珍・学園無双〜外伝〜

〜 化粧と晩飯・2 〜






『はぁ〜。子龍兄まで………酷いよぉ!』



大好きな趙雲にまでスッピンの話題を振られ、はかなり落ち込み気味で食堂へと向かった。

留年三人衆に笑われ孫権にも指摘され、残った味方は趙雲だけだと思っていたにも関わらずあっさりと触れて欲しくない所を突っ込まれる。

そんなの背中は、心無しか暗い影をしょっていた。

彼女からすると、孫権と趙雲に対しては余り怒りが湧かなかったが、怒れない分どうしようもなく落ち込んでしまう。



『最悪だ………厄日ってやつだ…………』



自分で言って自分でヘコむ、まさに悪循環。

人間、落ち込んでいると余計にドツボにはまりやすい。彼女が今まさにがそれだった。



暫くそんな考えをしながら歩いていると、ふと曲り角にさしかかる。

もちろんは考えに夢中で前など見ているわけはなく、瞬間スッと角から出て来た影にドンッとぶつかった。



「いっつ…………」



鼻を思いっきりぶつけ、痛みに顔を顰めながら目の前を見上げるとそこには。



「ん?すまんな……大事ないか?」

「あっ、夏侯さん………おはようございます………」



はぶつかられてヨロめいていたのに対し、ぶつかってきた本人・夏侯惇はフラつきもせず、何事もなかったかの様に立っている。

しかもが倒れそうになった時、さり気なく片手で身体を支えてくれていた。

ぶつけた鼻をさすりながらが挨拶をすると、相変わらずの仏頂面で彼も返事を返す。



「……?あぁ、お前は確か………」

「あ、はい。です……」

「馬の連れだったな」

「はい……仲良くしてもらってます……」



ふと、笑ったの顔が、彼はやけに気になった。

いつもは馬超達にくっついてニコニコと笑い合っている印象の強い彼女。

それが今日は何故だか寂しそうな顔をしている。



「どうした?元気がない気がするが?」

「いえ……大丈夫です……」



目を伏せて笑う彼女に大丈夫ではないだろう、と言いかけて言葉を止める。

何があったのか?

馬超達と喧嘩でもしたのかと考えた。



だが、言い方としては嫌な意味合いになってしまうが自分にとっては関係のない事。

しかし、何故か寂しそうに笑う彼女が気になり、彼は普段は言わない様な冗談を口にした。



「そうか。………お前、今日空いているか?」

「え?空いてますけど……?」

「…晩飯でもどうだ?」



「えっ?」



目を丸くして驚いたに、夏侯惇は自嘲気味に笑った。



「………いや…なんでも……」

「良いんですか?」



彼はまさかが真に受けるとは思っていなかった。

彼女が少しでもいつもの様に笑えば良いと思って口にした、言わば戯れ言に過ぎなかった。

しかし、一瞬戸惑った表情をするがすぐにパッと顔を上げて嬉しそうに笑うに、さすがに「冗談だ」とは言えない。



せっかく顔を上げて笑ったのに、それをまた曇らせたくはない自分がいる。

それに、馬超や趙雲がやけに過保護にし、色々世話を焼く彼女に少し興味があった。



「あぁ、お前が良ければだが…」

「行きます行きます!!」



嬉しいを通り越してテンションの上がるに、彼は自分の口元が緩むのが分かる。



「そうだな………では今夜7:00に寮のロビーで待っていろ」

「はい!!絶対行きます!!」



そう言って、が嬉しそうに手を振って食堂へ向かって行くのを見ながら、彼はフッと笑った。



「めずらしいな。お主が女を食事に誘うとは………」



が食堂に着くのを見届けると、彼の後ろから声がかかった。

声の方へ視線だけを向けると、そこには曹操が髭を撫でながら立っていた。



「あらぬ誤解をするな」

「元譲よ、何を言う。わしにだけ真実を言ってみよ?」

「下らん詮索もほどほどにしろ、孟徳」

「ふう。お主も昔から変わらんのう」

「放っておけ」



ニヤついて茶化す曹操に舌打ちをしながら、そのまま夏侯惇は教室へと戻って行った。










ちゃ〜ん、気にしちゃダメだよ〜」

「そうですよ!化粧なんてしなくても、さんは可愛らしい方だと思います!」



が食堂に入って注文をしていると、大喬・小喬に捕まった。

席に着き、今日の議題『化粧をしていなくて皆に突っ込まれた』について色々と話し出す。

そしていつのまにか『誰がどう言った』の話題になり、が愚痴を漏らす。



「だってさ〜。馬ッチ達ならまだ分かるけど、権と子龍兄にも言われてさ〜………」

「まぁ!あの方達にまで?」

ちゃんカワイソー!」



T馬超達なら″に対しては反論はないらしく、二喬は孫権と趙雲に言われた事に対して同情した。

あの二人はどちらかと言うと『女性には優しくする』タイプで、とてもそんなデリカシーのない事を言いそうにないし、例えそれに気付いていても敢えて何も突っ込まない、というイメージがある。

としてもそう思っていたので、孫権・趙雲に言われたのはかなりのダメージであった。



「ホント、気にしちゃダメだよ〜?」

さん、あまり気を落とさないで下さいね?」

「うん……頑張るよ…………」



美しくも可愛らしい『江東の華』達に励まされ、は食事を早々に終えて食堂を出て行った。



「おい!は?」

「いや、どこにもいない」



馬超と趙雲はを探していた。

しかし、どこを探そうにも彼女は見つからない。

今日は午後で授業は終わりだったので、その後でも先程の詫びに夕飯へ誘おうと、校内をくまなく探し回っていたのである。



お互い激戦の末、もらった褒美は『トイレ掃除』だったのだが、彼女が見つからないとなるとそんな事を考えている暇や余裕などなかった。

いつも一緒で、帰るまでずっと一緒。

それが今日の様に一日でもそばに居ないと、人間の心理とは不思議な物で何故か不安になる。



表情からでは判断し辛いが、正直二人はかなり焦っていた。



「どこへ行ったと言うのだ………」

「さて……どうしましょうか」



相当手分けして走り回ったのか、二人は肩で息を切らしている。

回りから見れば、いつもダルそうに授業を受けたりしている馬超と、常に冷静沈着の趙雲がこんなに慌てているのは珍しい。

教員や、彼女と仲の良さそうな二喬に聞いても、「食堂で見かけた」「食堂で一緒に昼を食べた」ぐらいの目撃情報ぐらいしか得られない。



「くそっ、あいつ……。こうなったら部屋にでも押し掛けるか?」

「ふふ……それしかないだろう?」



二人はニヤリと笑うと、その二言で決定した行く先へ我先にと向かった。










「あら?権兄様どうしたの?」

「あぁ、尚香か…………」

「何沈んでるのよ?」

「私の事は放っておいてくれ……」



いつもの様に授業を終えて、孫尚香はさぁこれから遊びに行くわよ!と思いながら寮へと向かおうとすると、靴箱には兄の孫権が背に影を背負って座り込んでいた。

しかも今日は何故か暗い。

元々影が薄い兄だったがこんなに根暗ではなかったはずだ、と妹ながらに何かを察知した。



「兄様、何かあったんでしょ?」

「うっ……………」



図星だったのか、孫権は一瞬肩をビクッと引き攣らせる。

それで確信をついた孫尚香は面白いネタでも拾えるかも、とニヤリ笑った。



「私で良ければ話してみなさいよ?」

「いや、嫌だ」



即答されて、彼女は形の良い眉を顰めた。

孫権からすると暗に『お前に言ったら絶対に言いふらされる』と言う皮肉を込めていたのだが、そこらへんの勘の良い彼女はその皮肉にすぐに気付き、むーっと頬を膨らませる。



「そう、なら別に良いけど………」

「…………」

「兄様も暗いわよねぇ?元々明るい方じゃなかったけど、こんなにダークなんて……」

「……………」

「ま、信頼されてないんだったら、私は別にいいんだけど〜」

「………………」

「さーてと、私帰るから。じゃね!」

「まっ、待て!」



気の強い妹にネチネチと言われたのが効いたのか、孫権は顔を上げる。

孫尚香は引っ掛かったな!とほくそ笑んだのだが、彼はそんな事に気づける程余裕がないらしい。



「で、どうしたの?私なら聞いてあげられると思うんだけどなー?」

「そ、それはだな………」



と急に孫権はモゴモゴ言い出した。



「罰ゲームで言ってたT気になる女性″の事?」

「……………あぁ」



妹の鋭い突っ込みで観念したのか、孫権はとうとう口を割った。

「で、何があったの?」

「それが…私がとんでもない事を言ってしまったらしくてな……。それでその……詫びとして食事に……その……」

「食事に誘いたいのね?」

「……そうだ」

「な〜んだ、だったらとっとと誘えば良いじゃない」



そんな事かよ程度な言い方をする酷い妹。



「しかし……誘って迷惑だったら………」

「なに言ってるのよ?食事ぐらいだったら全然平気でしょ!」

「そうか?」



はぁっと孫尚香は溜め息をついた。

自分の兄が奥手だとは分かっていたが、こんなに酷かったとは。

ピュアと言えば聞こえは良いが、ここまで押しが弱いと色んな意味で後が大変だろう。

そんな事を考えていると、彼女は段々とイライラしてきた。



「もう!兄様は押しが足りないのよ、押しが!!こんな所でウジウジしてるなら、とっとと誘って来なさいよ!!!」

「な、何を怒っているのだ!?」

「知らないわよ!こんな所でジメジメされてると、私も暗くなりそうなの!ほらほら、早くT気になる女性″の部屋にでも押し掛けて、誘って来なさいよ!!もう早く行って!!!!!」

「ちょっ……尚香!?」



自分から話を聞いておいて、突き放しながら去って行く妹の背を見ながら、孫権は再度溜め息をついた。



「ふぅ………………。行ってみるか」



そう言うと、妹の喝が効いたのか、彼は寮の方へと歩いて行った。