[結果への過程・7]



 彼の想い。そして、彼女の覚悟。
 それらは混ざり合い、一つとなった。
 そして、それとは逆に、また対を成した。



 「へっ! この女の次は……………お前だぜ、小僧!!」

 男が笑った。それに対し、テッドは『男の手が緩んだ今がチャンス』と、右手に力を込めた。
 今しかない。今しかなかった。これ以上、彼女を苦しめることは許せない。
 もう、紋章が表に出てくることはなかった。もしかしたら、先の彼女の紋章の光が、それを抑えてくれたのかもしれない。今から自分の重ねる”罪”は、己の意思によるものだ。

 しかし。

 彼の想いを上回るものが、この事件に終止符を打った。
 それは・・・・彼女の・・・・・。

 「ぐあッ!!!!」
 「っ……!?」

 ソウルイーターを放つ、直前。男の首から、赤い飛沫が上がった。
 テッドには、一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 男は、死へと誘う痛みによって、彼女の首から腕を離した。

 すかさず彼女の元に駆け寄ろうと、足を踏み出した。
 しかし。
 彼女のその手に握られている『物』を、そし、彼女のその表情を見て、確信せざるをえなかった。

 「………。」
 「…………。」

 その手に握られていたのは、短剣だった。恐らく、男の腰に括ってあった物だ。
 柄は錆び付いていたが、刃の部分はいつでも使えるように磨いていたのか、その切れ味を男が身を以て証明していた。
 そして、その刃に滴り落ちる、赤色。

 「っ……!!!」

 それが、彼女の『覚悟』だった。
 あの刹那から、生き抜く覚悟を決めた彼女の、始まりの・・・。
 そのゲーンズボロの髪に浴びた、おびただしい量の血。それと同じ色の液体が、その手の中にある刃にたっぷりと付着していた。
 刃は血に塗れ、灯る松明がそれをゆらゆら照らし出す。

 それをじっと見つめながら、彼女は、言った。

 「……二人で、助かるには……………これしか方法がなかったよ……。」
 「っ………。」

 カシャン、と音がした。彼女が、その手から短剣を離したのだ。金属特有の音色は、その場に何も残すことなく消え失せる。
 その手が震えていることに気付いた。『仕方ないよね?』と問うような笑みとは裏腹に、すぐに泣き出してしまいそうな。
 近づき、よくよく見つめれば、その瞳には目一杯の涙。

 「………。」
 「ごめんね、テッド……。私……やっぱり、すぐにでも強くならなきゃ駄目みたい…。」
 「っ……」

 震えていたのは、彼女の手だけではなかった。自分自身も。
 愛する者が、自分を守るために誰かをその手にかけた。純粋で潔白で、命を奪うことをあれほど躊躇っていた彼女が、自分を救うために。
 それをさせてしまったのは、他でもない自分だ。

 しかし彼女はその考えを読んでいたのか、精一杯の笑みを作った。

 「でもね…。これは、あんたの所為じゃないからね。私が『必要だ』って思って、私が望んだ結果だから………変なこと考えないで…。」
 「馬鹿……野郎……。」
 「…うん。私は、いつだって……馬鹿だよ。あんたを守るためなら……あんたに辛い思いをさせるぐらいなら、どんな馬鹿なこともやろうって……決心がついたよ。」

 だから、ありがとう。
 そう言って、彼女は笑った。震えて涙を流しながら。
 彼女にとっての『覚悟』とは、本当に一瞬だったのだ。

 「だから、絶対に気負わないでね? じゃないと……」

 私は、自分を責めるから。彼女はそう言った。
 そして途端に座りこむと、震える体をそのままに嗚咽をもらし始めた。
 それは、やってしまったことの重大さに、だろうか?
 それとも、これから先も『それ』を続けなくてはならないことに、だろうか?






 満足だった。彼を、自分の手で守れたのだから。
 これから先も、また二人で共に生きていけるのだから。
 だから・・・・・・






 そう あれは
 ずっとずっと 昔の話
 自分が どんな人間だったのかすら忘れてしまうほど

 痛いものは 痛かった
 怖いものも 怖かった
 我慢だけでは 始まりも終わりもないことを知った

 それよりも・・・・

 誰かを 何かを傷つけてしまうことが 怖かった
 何もできない苦しみを味わった”あの時”が 忘れられないから
 ただ 思い出すことしか許されないから

 そうだった
 あれは もう何十年も
 そう 百年以上も昔の話

 友を失った あの頃
 けれど私は それを繰り返すことを恐れていた
 如何なる者にも その帰りを待つ者がいることを知っていたから

 でも それは
 あの事件があったからこそ
 力となり 今の自分を形成していると

 自らの手で 誰かの命を奪った あの時
 自分が いかにそれに甘んじて生きてきたのか
 知恵を得ようとする結果になった

 だから 私は この強さを手に入れ
 今日 ここまで生きる続けることが出来たのだと思う
 そして それこそが・・・・・・・・

 結果への過程