[囚われた暗闇の底で・15]



 彼女の叫びは、幾日も続いていた。

 叫びながら目を覚ましては、鎮痛剤によって眠り、幾らかしてまた叫び起きる。
 そんな日が、幾日も続いていた。

 だが幸い、その叫びは、この場所から近場の村に届くことはなく、他の人間の目を気にすることはなかった。行くのに不便な距離でなく、とはいえ、叫びが聞こえる距離でもなく。
 そんな場所にわざわざ家を建ててまで協力してくれた『あの男』に、テッドは心底感謝した。

 彼女は、悪夢に魘され目を覚ますたびに「もう殺して!!」と泣き叫んだ。
 泣き、暴れ、家具を滅茶苦茶にしながら。

 ある時、暴れている最中、彼女が左腕に傷をこさえた。それは『致命傷』ではなかったので、治ることもなく血が流れていた。
 彼女が落ち着いたのを見計らって、その体に触れた。触られるのに恐怖を感じたのか、彼女は暴れたが、優しくその体を抱きしめ落ち着かせてから、傷の手当をした。
 その後、滅茶苦茶になった部屋を片付けた。



 朝、叫びながら起き、暫く取り押さえていないと暴れて傷を作ってしまう為、何とかその体を後ろから抱きしめ、出来る限り早く正気に戻るように祈りながら「大丈夫だから!」と言って落ち着かせる。

 それが、テッドの日課になった。

 そして、昼間は常に彼女の傍に居続けた。
 水を汲みに行くのは彼女が眠りについてすぐに手早く済ませ、食料は、あれこれ事情をつけて近場の村から配達してもらうようにした。



 それから一ヶ月経っただろうか?

 彼女は、目を覚ましている時も、『あの夢』を見るようになった。起きていても寝ていても、あの夢が彼女を、そしてテッドをも苦しめた。
 視線は虚ろながらも『見せられている』ものに怯え、恐怖し、何とか抵抗しようと暴れ出す彼女。そんな彼女に無理矢理薬を飲ませて眠らせ、そっとその傍に横たわる。
 眠っていても、起きていても・・・・・見せられ続ける『夢』。だが、眠らなくては衰弱してしまう。眠るのは辛いだろうが、眠らなくては・・・。

 「お願いだから………お願いッ………もう殺してよぉッ!!!!」

 ・・・あんな夢をずっと見せられたら、誰だって殺してくれと思う。
 そう考える自分に嫌気がさしたが、そんな彼女を宥め、時に抱きしめながら「俺がいるから、そんなこと言うな…。」と言って、ただただ支え続けた。

 幾日も幾日も・・・・・

 ずっと、ずっと・・・・・



 そんな生活を始めて、半年ほど経った頃だった。

 彼女が、突然「夢を見なくなった…。」とポツリ言った。
 だが、その表情は、どこかおかしい。

 しかし、その表情に見え始めた『狂』を見てなお、テッドは絶望しなかった。
 精神的に大きなダメージを受け続け、体に疲労を最大限に蓄積させながらも、それでも彼女は『生きて』いる。それが皮肉で狂気的なことに、テッドにとっては、何より喜ばしいことであった。



 だが、それからというもの・・・・。

 彼女は、その精神的なダメージからか、おかしな言動を繰り返すようになった。
 ねぇ、なんで私は生きてるの? ねぇ、なんで私は、ずっとこの姿のままなの? ねぇ、なんで、私は・・・・・死ねないの?

 彼女は、明らかにおかしくなっていった。
 けれどテッドは、常にその傍に居続け、生きていてくれる彼女を支え続けた。



 それから、数ヶ月・・・・・・・いや、数年経っただろうか?

 とある日のことだった。
 彼女が、手首を切った。自分が普段から『護身用』として使っていた銀細工のナイフを、ふと目を離した隙に使用して。
 血が吹き出した。恐らく、思いきり動脈を切ったのだろう。

 しかし、彼女は死ななかった。

 とある日のことだった。
 彼女が、今度は川へと身を投げた。それに気付いて助け出すも、彼女は息をしていなかった。慌てて人工呼吸を施すも、息を吹き返してはくれない。
 けれど・・・・・突如その右手が輝き出したかと思うと、彼女は途端息を吹き返した。

 ・・・・・・彼女は、死ななかった。

 とある日のことだった。
 毎日・・・・それこそ毎日、何かしらの方法を用いて死のうとする彼女を、テッドはただ抱きしめた。
 死んでほしくなかった。例え、それが自分の我が儘であっても、例えこの世界の”意志”であったとしても・・・。
 己の紋章を使ってでも、”死”を与えてやることが・・・・・出来なかった。



 彼女は・・・・・・・・・・・・『死ねない』のだから。









 太陽暦369年。
 それより更に15年もの間、彼は、たった一人で彼女を支え続けていく事となる。



 そして、太陽暦384年。
 その苦しみを乗り越え、完全に正気を取り戻した彼女に、彼はこう言うのだ。



 「人は……いつか死ぬ。でも、俺は………絶対に、お前を置いて逝ったりしないから。」



 そして・・・・・・

 そして彼女は、その言葉を受けて、死に逃げようとした己を恥じる。
 そして再度、心に誓うのだ。

 『この人と生きて行こう』と。
 『自分は、この人と永遠を生きよう』と。

 決して・・・・決して、違えることのない”想い”を。



 そうして、永い長い時の中で、二人の絆は更に深いものとなる。

 いつしか彼女は、彼を愛し。

 彼は、変わることなく彼女を愛し続け。



 そうして、この”先”、二人は結ばれる。

 それは、今、この時、この瞬間ではなく。



 それは・・・・・・・・・・・・これより、何十年も”先”の話。