そう あれは
ずっとずっと 昔の話
自分が どんな人間になりたかったのか忘れてしまうほど
痛みを感じることには 慣れていた
それが どんなに痛くても
自分が我慢をすれば それで済むことなのだから
でも・・・・・
誰かを 何かを傷つけてしまうことが 怖かった
何も出来ずに その痛みを代わることも出来ずに
ただ 見守ることしか許されないから
そうだった
あれは もう何十年も
そう 百年以上も昔の話
武器を手に入れた あの頃
けれど それを使うことが怖かった
如何なる者であれ その命を奪ってしまうことが怖かったから
でも それだけじゃ 誰も守れないこと
自分だけではなく 他の誰かも傷つけること
強さを 求めざるを得ないことなのだと
自らの手で誰かを殺めた あの時
自分が いかに弱かったのか
自分自身を 諌める結果となった
だから・・・・・・だから私は
強さを 望んだのだと・・・・・・・思う
[結果への過程・1]
どこまでも続く、青空。
その中に流れる雲は、淡い蒼を反映し、風に流されていても、その先をしっかりと示している。その景色を見る場所が真っ当であったなら、それこそ、見上げているだけで生きている喜びを噛み締めることが出来るだろう。
だが、生憎いまいる場所は、それらを視界に入れることも出来ない森の中。茂る樹々が、陽の光を遮り、辺りは鬱蒼とした空気を纏っている。
その森を、二人の男女が、ひたすら『北』を目指して歩いていた。
男は、大人とは言えない───少年だ───小柄で華奢な体躯だが、その背には弓をかけており、その少年よりも上背のある女は、腰に刀を佩いている。
テッドと、。
二人は、来る日も来る日も、北を目指して歩いた。
森の中の獣道を、険しい山道を、二人で助け合いながら。
先ほどから「暑い…。」だの「風呂に入りたーい!」だの、散々文句を言っているのは、彼女。それにため息を吐き、かつ無視を決め込みながらも、テッドは黙々と歩き続けていた。
まったく。たかが風呂に入れないぐらいで、ガタガタ言うな。
そう言ってやりたかったが、直後襲い来るだろう鉄拳を恐れて、それは心に留めた。
「ねぇ、テッド。」
「………なんだ?」
まだ違和感があるのか、腰に佩いた刀のことを気にしながら、彼女が声をかけてくる。まだまだ使用歴の浅い、彼女曰く『ニホントウ』とやらが視界に入ったが、すぐに逸らして前を向いたまま返事をする。
だが、どうやら、その返答がお気に召さなかったらしい。彼女がムッとしたのが、手に取るように分かった。
「私、風呂に入りたいー!」
「…………。」
昨日、人の気配がないことを確認して、川辺で水浴びさせてやっただろ。けれど、これも恐くて言えない。
確かに、彼女が風呂に入りたいという気持ちは分かる。まともな風呂と言えるものに入ったのは、一週間も前だからだ。
自分が通り続ける道筋は、女性である彼女には、とても酷なものだろう。人目を忍ぶ道ばかりをあえて選び続けているが、こればかりはどうしようもない。
だが、それでも「付いてく!」と言い張ったのは、彼女だ。
「………もうちょっと我慢しろ。」
「ムカつく!」
「いてッ!?」
コン!と、彼女から軽い鉄拳。余り力が込められていない理由は、きっと、まだ彼女が本調子でないからだろう。
彼女の親友のことを思い出して、胸がチクリと痛んだ。
彼女があまりにブーたれるものだから、仕方なしに一度森を下り、近場にあった村で宿を取った。そこで風呂に入れたことで、彼女はようやく機嫌を直してくれた。
そして翌日。
二人は山道を歩いていた。もちろん、山道とは言っても人通りのない旧道だ。
山登りでは、いくらかペースが落ちる。あまり彼女が体力のない事を知っていたので、ゆっくりと歩を進めた。
と。
ここで、何かの気配に気付いた。すぐに弓を手に構えて後ろを見れば、そこにはフライリザード。同時に、前を歩いていた彼女が「あっ!」と声を上げたことで、前方にももう一匹いるのだと分かる。
瞬時に矢を取り出し、自分の後ろにいる一匹に標準を定めながら、彼女の方へ目を向けた。彼女も、前方の敵を目にして刀を抜いたようだが、どこか戸惑いが感じられる。まだ刀での戦い方に慣れていない為に、どう扱ったら良いか分からないのだろう。だが、彼女の戸惑いがそれだけではないことも、テッドは見抜いていた。
”彼”の死から、まだそう日は経っていない。当事者であるテッドとて、傷が癒えていないのだ。”親友”を亡くした彼女は、もっとだろう。
凄惨な死を目撃した彼女は、それがトラウマになっているはずだ。どれだけ明るく見せていようとも、気を使って笑い続けていようとも。
殺したくないと、その瞳が語っていることを知っていた。
しかし。
永い時を生きていたテッドにとって、『戦いに迷うこと』は、死を意味する。一瞬一瞬が、命のやり取りとなるのだ。
けれど、彼女の気持ちを痛いほど理解していた。だから、それに何を言うでもなかった。道を選び取るのは、彼女自身なのだから。
だから、敵に刀を向けながら躊躇を見せる彼女に、言った。
「。無理はするな。でも、俺がこっちを片付けるまでは、土紋章ででもいいから足止めぐらいはしておいてくれ。」
「……うん、分かった。」
その言葉で、僅かに迷いが薄れたようだが、それでも彼女の声が冴えることはなかった。