珍・学園無双〜外伝〜
〜 化粧と晩飯・3 〜
は学校の中をウロウロとしていた。
理由は単純に園内探索をしてみたかったから。
今まで移動教室をするにしても、全て馬超達にただくっついて付いて行っていただけだったので、マトモに教室の位置など覚えていなかった。
ならば今日は午後から休みだし、寮に帰る前にちょっと探検してみよう、と思ったのだ。
平たく言えば、ただの彼女の気紛れである。
「えへへ〜!」
しかし探検と言う目的はいつの間にやら消し飛び、ただただ適当に校内をグルグル回っているだけになった。
そのかわりに彼女の頭の中では、今日の夕飯を憧れの夏侯惇と一緒出来る、というニヤけた考えになる。
の顔は緩みきって、頭の中の妄想でいっぱいになっていた。
「元譲様とお食事ぃ〜。飯〜メ・シ〜!」
ルンルンと、スキップしながら校内を一回りして満足したのか、そのまま靴箱で靴を履き替える。
すると、玄関を出た所から、キャピキャピと黄色い声が横から聞こえる。
「あ、ちゃんだ〜!!」
「さん、今から帰りですか?」
「あ。何、今からお出かけ?」
見ると二喬が一端寮へ戻って着替えたのか、楽しそうに、可愛らしい服を纏ったお出かけスタイルで声をかけて来た。
「うん、これからお姉ちゃんと遊びに行くんだ〜!」
「うふふ、小喬ったら!あ、さんそういえば、馬さんと趙さんが探していましたよ?」
「え?あの二人が…………?」
姉妹揃って遊びに行くのは羨ましいなーと思っていたに、大喬が先程兄貴分二人が探していたと言われ、ピクッと片眉を上げる。
「そうなんだよ〜!もう、すんごい形相で〜。『見なかったか?』って。すっごい肩で息切らしてさ〜」
「趙さんも顔は全然涼しそうだったのですが……。かなり汗をかいていましたよ?」
「へ、へぇー………」
小喬は身振り手振りで事細かに教え、大喬は大喬で慌てた二人に驚いたのか、少し苦笑しながらその事を話す。
「きっとちゃんに大事な用事でもあったんだよ〜」
「そうですね。あのお二方が、あんなに慌てるなんて珍しいものね」
二喬は変わらず二人で、うんうんと頷きあっている。
「そ、そっか〜。分かったよ。ありがとね」
「頑張ってね〜!」
「頑張って下さい!」
何を頑張れと言うのか全く意味が分からなかったが、取りあえず「オッケー」とだけ言って、は二喬を見送った。
『あ〜ぁ……今日はなんか会いたくないから、約束の時間まで部屋にでも隠れてよっと』
馬超・趙雲と、更に孫権までもが自分の部屋の前で待ち構えている事など、今のは知る由もなかった。
「遅い!はどこほっつき歩いているんだ!!」
「孟起……少し落ち着け」
そう言って、趙雲がロビーの自販機で買って来たミネラルウォーターを、一気に飲み干す。
プハッと口を放し無造作に手で拭うと、空になったペットボトルを趙雲に投げ渡した。
「あいつまさか……誰かに拉致されたとか………?」
「孟起、落ち着け」
勝手な想像をして、ワナワナと拳を震わせ始めた相棒の肩を軽く叩きながらあやすが、趙雲の目もまんざらではなさそうだ。
だって目が笑ってない。
この趙雲、普段は冷静沈着、性格も至って温厚かつ美男子というパーフェクトぶりブリなのだが、の事になると急に豹変する。
いつだったか二人で街に出掛けた時、彼女を待たせてアイスを買いに行ったが、戻ってみると見事にナンパされていた事があった。
はもちろん断り続けていたのか、しつこくされて困った顔をしていた。
だがその日は休日でかなり人通りが多く、メインストリートも込んでいたので、「趙雲が自分を見失わない様に」と彼女はナンパ野郎達に悪戦苦闘しながらも、その場で待ち続けていたのである。
現在は機器も発達して、携帯電話なんてものがあるんだから「ナンパされてウザかったから移動した」と連絡が取り合えるにも関わらず、彼女は健気にもその場で待機していたのだった。
それが趙雲の、シスターポイントのツボにHIT!したらしい。
可愛い妹分がしつこくナンパされている→困っているなら場所を移動して、後からケータイで連絡すれば良いのに……→文明の利器を忘れている妹が、困りながらも自分の帰りを今か今かと待っている→儚い→健気→ナンパ野郎ウザイ邪魔→殺ってしまえ!
この見事な殺戮方程式を頭の中で考えながら、彼はを救いに旅立った。
しかし最後の『殺る』という願いは虚しく、喧嘩嫌いなの為に断念する事となる。
かわりに彼女が気付かない様に、ナンパ野郎達を『目で』殺った。
それを運悪くバッチリと見てしまったは、後で馬超に「子龍兄ってかなり黒いのかもしれない……」と顔を青くして呟いたと言う。
まぁ可愛い妹分だからというのもあるが、それだけ今の趙雲にとって、彼女がいかに大事な存在であるのかが垣間見れた瞬間だった。
「ふふ……拉致、か。その者はとても良い度胸だ………」
「お、おい子龍、落ち着け………」
今まで見た事のない、闇のオーラを出し始めた趙雲に少しビビる馬超。
内心おしっこチビリそうだったが、それを正義の名の元に気合いを入れる。
が言っていた「黒いのかもしれない」というのを、彼が始めて垣間見た瞬間だった。
「む?馬殿に趙殿ではないか?」
「あ?」
「?権殿か」
親友の黒いオーラにビビりながらも、その背を叩きあやしていると、孫権が現れた。
ちなみに「あ?」は趙雲である。
その普段とは全く違った言葉遣いや態度に、孫権は趙雲にただならぬモノを感じたらしいが、馬超が首を振って「今は何も突っ込むな」と視線をやったので、あえて何も言わなかった。
「あぁ権殿でしたか。どうしました?」
「あ、いや…その……」
やっと孫権だと気付いたのか、趙雲は先程のオーラを少し引っ込めて、笑顔を作りながら聞く。
しかし先程の黒趙雲を馬超と共に垣間見てしまった孫権は、ここで話をして良いものかと躊躇う。
ちなみに、しつこい様だが今の趙雲は、顔は笑っていても目は笑っていない。
「か?」
「あぁ……まぁ、そうなのだが………」
馬超に彼女の話題を振られ、仕方なしに返事をすると、趙雲の目がカッと開かれた。
「まさか……権殿がを………」
「なっ、何をする!一体がどうしたと……?」
「ちょっ…子龍落ち着け!!」
自縛霊の様に張り付けた様な笑みを浮かべ、自慢の武器を取り出して勘違いして襲いかかろうとする趙雲に、孫権は怯え馬超は割って入る。
「待て子龍!何も権殿がをどうこうするワケないだろう!?」
「そ、そうだぞ趙殿!私はただを食事に誘いに来ただけで………」
「何っ!?」
再び武器を構え孫権に襲いかかろうとするも、馬超がそれを制止した。
「落ち着け子龍!!………取りあえず俺は下に行って飲み物でも買って来るから、それ飲んで少しは冷静になれ!!」
「くっ……」
そう言うと、馬超は大股で階段を下りて行った。
趙雲と二人で残された孫権は、『趙殿って変わるのだな……』とビビりながらも横目でそんな事を考えていた。
「ふんふ〜ん!……あっ」
鼻歌を歌って寮のロビーに入って来たは、階段の横にある自販機に馬超が居るのを見て青ざめた。
『また笑われるかも……』
そう思ったので、コッソリと足音を立てずに横切ろうとした。
「………、何をしている?」
「っ!!」
気配を消して……なんて、とてもじゃないが素人の彼女に出来るはずはなく、あっさりと馬超に見つかってしまう。
「あ、あたし急いでるから………」
「まぁ待て」
そそくさ逃げようとするの腕を、馬超が捕まえる。
「ち、ちょっとぉ!あたしこれから用事が………」
「どんな用事だ?」
「そんな事いちいち言わなくたっていいじゃんよ。あたしの勝手でしょ!」
「阿呆な事を言うな」
アホはお前だ!と言おうとするが、逆に馬超に抱きしめられてしまう。
「ちょ……」
「すまなかった………」
「え?」
もがもがしていると、馬超が謝罪の言葉を口にした。
何事かと顔を上げると、馬超が真剣な顔をして彼女の目を見つめる。
「その……別に化粧してないお前の顔を笑ったワケではなかった」
「へ?」
「お前が……慌てていたのが………可愛くてな」
「……………」
「気に触ったのなら謝る。だから………」
「うん…いいよ?分かったから…」
めったに謝らない彼の言葉に驚きながらも、は笑顔で彼の背を摩った。
「だから、その……詫びとして………」
「孟起!!貴様っ!!」
「馬殿!どういう事だ!?」
そんな良い感じになりつつある馬超とを引き剥がしたのは、趙雲と孫権。
趙雲は馬超を鬼の形相で羽交い締めにし、孫権はを奪い取り抱き締める。
「んなっ!?子龍貴様放さんか!!せっかく俺が……」
「この馬鹿者が!抜け駆けは、この趙子龍が許さん!!」
「権ちゃん、苦しい……」
「す、すまん……」
馬超は呪いの篭った呪縛から逃れようと力を込め、それをさせまいと趙雲が自慢の二の腕に更に力を込める。
孫権は孫権で、苦しいと言うを成り行きで抱きしめてしまった事に赤面する。
「ちょっと…どしたの皆して………」
「それはだな……その………」
かくかくしかじか、と孫権が大方の説明をにしてやる。
そしてついでと言ってはなんだが、彼女に先程の非礼を謝った。
「そっか……うん、いいよ。その事は気にしないで?」
「……そう言ってくれると有り難い」
すぐに許してくれた彼女の心優しさに、孫権はちょっぴり胸がキュンとした。
「。その……良かったら私と……しょ、しょしょしょ………食……」
「ちょっと待てぇい!!」
「権殿!?あなたと言う方は………」
勢いでを食事に誘おうとした孫権を、今まで力自慢をしていた馬超・趙雲が止めに入った。
「孟起に権殿、この私を出し抜いて抜け駆けをするなど……」
「ぬ、抜け駆けなどとは、在らぬ誤解を……」
「黙れ子龍!こいつは俺のモノだ!!邪魔をするな!!!」
自分は全く悪くない的な言い方の趙雲に、さすがに温厚派の孫権もムカッと来たらしく拳を震わせ、馬超は呆気に取られているを抱きしめて俺のモノだと主張する。
「何を言うか!孟起、を放せ!!」
「趙殿!今の言葉、訂正していただきたい!!」
「ハン!こいつは俺が捕まえたんだ。お前等の好きにはさせん!」
ギャーギャーと騒ぎまくる男三人にいい加減疲れ果てたのか、は乱闘になりそうな彼等を残し、やれやれと頭を振って自室へと戻って行った。
それに気付かない三人は、とうとう自慢の武器を取り出しながら、それを構える。
「いくぞっ!!」
「おおおぉぉおぅああっ!!」
「斬り捨ててやる!!」
この後、壮絶である意味修羅場な三つ巴大乱闘を起こした三人。
馬超・趙雲は先程の教室での乱闘で頂いた『一ヵ月便所掃除』に加えて『校内マラソン50周』。
そして孫権は、運良く途中でK・Oされて離脱したので『教室掃除一週間』だけで済んだらしい。
午後7:00
「あっ!夏侯さん!!」
「待ったか?」
「いえ、今来た所です!」
部屋に戻って風呂に入り、自分なりのオシャレをして化粧もバッチリ!
そして、約束の15分程前にロビーにやって来たは、夏侯惇が来る間服の裾をチェックしたり、化粧を直したりとソワソワ落ち着かなかった。
「キーは丕に渡したか?」
「はい!ばっちりです!」
「そうか。では行くぞ」
「はい!!」
嬉しそうにルンルン隣を歩くを見ながら、夏侯惇はふと彼女の印象が昼間と違う事に気付く。
『?そういえば………そうか。昼間は化粧をしていなかったから、印象が違うのか』
一人でそう納得し、彼女の嬉しそうな顔を見て苦笑する。
『馬や趙や孫がロビーで揉めていたのも、これに関係するのだろうな……』
「あ、交通手段ってどうするんですか?」
「あぁ。俺の車で行く。駐車場は……」
「あ、はい。場所なら分かりますよ!」
と言いながら彼の後ろを歩いて行く。
『今回は…俺の勝ちの様だな……』
そう一人思いながら、夏侯惇は彼女の肩を抱いて歩きだした。
『あ、そう言えば……昼間、元譲様に会った時化粧してなかったんだっけ?』
が車に乗ってから考えたのがこの事。
チラリと運転席の夏侯惇を見るが、彼はその視線に気付かないふりをする。
『でも…いっか。元譲様だけは突っ込まないでいてくれたんだから……』
「どうした?」
「あ、いえなんでも………」
「何が食いたい?」
「え、そうですね…あたし実はちょっと偏食持ちで………」
「そうか、ならそこら辺を考えてじっくり選ぶぞ」
「あ、はい!!」
そんな彼女の考えが読めたのか、何かを聞かれる前に夏侯惇が話題を逸らした。
「今夜は楽しませてやる」
「え?えっ……え?」
「ふっ」
その言葉に変な事を考えてしまったの顔を見ながら、夏侯惇は普段は笑わない口元を僅かに緩めた。
今回の勝負、夏侯惇の勝ち。