珍・学園無双〜外伝〜
〜 雨の日と月曜日は・3 〜
「ちょっとぉ!何なの!?」
腕を引かれている間散々文句を言っていただが、連れて来られた場所を見て思わず黙り込む。
「……ここに何の用事?」
「キーを出せ」
「…………」
何を聞いても一向に教えてくれない馬超に連れて来られたのは、の部屋だった。
馬超の腹の立つ物言いにムッとしながらも、彼女は部屋のキーを彼に渡す。
ピピッと音がして部屋のドアが開くのを確認すると、彼はそのままの腕を引いて部屋へと上がった。
「何か飲むか?」
「………ここあたしの部屋なんだけど?」
「そうだったな」
全然悪気がない様にフッと笑った馬超を見て、は何故か不思議な感覚に被われた。
ふとまじまじと彼の顔を見つめる。
「どうした?」
「ん……何でもない」
「冷蔵庫、開けるぞ?」
「うん、いいよ」
一応了解を取ると、馬超は冷蔵庫を開ける。
そして入っていたスポーツ飲料水を取り出すと、棚から出したコップに注いだ。
その間、は無言でその様子を見守っていたが、馬超がコップを差し出すと両手でそれを受け取りながら口を開いた。
「で、どしたの急に?」
「………理由が必要か?」
「別に……」
「……言ってほしいか?」
「言いたくないならいい」
「聞きたそうな顔だがな?」
「じゃあ『教えていただけますか?』」
「棒読みだな」
「放っとけ」
何やら楽しそうにニヤリと笑って話す馬超に調子が崩れたのか、はコップを持ちながら拗ねた様に横を向く。
「済まん」
「へ?」
を見つめながら馬超がふいにそう言った。
呆気に取られて呆然としている彼女に、彼は続ける。
「折角の誕生会を台なしにしてしまった事だ」
「あぁ、それね」
「さすがに腹が立ったのでな」
「さすがにって……あんたいつも怒ってばっかりじゃん」
「反論はしない」
「プッ!」
「ふっ」
めずらしく反論しない馬超に可笑しくなったが笑うと、それにつられて馬超も笑い出した。
「あはは!いいよ。どんだけあたしが馬ッチと子龍兄に愛されてるか分かったし」
「……その言葉を他の奴らが聞いたら、凄い勘違いをされると思うぞ?」
「三角関係?」
「の様な勘違いだな」
「あはは!何言ってんの!」
「周りから見れば、だ」
「あたしらが分かってれば良くない?」
「ポジティブだな」
がコップをテーブルに置くながら肘を着くと、馬超もそれに習う。
彼女は窓の方へと目を遣りながら、クスリと笑った。
「恋愛の愛じゃなくて、家族の愛って感じだから良いのー!」
「家族、か…………どうかな」
「ん?何か言った?」
「いや、なんでもない」
「っそ」
それから暫しの沈黙が下りる。
は外を眺めながらコップに口をつけ、馬超は部屋の中を眺め回す。
「ねぇ……」
「なぁ……」
と同時に言葉を発した。
「あ、馬ッチからどうぞ?」
「お前から言え」
「ん〜。何か……ホッとするな〜って思っただけ」
「……奇遇だな。俺もだ」
「変な感じしない?」
「……そうだな」
「どんな変な感じ?」
「質問がおかしいぞ?」
「このさいだから」
「………そうだな」
そう話しながらが席を立ち、窓際へと移動する。
ふと彼女が自嘲気味に笑う。
またも沈黙が支配するかの様に見えたが、その前にがゆっくりとした口調で話し出した。
「馬ッチさ……あたしね……」
「ん?何だ?」
「馬ッチとか子龍兄とかの事、本当の家族みたいだなって思う」
「………そうか?」
「うん。だって一緒に居て安心するもん。変な気使わなくて良いし」
が何も考えずにそう言った一言が、何故か馬超の心に染み入った。
その原因など考えるまでもなかったが、彼はいつの間にかいつもとは違った、彼らしくない優しい笑い方をする。
それはには見えていなかったが、何故か部屋全体の雰囲気で彼女にも分かった。
二人の間を、目に見えない優しくて居心地の良い空気が漂う。
「あっ!」
「どうした?」
ふと、外を見ていたが控え目に声を上げる。
パッと彼女が顔を自分の方へ向く前に、馬超はいつもの表情に戻った。
「雨振ってる……」
に手招きされて窓の傍へ寄り外を見てみると、確かにポツッポツッと雨が降り出していた。
「月曜日に雨かぁ……」
「何だ?」
雨を楽しむ様に窓を開け空を見上げるに、馬超が不思議そうな顔をする。
「ん〜知らない?『雨の日と月曜日は』って曲」
「あぁ」
が口にした曲の題名でアーティストが分かった彼は、頷きながらも口元を緩める。
「あれ好きなんだ〜」
「そうか」
「へへっ!正に今そんな状況じゃない?」
「……そうだな」
嬉しそうに話しながら、が馬超の肩に頭を乗せる。
馬超はその行動に少し驚いた様だが、すぐにフッと笑って彼女の肩に手を添えた。
「あのアーティストってさ〜。兄と妹じゃん?」
「あぁ」
「今、そんな感じする」
「……そうだな」
「あ、でも馬ッチとはあくまでもタメだからね!」
「矛盾してるな」
「うっさい」
何が楽しいのか彼女はクスクスと笑っていた。
その笑顔を見つめながら、彼は彼女の頭を撫でて「風邪を引くからな」とだけ言って窓を閉めた。
それからはいつも通りの話をしている内に、が目を擦り始めた。
馬超はその仕草が可愛らしくて、暫く意地悪で知らぬふりをしていたが、やがて彼女の限界に気付いたのかベッドへ運んでやる。
カーテンを閉めようと窓に近付くと、元々そんなに大振りではなかった為か、雨は止んでいた。
『兄と妹……か』
部屋の明かりを消し月明かりだけの中、彼女の寝顔を見つめながら思うことは一つ。
自分にとって大切だった、たった一人の妹の事。
彼女を思う度、それをこの女性に重ねてしまっている罪悪感がある。
だが、それと同時に彼女に対して違う感情も芽生え始めてしまっている事に、彼自身気付いている。
『それが変わる時が……こいつがそれを知る時か……………』
馬超は彼女の寝顔を見ながらフッと自嘲気味に笑う。
「どっちのT愛してる″なんだろうな?」
誰に聞かせる事もなく呟くと、眠る彼女の額に軽く触れるだけのキスをし、音を立てずに部屋から出て行った。