[結果への過程・2]



 「ったく………お前って奴は!!!!!」

 戦闘を終えた後、テッドは、烈火のごとく怒った。
 対する彼女は、モンスターの亡骸を抱き、その場で嗚咽していた。



 出来うる限りの早さをもって、後方のフライリザードを倒し、次は、前方で戦っている彼女に加勢した。それまで土紋章で牽制していた彼女は、テッドが加わると、迷いながらも刀で戦い始めた。
 彼女の選んだ武器は、『サカバトウ』というらしく、物打ちに刃がついていない非常に珍しい代物だった。しかし、それを選んだのが間違いだったのではないか、とテッドは思った。
 攻撃するとはいっても、元々武器を持つことのなかった彼女の腕力だけでは、敵に大した傷をつけることが出来なかったのだから。致命傷を与えるのは、いつも自分だった。

 「やっ!!」

 その時が来た。放った矢が、フライリザードの腹部に命中したのだ。ドッ! と、重い体が地に落ち、返り血が吹き出る。そしてそれは、彼女の顔や服を染め上げた。
 目をつむって、それが目の中に入ることを防いだ彼女。
 だが、ゆっくりとそれを開けた後、茫然としながら倒れた敵を見つめていた。まるで、時が止まってしまったかのように。

 ピク、ピク、と痙攣を起こし、死にたくないとでも言うように、フライリザードが小さな声で「キュゥ」と鳴いた。それを聞いた途端、彼女が動いた。『敵』の傍に駆け寄ると、膝を下って涙を流しはじめたのだ。ごめんね、ごめんね、と。何度も、繰り返しそう言いながら。

 それから先は、本当に刹那の出来事だった。

 モンスターは、最後の力を振り絞るように、彼女の喉元目がけてその鋭利な牙を剥き出し、襲いかかろうとした。瞬時にそれを察知した為、反射的に番えていた矢を放つ。
 矢は、見事に敵の額へと突き刺さり、フライリザードは最後に「キ」と声を上げると、そこで絶命した。

 彼女の瞳が、目一杯に開かれた。涙が、更に溢れていた。






 「どういうつもりだ、死にたいのか!!!?」
 「…う…っ……うぅっ……。」

 近づき、力任せに振り向かせてから、あらん限りの声でそう言った。だが彼女は、泣きじゃくったまま何も言わない。
 それが、更に神経を逆撫でした。

 「答えろ!!!!」
 「っ………。」
 「殺されるところだったんだぞ!!!」
 「わ、私は………。」

 やっとのことで声を絞り出したのか、彼女はしゃくり上げながらも、呟いた。

 「私は……殺したいんじゃない………殺したいんじゃ……」
 「ッ、馬鹿野郎!!やらなきゃ、こっちがやられるんだ!!!」
 「分かってる……分かってるのに、手が………。」
 「………くそっ!!!」

 三人で旅を始めたあの頃から、彼女が、命のやり取りに対して過剰ともいえる反応をしていたことは知っている。武器を手にするもっと前から、彼女は、いつもその迷いを拭うことは出来ていなかった。しかし。
 敵対するものは、モンスターであろうと人であろうと、倒さなければこちらが危ない。止めを刺さなくては、先のように不意をつかれ、殺さてしまう場合もあるのだ。言葉が通じない相手なら、尚更・・・。

 それでも、テッドには分かっていた。彼女が、戦いの中を生き抜ける性質を持たないことを。それが、人間であれモンスターであれ、”命”として尊ぶ彼女だから。
 だが、それで黙って殺されて、いったい何になるというのだ。普通の人間ならば、殺される前にと考えて武器を取り戦うのに。生き抜こうとするはずなのに・・・。

 「どんな……ものにだって、命は……。」
 「……そんなこと、誰だって分かってる!!でも、やらないと、こっちが危ないんだ!!なんで、それが分からない!?」

 声が荒ぐ。前々から感じてはいたが、しかし、今度という今度は譲らない。命の危険に晒されたのだ。それも彼女自身が。
 それなのに、まだそんな事を言うのか。

 「何で……殺さなきゃいけないの……?」
 「っ……。」
 「殺さなくていい方法は………何もないの?」
 「お前………殺されそうになったんだぞ!?なんでそんなこと言うんだよ!!!」
 「っ…だって……!」

 あんな危険な状況に晒されて。下手をすれば、喉元を噛み切られて即死する可能性だってあったはずなのに。それすら・・・・今回の出来事すら、彼女にとっては何の教訓にもならなかったのか。
 一緒に生きようと、そう言ってくれたじゃないか。ずっと傍にいるからと、言ってくれたじゃないか。それなのに、なんで・・・・。

 テッドは、怒りを全面に押し出したまま、護身用に持っていた短剣を抜き放った。そして、それを彼女に突き付ける。

 「それなら……。俺が、今からお前を殺そうとしたとしても、お前は死ねるんだな?」
 「……テッド…?」
 「お前が、剣を抜かなけりゃ………お前は、ここで死ぬしかない…。」
 「なんで…?」
 「っ、それが生き残る術だからだ!!やらなきゃ、殺られるんだ!!!生きる覚悟のない奴は…………死ぬしかないんだ!!!!!」

 短剣を振り上げた。彼女の胸を、一突きにするために。

 それは、賭けだった。彼女が、自分と共に生き抜いてくれるかどうかの。彼女が、自分と生き抜く覚悟が、本当にあるかどうか試すための。

 「テッ……っ!!?」



 ギィン!!!!

 金属のぶつかり合う音がした。






 自分の願った通り、彼女は”生きる”ことを選択した。身を守る為に武器を取って、自分の攻撃を防いだのだ。

 「…………。」
 「…テッド……なんで…?」
 「なんだよ……。やっぱりお前……生きたいんじゃないか…。」

 そう呟いて、俯いた。



 彼女の言葉の真意を、知っていた。『殺したくない』し『殺されたくない』。
 それは、とても甘い考えだと常々思っていた。殺しをしたくなくても、やむを得ない状況というものは、いくらでも存在する。どこぞの街で平穏な一生を過ごすならまだしも、自分と旅を続けて行くのなら、いずれは、やらなくてはならない時が必ずやってくる。

 しかし、そんな優しい彼女が好きだった。そして、そんな彼女に武器を持たせたのは、自分。戦うよう望んだのは、自分なのだ。
 彼女を好きになったこと。愛する者に持たせてしまった、重き荷。それを強制する自分と、葛藤するもう一人の自分。僅かに込み上げたのは、苛立ちに便乗しようとする後悔だろうか。

 「………悪い。やり過ぎた。」

 先ほどの荒れた言葉の数々を謝罪する。
 彼女を責めたいわけじゃない。自分を正当化したいわけでも・・・・。
 ただ、術を身に付けて欲しかっただけだ。自分に何かあった時に、彼女が、彼女自身を守りきれる術を。

 「っ……ごめんね……。」
 「………?」

 彼女は、泣いていた。
 先ほどよりも、更に顔をクシャクシャにして。ボロボロ涙を流しながら。
 迷いを読まれていたことを、きっと彼女は分かっていた。それでも、命を奪うことを許す事ができなかったのだ。奪ったことに対して『仕方ないことだった』と言っていたかもしれない、別の未来に。
 テッドには、それがよく分かっていた。分かっていたからこそ、もう何も言えず、震えるその肩を抱きしめた。

 瞳を閉じて、思う。
 彼女には、生きる覚悟がある。生きたいと思う気持ちがある。
 けれど、それに伴う『奪う』覚悟がない。
 それなら、どうすればいい? 自分なら、どうする・・・・。

 『………なんだ。俺が、もっと強くなれば良いだけじゃないか。』

 それは、簡単なようでとても難しいこと。答えを知っているはずだったが、如何せん、いざという時が恐い。また置いていかれるのではないか、奪ってしまうのではないかという不安。
 でも、彼女がそれで惑うなら。それで彼女を苦しめるぐらいなら・・・・。

 「もっともっと…強くならなきゃな……。」
 「……?」

 閉じていた瞳を開けると、想い続ける彼女のオブシディアンの瞳が、自分を真っ直ぐに捉えていた。それに出来る限りの笑みを見せて、伝えた。

 「俺だって、お前に殺しを望んでるわけじゃない。でもな……いざって時の為に、自分の身を守れるぐらいには………強くなってほしいんだ。」
 「……分かってる。」
 「あぁ。それに俺は、お前に死んで欲しくないから。」
 「……うん。」
 「言ってくれたじゃないか。俺と一緒に生きてくれる、ってさ。」

 うん。項垂れながらそう言った彼女を更に抱きしめて、その肩に顔を埋める。

 「怒鳴ったりして…………悪かった。」
 「ううん…。私の方こそ、迷ってばっかで……。」
 「…いいんだ。お前が強くなっていけるように、俺もしっかりサポートするから。」

 肩に凭れてそう言った、たった一人の愛する人。今は伝える事が出来ないけれど、いつか、この想いを伝えられたら・・・。
 そう考えながら、彼女の体温を感じていた。
 自分を闇の淵から救ってくれたのは、彼女。そんな彼女に、自分が出来ることは沢山ある。

 「それなら、私………殺さなくても良いぐらい、強くなるよ。」
 「まぁ……。ゆっくり、な。」

 うん、と、小さな笑い声が聞こえてきた。
 それでいい。時間はいくらでもある。これから強くなっていけばいいんだから。

 しかし・・・・・

 その後、彼の『願い』が、そしてその”想い”が、揺らぐ事件が起こる。