珍・学園無双外伝

〜風邪ひき姫と王子様・1〜






本日、水曜日。



授業は、いつものように華麗だったり吐血だったり脚線美だったり…。

いつものような状況で、いつものように滞りなく終了。

帰りのHRも、お喋りしていた孫策が祝融先生にチョーク攻撃を食らった以外大した事もなく、無事に終える事が出来た。



「あ〜あ、今日も無事終了ー!」



先生が教室を出た後、は伸びをして帰り支度を始めた。

周りを見ると、皆、部活の準備やら遊びに行く準備をしている。

そんな忙しない学友達を見ながら、さて行きますか、と荷物を持ち教室を出ようとすると、いつものように馬超から声がかかった。



「おい

「ん?」

「お前、今日ヒマか?」

「んー、あたし今日は予定入ってっからいいや。ごめんね!」



ここで「ヒマだよ」と答えると、いつものパターンで「なら付き合え」と言って、遊びに行ったりするのだが、生憎本日はちょっとした予定がある。

と、馬超は何か訝しんだ様子で(訝しまれる事などしていない)眉をしかめた。



「…どこか出かけるのか?」

「うん。ちょっと商店街行きたいから」

「車出してやろうか?」

「いや、いいや。ちょっと1人でフラフラしたいだけだし」

「…………そうか」



どこかへ行く予定が…とでも言おうものなら、真っ先に「誰とだ?」と切り返して来る彼に、今日は先手を取って『1人』を強調してみる。

すると、訝しげな表情から一転、彼は非常に残念そうな、面白くなさそうな顔をした。

あ、もしかして怒った?と思ったが、馬超は仕方がなさそうに「また誘う」と言って頭に手を乗せてきた。



「だが、あまり遠くへ行くなよ」

「遠くって…たかが商店街じゃん。子供じゃあるまいし…」

「全然子供だろ」

「あたしと馬ッチ同い年!タメタメ!」

「精神面のもん…」

「あたしのがずっと大人じゃん」

「どこがだ子龍に聞いてみろ」



ペチ、と馬超にデコを叩かれた。

仕返しにクロスチョップをかまそうとするも、簡単に避けられてしまう。

くそがっ!と歯噛みしていると、馬超は「甘い」と笑って教室から出て行ってしまった。

今に見ておれよ、とは内心悔しがりつつも、いつまでもここにいても仕方がないと思ったので、教室を出ようとドアに手をかけた。



すると、またも声がかかった。



さん、ちょっと今、宜しいですか?」

「ん?あぁ伯約、どした?」



振り返ると、自分の後ろの席である姜維が、いそいそと荷物を肩にかけながら後を追ってきていた。

「いいよ」と答えながら歩くと、彼もその横について歩き出す。



「明日、予定は空いていますか?」

「明日?平日だけど、どっか行きたいとこあんの?」

「あ、いえ…そういう訳ではないのですが…」



ん?と、立ち止まり見上げてみる。

すると、彼はえっと、と言いながら続けた。



「予定が空いているのでしたら、明日映画でも見に行きませんか?」

「映画?うん、いいけど…何見るの?」

「それは…見るまでのお楽しみ、という事で」



照れくさそうな、恥ずかしそうな顔。

一体、何が彼の表情をそうさせるのか分からなかったが、は「うんオッケー!」と笑った。



いつも、彼のこういう所が可愛いと思う。

別に恥じらう事でもなんでもないのに、人を誘うだけで頬まで赤く染まる。

なぁんて可愛いのだろう私の弟分は!!と、笑みがおさえられなかった。



「あの、何か可笑しい事でも…?」

「あぁ違う違う、なんでもないよ」

「き、気になりますよ」

「だって伯約、ほっぺ超真っ赤なんだもん」

「え!?そ、それはあのその…」

「だからイジりたくなるのさ〜!」



うりうりと赤くなった頬を突くと、彼は「で、では明日また!」と言って、逃げるように去って行く。

その後ろ姿を見ながら、『本当伯約ってイジってて飽きないなー』と思っただった。









商店街に着いたは、馬超に言ったとおりフラフラと歩いていた。

別段、見たい物があるわけでもなく買いたい物があるわけでもなかったが、なんとなくいつもの『1人になりたい束の間の1人タイム』であった。

フラリとスーパーを回ってお菓子を買い、フラフラとウィンドウショッピングをする。



たまに可愛いと思う物が飾られていると、店の中に入りそれを手に取って眺めてみたり。

明らかにギャグアイテムだろうと思える物を見つけては、周りに白い目で見られぬようヒッソリとニヤけたり。

気に入ったデザインの服を見つけ、それが手頃な値段だったので購入してみたり。



が「今日はこのくらいにしといてやるぜ」と店を出る頃、もう辺りはすっかり陽が落ちていた。



「あ、もうこんな時間か…」



1人でフラフラしている時間というのは長く感じられるように思えるが、今日は色々な物を熱中して見回っていたためか、時刻は19時を回っていた。

ふと空を見上げると、パラパラと雨が降ってきている。

それは小雨であったため、走れば大して濡れる事もなく帰れるだろう、とは考えた。



だが、一抹の『もしかしたら風邪引くかもしれない』という不安が、なかったわけではない。

しかし、これぐらいの雨ならばといった油断があったのも確かだった。

少しだけ悩んだ結果、は鞄を頭に乗せて走り出した。










ぶえっくしょーい!!



翌日、朝。

無双学園敷地内にある学生寮の一室、211号室で朝っぱらから盛大なくしゃみが上がった。

2階の一番遠い角部屋211号室は、もちろんの部屋。



彼女は目覚ましが鳴る時刻までスヤスヤと眠っているはずだったのだが、自身が発した不意なオヤジくしゃみで目を覚ました。

ムズがゆい鼻の奥が気になり身を起こして、ベッド脇に置いてあるティッシュに手を伸ばす。

寝ぼけ交じりで鼻をかんで(ぶぴー!と嫌な音がしてた)それをポイとゴミ箱へ放り投げる。

ナイッシューだった。



「あーやべ、風邪引いたかも…」



続けざまに鼻の奥の不快を払拭するため、鼻をかみながら空いている手で携帯を取る。

が、は携帯を一度置き、ベッドサイドの引き出しから体温計を取り出した。



それを脇にはさみ、暫く。

ピピッと音が鳴るのを確認し、は数字を覗き込んだ。

そして、目を閉じてもう一度覗き込む。



「38度……」



これは中々の高熱である。

その数字に意識を持っていかれいかれそうになる。

熱など、ここ数年出した記憶がない。



そもそも昨日過った『もしかしたら風邪引くかもしれない』という憂いの元は、断っていたはずだった。

帰宅してからすぐに風呂に入り、念の為風邪薬を飲んで、早々に就寝した。

昨日は寒気もしていなかったし、風邪のかの字も見えなかったはずだ。



どこで間違ってしまったのだろう、とはぼんやり考えた。

だが風邪と分かった途端、思考が働かなくなるのも事実。

だから病は気からなのだとオチをつけ、はもう一度携帯を手に取った。










時間は、午前8時25分。

いつもならとっくに教室に入りお喋りしているはずのが来ない事に、馬超は苛々していた。

そこへ、寝坊したのか典韋が猛ダッシュで教室に入って来た。

それに気づいた孫策が、声をかけた。



「お〜、典、遅いぜ〜!」

「おう!やべぇな遅刻ギリギリだぜ」



ここで留年三人衆が揃い、いつものようにをプラスした、僅かな朝のお喋りタイムが始まる。

だがはまだ来ない。

我慢の限界を超えた馬超が席を立とうとすると、それに気づいた典韋。



「お?そういやはまだ来てねぇのか?」

「お〜、そういや来てねえぜ〜!」

「伯符、お前連絡来てねぇのか?」

「お〜、全然来てねえぜ〜!」

「孟起、おめぇはどうだ?」

「…来ていない」



明らかにイライラしていますと言わんばかりの馬超に、典韋は苦笑いしながらまぁまぁそう怒らずにと宥めていると。



ピリリリリリ。



「!?」



聞こえてきた電子音に、馬超が即座に反応した。

服のポケットから携帯を取り出し、受信BOXを開く。

その行動に1秒とかからなかった事に、典韋は若干引きながら「お、来たじゃねえか良かったな」と言った。

対する馬超は「ふん、当たり前だ」と何故か得意げに鼻を鳴らし、差し出し人名『』のメールを開けた。



から来たのか〜?良かったな〜孟起!」

「で、はなんつってんだ?」

「…………風邪で休むらしい」

「お〜、マジかよ〜?」

「あいつ風邪なんて引くのか!?」

「風邪と書いてあるのだから風邪だ」



馬超はそう言うと、面白くなさげに『分かった』とだけ返信して座り直した。

何勝手に休んでんだよ、もちろん今から見舞いに…と思ったが、相手は昨日のように先手を打ったつもりなのか、風邪で休むの後に『うつすといけないから見舞いはいいよ』とまで付け加えてあったのだ。

心遣いは悪くないが、なんかとりあえず風邪を引いて教室に来れないという事実が、無性に悔しかった。










所変わって男子トイレ前。

ここでもう1人、無性に切ない顔をしている青年が一人。

今日彼女と約束をしていた姜維である。



彼は、学校内では携帯の音をOFFにしていた。

だが振動によって気づいて開けたメール内容は、ショックで寝込み枕を涙で濡らしてしまいそうな事が書いてあったのだ。



『伯約ごめん、風邪引いちゃって今日遊べそうもない!
 本当ごめん!埋め合わせ絶対するから本当ごめん!!
 それと、移っちゃうから見舞いはいいから(汗)』



「な、なんと……」

「伯約殿、どうかされましたか?」



その衝撃的な告白に姜維が体をフラつかせ壁に凭れ掛かっていると、その様子を感じ取ったのか陸遜が声をかけて来た。

ゆらりと顔を上げ、輝かんばかりの陸遜の笑顔を恨めしげに見つめる。

別に陸遜は何も悪くないのに。



さんが…風邪を…」

「えっ…さんが、風邪を引かれたんですか!?こうしちゃいられませんね!」

「あぁ、お待ち下され伯言殿!
 さんは『風邪が移るから見舞いはいい』と仰ってました」

「そ、そうですか…しかし…」



と、ここで陸遜は言い淀んだ。



彼の心境からすると見舞いには行きたいのは当然であるし、風邪の時こそ好感度を上げるチャンスである。

むしろ『一日一』である。

会わなくては一日が始まった気がせず、というか会わないと一日が終われない。



しかし見舞いへ行き、逆にこちらが風邪を持ち帰り学校を休んだとあっては、に申し訳ないのも事実。

彼女の事だから見舞いに行けば喜んでくれるだろうが、きっと内心申し訳ないと思わせてしまうだろう。

故に、陸遜はグッと『見舞いに行きたい』要求を飲み込み、自重することを決意した。



「仕方ありません…。
 それで私に風邪が移ってしまったら、それこそさんが悲しむでしょうし」

「………」

「それでは伯約殿、HRが始まりますので私は先に教室に参りますね」

「………」

「伯約殿?」

「………え?あ、はい、分かりました!」



陸遜は一瞬訝しげに眉を寄せたが、それ以上は何も言わずに教室へと戻った。

それを見送る事もせず、姜維はトイレ前で暫し何か考え込み、やがて一つ頷くと踵を返した。