぅ。お前さんが心配せんでも大丈夫じゃ。」
「……分かった。なら、もう行くよ。あぁ、それと…」
「ん、なんじゃ? 儂も、そろそろ戻らんといかんからのぅ…。」
「あぁ。……………ありがとな。」
「うむ。儂も最後に商売できたのが、若くて可愛らしいお嬢さんで本望じゃ。」
そう言って、老人は、最後にまた一つ笑った。
そして背を向けると、ゆらりと店の中へと消えていく。
「………じーさん。」
感謝と追悼の意を混めて静かに目を閉じた後、すぐに彼女の後を追いかけた。
翌日。
彼女と共に街を出ようとすると、『武器屋の店主が、四日ほど前に老衰で亡くなっていたらしい』という話を耳にした。
「……………ありがとな。」
見上げた空は、蒼く、雲一つなく晴れ渡っていた。