[結果への過程・6]
キィ・・・・・ン!!
余りにも強い光は、所持者であるの目さえも瞑らせた。
閉じているはずなのに、それでも目蓋を通して入ってくる、強くて大きな光。
衝動のまま、紋章の促すままに食らい続けてきたテッドは、それでようやく我に返った。そして、彼女の放った力がどれほど巨大なものだったのか、理解した。
紋章に取り込まれかけていた己が意識を、浮上させてくれたのだから。
その力が、どれほどのものなのか分かっていないのは、本人のみだろう。
・・・・・ィン・・・・。
光が収まった。
自身の手より発されたはずの『死の力』は、彼女の紋章に飲み込まれてかき消えた。しかしそれを見て、言い様のない不安にかられる。
彼女は、一度、あの光を使ったことがあった。他でもない、あの群島諸国の最後の戦いの際に。テッドは、それを目の前で見ていた。
それから彼女は、ずっと眠ったままだった。後から聞いた話だと、それから一ヶ月近くは眠り続けていたらしい。
そう聞いていたから、知っていたからこそ、どうしようもない不安にかられた。
しかし・・・・・。
「テッド、大丈夫!?」
「俺は……。」
「しっかりして!」
倒れることなく、まだ淡く光る右手を気にすることもなく、彼女は自分の傍に駆け寄ろうとしていた。先の自分を見ていただけに、身を案じてくれたのだろう。そんな彼女の様子を見て、ホッと胸を撫で下ろした。
しかし、駆け寄ろうとしていた彼女の息が、詰まった。危機を脱せた安堵感からでも、気が抜けて涙を流したためでもない。
「随分と………派手にやってくれたじゃねぇか……。」
「くっ…」
「っ、!!!」
頭目が、彼女の首にその太い腕を回したのだ。急激な息苦しさか、彼女は言葉を詰まらせる。そんな彼女の首を、さらに締め上げるように、男は力を込める。
しかし、自分の右手にある紋章を恐れているのか、近づいて来ない。
「なるほどな…。おめぇが持つ紋章は………俺の手下共を簡単に殺っちまうほど、凄ぇ代物らしい。」
「…………。」
「へへ、分かってるぜ! この女の命が惜しくて、手が出せねぇって事はなぁ!!」
その読みは、間違ってはいない。男が、あと少しだけその腕に力を込めれば、彼女の首は簡単に折れてしまう。彼女を人質に取るほど、彼は自分の紋章を恐れているのだ。
紋章は・・・・・使えない。彼女を守るための武器さえ、今の自分では扱えない。
守る、と。そう誓ったこの想いは、叶うことがないのか。
「……を………離せ…。」
「おいおい、動くな! 下手な素振りを見せやがったら、この女の首をヘシ折るぜ!!!」
やっとの事で振り絞った言葉も、失うことの恐怖感から震える。どうすることも出来ず、自分は、また同じことを繰り返そうというのか。
「頼む……。俺は、どうなってもいいから…………そいつは離してやってくれ!!!!」
目の前の下卑た男に哀願するなど、無意味であると分かっていた。けれど、それで少しでも希望が見出せるのなら、そんな事に構っていられない。
彼女と生きる事が自分の喜びであり、また”彼”との約束であったのだから・・・。
しかし、男は、顔を歪めて笑った。
「生憎だがな……これだけ手下を殺られちまったんだ。てめぇら、二人とも……生きてここから出られると思うなよ!!!」
「やめろ!! 殺すなら、俺を……!!!」
願いなど、届くはずがない。この世界に神などいないのだから。
例えいたとしても、自分がその願いを叶えてもらえるべき人間でないことは、百も承知している。彼女を助けてやりたいと思っていても、それは『誰か』や『何か』に頼むものではない。自分自身の力でどうにかするしかないのだ。
痛い程、分かっていた。
「っ……。」
右手に力を込めた。
勝負は一瞬。戸惑いは、無い。
彼女を救うためなら。二度と失うことが無いなら。
今までの罪も、そして、これからの罪をも悔いることなく背負っていける。
それが自分の望んだ確かな未来なのだと、胸を張って歩いていける。
「だから………俺は…………!!」
・・・・苦しい。・・・・痛い。・・・・とても辛い。
どうして自分は、何の"力"も持たないのだろう?
共に生きると誓った少年が、目に涙を溜めて、必死に自分の命乞いをしてくれている。自分を助けようとしてくれている。
その身を犠牲にしようとして。
それなのに・・・・。
私は、何をしてる? 今まで何をやってた? ここで自分が出来ることは?
彼を助けるのは、今、この時しかない。
それは、過去でも未来でもなく、"今"この瞬間なのだ。
あぁ・・・・・・・"力"が欲しい。
彼を守ることの出来る『力』が。
彼を救えるだけの『知恵』が。
────ならば、何故… ────
誰かに頼らずとも、生きていける力。
誰かに縋らなくとも、人を救えるだけの知恵。
"今"の自分に無いことだけが、ただただ悔しい。
────どうして、それを得ようとしないの?────
彼はきっと、また右手に宿る呪いを使うのだろう。
分かっている。再び、淡く輝きだした黒き呪いは、自分を締め上げている男の命をかすめ取るのだ。
────でも、本当に………それで良いの?────
彼の抱く罪の意識を、これ以上、増やしても?
これ以降、自分に『覚悟』をつける為の機会を、逃しても?
変わるのは・・・・・・・"今"この瞬間しかないのに。
────力を…………………欲しなさい。────
「創……世……。」
「あぁ?」
声が、出た。
男が自分に顔を近づけて、「なんだよ、遺言か?」と問うてくる。
「私…………は……………………む……。」
「あぁ? 聞こえねぇぞ?」
酸欠で滲む、視界。
今の自分が望める、精一杯のモノ。
それは・・・・・・・なに?
少しだけ、男が力を緩めた。それはきっと、勝利を確信しての『油断』。
いつか誰かが言っていた。『油断が命取りになるのだ』と。
それは、いつ?
それを起こすのは、誰?
否・・・・・・・・・・・彼を助けるのは、『私』しかいない。
「私は………"力"を…………………望む!!!!!!」
一瞬、視界がはっきりとした。
そして、その中に見えた『物』に、今あるだけの力を込めて手を伸ばした。