珍・学園無双外伝

〜二泊三日 湯煙の旅・19〜






すぅ、と寝息が上がり始めた頃、部屋の扉が静かに開いた。

趙雲はそちらへ視線だけ向けると、少し笑んだ。



「………は?」

「あぁ、今眠りについた所だ」

「……そうか」



足音を消して、馬超が隣に座る。

先の乱舞で、彼の着ていた浴衣が布切れと化したが、見ると、どうやら目を覚ましてから着替えたようだ。

全身にあびた猛打が痛むのか、彼は少し顔を顰めていた。



「そういえば、昨夜は何があったんだ?」

「お前…今更それを問うか?」

「こちらの鬱憤がようやく晴れたところで、話を聞こうと決めていた」

「…カミングアウトめ」



すっきりした顔で言う相棒が、少し憎い。

馬超はそう思ったが、大きく息をつくと続けた。



「……1人で泣いていた」

「1人で?」

「こいつ曰く『分からない涙』だそうだ」

「…そうか」

「なんだか、1人にできなくてな。
 で、慰めようと思ったら、途中で『なんかもういいや』と言いながら笑ってた。
 なんか腹が立ったから、こいつが潰れるまで一緒に飲んだ」



馬超は立ち上がり、眠り姫を挟んだ趙雲の向かい側に座り直した。

どっかりと胡座をかきながらも、その視線は彼女だけを見ている。

趙雲も、彼女の寝顔をじっと見つめていた。



ざ、と外で波が何か囁く。

その囁きに乗って、学友達の楽しげな声が響いた。

ビーチで目一杯はしゃいでいるのだろう。



「本当に……寂しがりやだな」

「お前がか?」

「馬鹿を言うな」



茶化す馬超に、趙雲はふっと笑った。



「馬鹿言うな」

「見事なオウム返しだな、孟起」

「ふん…。
 こいつが寂しがりな事ぐらい、最初から分かっていただろう?」

「それはそうだが…。
 こちらに気を使わせないようにする辺り、可愛いじゃないか。
 見ている私達の胸が……苦しくなるほどに」



夢でも見ているのか、彼女は眉間に皺を寄せて何事かムニャムニュと言っている。

「そ…に……なよ」と、聞き取れないほどの滑舌。

だが、その皺を見ると、どうやら楽しい夢ではないらしい。



「おい、何て言ってるか分かるか?」

「…さぁ?」

「おい。言いたい事があるなら、はっきり言え」

「ふふ…」



眠り姫相手に、小さな声で呟く馬超が面白くて、趙雲は笑いをこらえる事ができなかった。

笑われた馬超はというと、「何がおかしい」と言いながらも、自身も笑いを堪えているようだった。



趙雲は、彼女の額に手を置こうとした。

が、馬超が「待て」と言ってそれを制した。

どうやら、その役は譲れないらしい。



「あぁ、どうぞ」

「…何だその余裕の笑みは?」

「いや?」



暗に『私はお前が来る前に…』と含み笑いを見せると、彼はそれに気づいたのか「この横っさらいが」と言いながらも、そこに手を置いた。

すると、彼女の表情は途端に穏やかになり、寝言も小さなものに変わる。

見ているこちらが共に眠りに落ちてしまいそうなほど、安らいだ寝顔。



「孟起、これからどうする?」

「お前はどうするんだ?」

「私は…少し眠くなってきた」

「奇遇だな、俺もだ」

「いいのか?今日一日潰れるが…」

「構うものか。それに…」



無数に広がるどの選択肢よりも、このたった一つの今の方が、有意義に思える気がする。

馬超の言いかけた言葉を汲んだのか、趙雲は一つ頷いた。



「…そうだな。ならば、寝るとしようか」

「もちろん、ここでだろう?」

「あぁ、ここで……彼女のそばで」



ざ、ざ、と遠くで聞こえる波の音。

先ほどまで1人ぼっちであった寝息が、三重奏になる頃。

心地良い音色は、絶える事はなかった。



もちろん、その後もずっと……ずっと。










「くあ〜良くねたっ!」



二泊三日湯煙の旅、最終日。

ざわざわと人のごった返す旅館のロビーで、のよく通る声が響いた。

女将の作ってくれたお粥と、そのあとに飲んだ薬が効いたのか、復活も大復活というオマケつき。



「復活し過ぎだ」

「いたっ!お前マジムカつくから、お返し食らえっ!!!」

「誰が食らうか」



初日の夜と二日目のしおらしさや元気のなさは、どこへやら。

最終日、ただ帰るだけというだけというのに元気過ぎるの鼻を、馬超は思いきり摘んだ。

対して、元気の有り余っているは、クロスチョップをかまそうと飛びついて来る。



もちろん、それを簡単に食らってやるほど、馬超は甘くない。

面白がって、の手を取ると上へ引き上げた。



「やるな馬ッチ!」

「お前がダメダメなんだ」

「だが甘い!まだ左が残っている!!」

「ぐっ…!?」



元気があり余り過ぎるというのも、時に酷である。

「キョエー!」と、わけの分からない奇声を上げて襲いかかるの攻撃に、馬超は不意を付かれた。

の突き出した手刀に思いきり脇腹を突き刺されて、その場にしゃがみ込む。



「あはは!残念でーした〜☆」

…お前なっ……」

「さてそろそろ出発のようだ。、帰り支度は済んでいるか?」

「あ、子龍兄!もう全然準備オッケーだよ!」

「そうかそうか」



の満面の笑みに、うんうんと頷く趙雲。

と、ここで陸遜や姜維、小喬やら孫権その他がやって来た。



「あ、さん!もう大丈夫なんですか?」

さん、おはようございます!元気になったみたいで何よりです」

ちゃ〜ん、わ〜もうすっかり元気いっぱいだね☆」

「うむ、やはりは元気が一番だな!」



「皆、ありがとう!」



口々に快気の言葉を告げ、それぞれがそれぞれのバスへ戻って行く。

それに礼を述べて、は彼らに手を振った。



ぽん、と頭に手を乗っけられ、「ん?」と顔を上げる。

馬超が小さく笑っていた。

珍しいな、なんか良い事でもあったのかな、と思っていると、趙雲が言った。



「さて、そろそろ私達もバスに乗りましょう」

「あ〜ん、なんか名残惜しいなぁ…」

「二日酔いになるお前が悪い」

「そりゃ反論できねぇわ〜」



荷物に手をかけようとすると、すい、と馬超が何気なくそれを持ってくれた。



「ふふ。、旅行はまだ終わったわけじゃない。
 良く言うだろう?帰るまでが遠足だと」

「おい子龍。正確には、帰るまでが旅行だろう?」

「孟起、下らない揚げ足を取る暇があったら、お前もバスに乗れ」



小さく「馬ッチありがと」と言うと、小さく「…おう」という言葉が返ってきた。



「言われなくても……って、なんでをそっちのバスに連れて行くんだ?」

「ん、聞いてなかったのか?
 行きに3学年のバスだった者は、帰りは2学年のバスになるんだぞ」

「何ッ!?」

「えーウッソ!?じゃあ子龍兄と一緒って事じゃん!!」

「あぁ、そうだ。、帰りは一緒だな」



歓喜して飛び上がっていると、「そういえば」とお菓子が沢山入った袋を渡された。



「ちょっと待て子龍!の隣は、譲らんぞ!」

「何言ってんの馬ッチ?あたしは子龍兄の隣に座るよ?」

「馬鹿言うな!お前、行きは司馬の隣だっただろう!?」

「良いじゃん別にあたしが誰の隣に座ろうと。
 馬ッチには、関係ないし〜?」

「おまっ…何だその無関心そうな、余裕に満ちた顔は!!

「なーんのーこと〜?」



それにやはり「子龍兄ありがと」というと、「本当はもっと早く渡そうと思ったんだが」と照れたような笑みが返ってきた。



「まぁまぁ。仕方がないから、孟起は私達の後ろにでも追いやって…」

「ちょっと待て子龍!(二回目)お前本当に…!」

「冗談だよ馬ッチ!あたし通路側に座るから、通路挟んだ隣側に座れば良いって!」

「むっ…」

「まぁ、そういう事だ孟起」



バスへ歩きながら「また来たいなぁ…」と言うと、「また来れば良い…」「…そうだな、機会はいくらでもある」という暖かくて優しい言葉が返ってきた。

照れくさかったので、冗談で「今度は彼氏できた時にでも」と言ったら……。



「「ふざけるな」」



二重奏で怒られた。

それが嬉しくて、両手でそれぞれの腕を取って、バスへ乗り込んだ。

「暫くは作る予定も、出来る気配も全くないから。なーんてね」と舌を出して。



こうして、無双学園全学年合同行事『二泊三日 湯煙の旅』は、幕を閉じた。










余談として。

と同じ班だったのは、馬超だけではなかった。

火炎鳥よろしく、新たな通り名を携えた『黄泉への導き手』である陸遜も、2学年のバスへ乗り込んでいたのだ。



行きはよいよい帰りは恐い。



もちろん、行きはよいよい所ではなかったが、帰りに起こった大惨事と比ではなかった事をここに明記しておく。

焦がしたり燃やし尽くしたり大炎上されたりと、火の車とはよくいったものだ。

後日そう呟いたのは、怪音波小僧に拍手を送るでもなく、真隣を争う馬趙コンビでもなく、惨事の被害者の1人、夏候淵であったという。