一章
[意想外]
あの事件から、ちょうど一週間が経過した頃。
ほくほくと湯気を立てる三つの膳を、転んで落としてしまわぬように気を使いながら、少女は歩いていた。
少女──は、ふんふんと鼻歌を歌いながら、仕えるべき主君の御嫡子の元へ、膳に最善の注意を払いながらも、そそそと小走りしていた。
見目は12頃ではあるが、その実とうに20越えしていると言っても、決して誰にも信じてはもらえまい。
実際、少女本人も何故こうなったのかはさておき、それ以前の問題点である『どうして私がこのような所に?』という、最も重要視される疑問を『もういいや、考えても分からないし』という諦めにも似たポジティブさを最大限に発揮して、記憶の隅に追いやってしまっているので、どうしようもない。
今は、とりあえず椀の中身を零さぬ事が、彼女にとっては最重要だった。
勝手から梵天丸の部屋までは、それなりに距離がある。
なんとしても温かい味噌汁を! と、いったい何が彼女をそう燃え上がらせるのか定かではないが、確かには今、猛烈な急ぎ足だった。
しかし、いくら急ぎ足といえど、少女の上背が平均値よりあろうとも、些か早すぎる。
そう少女自身が、違和感を感じていた。
自分は、こんなに足が早かっただろうか? と、先日の事件の後、於喜多の説教から逃れる際にもその事が頭を過った。
あの時は、無我夢中で逃げていたが、今冷静に考えるとやはりおかしい。しかし、やはり今の優先順位は、梵天丸の膳の中身(ほくほくさ)だ。
そんな事を考えて角を曲がれば、すぐそこが目指している部屋だと気付く。
は、やはりその事を頭の隅に追いやって、三つの膳を床に置くと、一つこほんと咳払いをした。そして、らしくもない仰々しい型を作り、襖の向こうにいる愛らしき者に、彼女らしい発言で来訪を告げる。
「梵天丸様、おはようございまーす! 今日の朝食は、ななななんと! あの里芋の甘煮でございますよー。」
「こんのっ……無礼者めがッ!!!!」
「わっ!?」
襖越しに返って来たのは、梵天丸の「…入れ」という言葉ではなく、スパンと盛大に開かれた襖の音と、やけに粋の良い大声だった。
思わず驚き、は肩を引き攣らせたが、大声の主である時宗丸だと知ると、次には盛大に溜息を吐いた。
「なんだ、時宗丸か…。びっくりさせないでよね。」
「き、貴様! よりによって、この俺を呼び捨てだと!?」
「朝からテンション高いねー。本当、羨ましいわーその性格。」
「て、てんしょ…?」
「気分が高揚しまくってて良いですわねー、って言ったの。」
「なっ…貴様!!!」
ふっと鼻を鳴らし、明らかに小馬鹿にする態度を見せたに、梵天丸の小姓である時宗丸が激怒する。
は、それに「はいはい」とどうでも良さそうに手を振り、床に置いていた膳を持ち上げると、怒りで喚く時宗丸を無視して部屋へ入った。
ちなみに時宗丸は、が膳を持っている間は、絶対に攻撃してこない。それ則ち、攻撃を加えれば中身を零してしまい、更には梵天丸の前での不祥事という結果になると分かっていたからである。
「おい貴様! 俺を無視するな!!」
「あーもう、五月蝿いよ時宗丸。梵天丸様が、びっくりするじゃん。」
「うっ…」
痛い所を突かれたのか、咄嗟に時宗丸の勢いは窄み、肩を落とす。
それがやけに可愛らしく見えてしまったので、は小さく笑ったが、目敏いのか警戒しているのか、時宗丸は、それを見てまた憤慨した。
「おい、お前! 何が可笑しい!?」
「えー、何の事かなぁ?」
「馬鹿にするな! 俺の目が、誤魔化せるとでも思ってるのか!!」
「ふふ、思ってる。」
言動行動に逐一きゃんきゃん喚く時宗丸は、にとっては実に可愛い小僧である。最初こそ、時宗丸に対して『生意気な』と思いはしたが、ここ数日で打ち解けた(とは思っている)所為か、毎日こんな調子で朝が始まるのだ。
朝食を運び、相変わらずな朝の挨拶をするの言葉遣いを、時宗丸が咎めるため、とりあえず怒鳴る。
それに「梵天丸様は、怒ってないでしょ?」とが受け流しながら、各々が向き合うよう三人分の膳を配置する。
そうして、まだ喚いている時宗丸の頭をよしよしと撫でながら、では頂きましょうと食べ始めるのだ。
余談だが、何故、時宗丸がこの場で共に食事をしているかと言うと「梵天丸様とあの女童だけでは、何があるか分からない! 俺が、あの女童を見張ってやる!」という理由らしい。
実は、は、それを於喜多から聞いたのだが、別段問題ないと思ったので、喜んで時宗丸を迎え入れた。
今日もまた、ぶつぶつと文句を言っている時宗丸の頭を一撫でしてから、「今日も元気に御飯が美味しい。では、頂きましょう!」と、声を発すると、それを合図として食事が開始された。
ついでに言うと、その直後「高揚しているのは、お前も一緒だろう!」という、小僧の最後の喚きが入るのだが、今日も今日とて例外なく、それは部屋に響いた。
ふと、梵天丸が僅かに口元を上げた気がしたが、は、それをはっきりと捉える事が出来なかった。
あれからは、ずっと梵天丸と食事を共にしていた。
朝昼夜と食事を運び、梵天丸と時宗丸と三人で食す。
食事中に話をするのは、と時宗丸だったが、それに時折梵天丸は相槌を打ったり、質問に答えたりしながら過ごしていた。
としては、それ以外の時間も共に居たいと思った。
しかし、於喜多に聞いた話では、梵天丸は文武の稽古が山程あるという。
は、よく分からなかったが、梵天丸の父である輝宗も城主という偉い身分のようだし、その息子ともなれば色々大変なのだろうとも思った。
故に、梵天丸の勉強の邪魔をせぬよう、その時間は於喜多を介して城仕えの女性達と共に、御勝手で茶を飲んでの軽い世間話や、花札をする事で時間を潰していた。
確かに、真面目に勤勉している横で、じっとそれを見たり待ったりしているくらいなら、自分は居ない方が良いのかもしれない。
花札に興じる賑やかな女性達の声が響く中、は『いや、しかし…』と眉を寄せた。
と同じく、遊戯に混じる事はせずに隣で観戦していた於喜多が、それに気付き声をかける。
「どうしたの? 難しい顔をして。」
「…思うんですけど、あれ位の歳の子って、やっぱり遊んだ方が良いと思いませんか?」
「?」
主語を暈したつもりはないのだろうが、それをあやふやにしてしまった事で、於喜多が僅かに首を傾げる。
だが『あの位の子』という言葉で、彼女は、なんとなく言いたい事が分かった。
梵天丸の事を言っているのだろう、と。
「……そうね。」
「於喜多さん、聞いて良いですか?」
「………。」
「私の中で、沈黙は肯定とみなしてるんですけど…良いんですね?」
「私は……何とも言いがたいわ。」
『梵天丸様は、文武以外に”遊ぶ時間”があるんですか?』と、遠回しに聞かれてしまい、そう答える事しか出来なかった。
何故なら、少年の未来を考えると、それ事態が肯定も否定もしがたいものだからだ。
は、その言葉を悟ったのか、ふーんと納得の行かない顔をしていたが、戸惑いもせずに続けた。
「やっぱり、偉い人のお子さんとはいえ、子供の内は遊んだ方が良いと思います。少年時代って、短いってうじゃないですか。一城の主っていうのは分かりますけど、やっぱり楽しむ事を知らないと! 広い視野とか、柔軟な思考の発育が、妨げられてしまうと思うんですよー。」
「それは、そうかもしれないけれど…。」
「抑制生活ばかりで、じゃあ、将来それが爆発したら、どうなると思います?」
「………。」
すっぱり、と、あくまで『意見』として述べるに、於喜多は額に手を当てて溜息を吐いた。
確かに少女の言うように、人間とは過度に抑制されると、いずれはそれが、色や酒となって溢れ出す。
『やはり只の子供ではないだろう』という考えと、それを無邪気に、かつ、いけしゃあしゃあと述べる少女に、疲労が止まない。
そもそも、一介の側仕えであるや、乳母である於喜多が、梵天丸の教育方針に口を出すべき事でない。否、出してはならないのである。
それすら分かっていて、またも思案を始めた少女は、この頃の於喜多にとって、頭痛の種ともなっていた。
…これは流石に言って聞かせなくては、と於喜多は反撃に出た。
「それなら、。一つ聞くわよ?」
「えぇ、どうぞ。」
「梵天丸様は、いずれ、この伊達家を継ぐお方なのは、あなたも充分に分かっているでしょう?」
「…………だて?」
家名を知らなかったのか、の眉がピクリと跳ねた。
そして「えー?」と言っては、また何やら思案し出す。
何かを思い出すようにも見受けられるその表情は、思わず於喜多も先を続ける事を躊躇してしまう程だった。
「だて………っ………伊達ぇ!!?」
「ちょっと、?」
「今、伊達って言いました!? 伊達って!」
「い、言ったわよ?」
何か思い出したのか、物凄い剣幕で於喜多に詰め寄った。
少女のあまりの形相に、於喜多は後ずさりしながら、ちょっと落ち着けと手を前に出した。
「嘘……伊達って………本当に、あの伊達?」
「? ってば。」
「え、じゃあやっぱり、そういう”時代”なんだ…。」
「ちょっと、、大丈夫?」
落ち着けと促す声が聞こえないのか、少女は、また自問自答に入ったようだ。声をかけてみるも、咄嗟に『今は、話し掛けるな』と逆に手を出されてしまった為、於喜多は、続きを言うのを諦めた。
とすれば、家名以前に『まずこの場所で生きて行く道』を選んだ為、ここが米沢という場所の城の中で、自分は御偉いさんに職を与えて貰って、何もかもが落ち着いたら、答えのあるはずがない疑問を紐解いていこうと考えていた。
といえど、実際どれだけ考えたとて、『何故自分がここに居るのか』『どうしたら帰れるのだろう』『いや今は…』といった問題が堂々巡りになるだけで、全て解決されるとは思っていない。
…実は、自分は長い長い妙にリアルな夢を見ているのかもしれない。そう思い込もうとしても、こうも時間の流れを刻々と感じるのであれば、それはまずないだろう。
それは、これが今の自分に与えられた現実で、それを乗り越えなくてはいけない、という漠然とした責任感や義務感が、の中で確かに芽生えていた事も起因しているのかもしれない。
だが、『伊達』。
於喜多が発した一言は、に更なる疑問を植え付けた。
伊達という名で知るのは、一人。
しかも、自分の国では、きっと誰もが知る人物だ。
その”時代”と何か関係があるのだろうか? と考えるが、如何せん断定するには、情報が少な過ぎる。
外の世界の事を知るにも、が付き合いのある人物は、武将ではなく城で働く女達だった。
『伊達政宗』
物心付いてから、いつの間にやら、誰かから何かからその名を知った。
その名は、不思議と耳に残った。
どうしてか、その家名を聞かれれば、その名を答えられる程に。
だが、はその名以外、その人物がどの時代に生き、どういった容姿を持ち、どのような経緯を得て後世に名を残したのかすら知らなかった。
だから、かもしれない。
伊達という家名を聞いて、酷く驚き困惑してしまったのは。
この”意味”が、いつかどこかで繋がる時が来るのかもしれない、と。
しかし、その名をこの城で聞いた事はなかった。
その人物がいた以前か以後かすら、自分には分からなかった。
不意に、ぽつりと言葉に溢れる。
「伊達……政宗…。」
「? ってば、いい加減にしっかりして頂戴!」
自分を呼ぶ声に、ふと顔を上げた。
見れば於喜多が、心配そうな困ったような微妙な顔で、自分を見つめている。
それに「…済みません」と断り苦笑いして見せると、於喜多はふと額に手を当てて来た。
「……何ですか?」
「声をかけても全然反応しなくなったから、熱でもあるのかと思って。」
「風邪なんか引いてませんし、熱もないですよ。」
「みたいね。良かったわ、大事なくて。」
見た目に反して、実際の歳は大して変わらないのだが、姉のように接してくれる於喜多を見て、は、少しだけくすぐったい気分になった。
この人は、自分を心配してくれている。自分が梵天丸を心配し、愛しいと思うように、彼女もまたそうなのだろうか?
どちらにしても、どれだけの情報を得ても、きっと根本的な問題は解決されまい。そう結論付けて、問題を頭の隅へと追いやった。
元気だ、と主張するように思いきり伸びをして、於喜多に「ありがとうございます」と笑いかける。
笑い返してくれた事がまた心地良かったが、そろそろ行こうかと腰を上げると、於喜多が不思議そうな顔をした。
「あら。、何処へ行くの?」
「梵天丸様に、お茶を持って行こうかと。」
「え、でもまだ…」
「ブレイクも必要です。」
「?」
「あっ、休憩って意味です。」
聞き慣れぬ言葉に首を傾げた於喜多に、は、またやってしまったと苦笑いしながら、こちらの言葉に変換する。ここでは通じるはずのない言葉にも関わらず、ついつい癖で使ってしまう。こちらに来てまだ日は浅いが、そろそろ本格的に使わないように心掛けなきゃな、と思った。
しかし、多分相当な時間が経過しない限り、その言語を発さなくなる事はないだろうと思い直し、無理な努力はしない事に決めた。
分からない、と顔を顰められたり聞き返されたり、自分で気付いたりするので、その都度言い方を戻せば良いだけだ、と。
立ち上がり、今度は全身で伸びをした。
ついでとばかりに欠伸が出てしまったが、この身体年齢の愛嬌として、於喜多は許してくれるだろう。「はしたない…」とは、言われるだろうが。
直後、その通りの言葉が投げかけられた為、ぶっと吹き出してしまった。
噂は、光よりも早く人の耳に届く。
それは、己のふとした発言や、嫡子との食事といった行動云々も然り。
どんなに自分なりに行儀良くしようとしても、まず作法が違う。
人の口に戸は立てられない事は分かっているし、そもそも自分という存在が如何に特異であるか、自身、良く分かっていた。
勿論、周りから自分がどう囁かれているか、言われるまでもなく…。
笑う時は、口元に手を添えて笑え?
嫌なことを嫌と言えず、おかしな事をおかしいと言わず、上が白であると言えば、例えそれが真逆の黒であっても黙って目を瞑れ?
それこそ馬鹿馬鹿しい。冗談じゃない。
私は、楽しければ大笑いするし、おかしいと思ったらハッキリおかしいと言う。
言い訳するわけじゃないが、くしゃみをする時は、一応よそを向いてやっている。それに、嫌な事をしなければ、先を望む事が出来ない現実は、自分自身が、過去に身を持って体験している。
要は、TPOによって『YES』『NO』を使い分けているだけなのだ。
だが、自分に対する見解がそうである事は、左程悪くはない。
周りが自分をそう見てくれるならば、特異とされた自分でいられる。作ることのない『』という存在で在れるのだ。
無理をして、誰かや何かに合わせる必要はない。それが強みだ。
最低限のマナーを持ちつつ、輝宗の為にも梵天丸の為にも、自分が思う最大限の事をやれば良い。
特異という存在は孤独と言われるが、あながちそうとも限るまい。
それを受け入れてくれる者も居れば、それとはまた逆の者も居よう。
この”時代”と呼べる場所へ来て、言い知れぬ疎外感や孤独感を感じる事もあったが、今のには、全ての人間から否定される前に『それはいけない!』と諌めてくれる人が居る。
ふと、茶を立てる手を止めて、横を見た。
相変わらず騒がしい花札大会の喧噪に苦笑しながら、自分にとって『姉』と呼べる存在になりつつある彼女が、茶と共に持って行く菓子を用意してくれていた。
彼女は、自分より幾分小柄だが、その芯の強そうな瞳や女性らしい容貌には、出会った当初から憧れを抱いていた。
誰かを差別する事もなく、分け隔てなく他人と接する事の出来る彼女を。
この騒ぎの中で聞く事ではないと思ったが、でも自然と彼女に聞いてみたいと思った。
「…於喜多さん。」
「何? どうかしたの?」
「私って………ここでは、どういった存在なんでしょう?」
瞬間、於喜多は、豆鉄砲を食らったような顔をした。
その呆気に取られた表情は、本来の自分なら大口開けて笑ってしまう程。
しかしそうする事はなく、僅かな笑みを口元に乗せて、戸惑った顔をする於喜多を見つめた。
「どういった…って…。」
「聞いている限りで良いので、教えてもらえませんか?」
「でも…」
「構いませんよ。気を悪くする事はないですから。」
そう言って笑って見せても、勘の良い彼女は気付いてしまったのだろう。
だが、が『決して嘘は許さない』という目で見つめると、観念したのか、一つ溜息を落として言った。
「”傾き者”」
「…傾き者? どういう意味ですか?」
「簡単に言うと”変わっている”という意味よ。」
「すっぱり言うと、”変人”ってとこですか?」
「………。ここに来た時、可笑しな服を着ていたというし、それに、その首に飾っている輪とか…。」
「あー、成る程。」
自分を気にして、さらりと言ってくれたのだろうか。
は、意外にも、すんなりその”傾き者”という言葉を受け入れられた。
首の輪とは、今は、ぶかぶかになった三つの指輪を、首のチェーンに通している物を言っているのだろう。
指輪が気になっていたのか、於喜多は、それを手に取りながら、物珍しげに言った。
「それにしても、不思議な輝きね…。とっても綺麗だわ。」
「そうですか? でも、あげませんよ。」
「ま、失礼ね! 誰も欲しいなんて強請ってないわよ。」
「ふふ、そうですか? 本当だったら、一個くらいならあげても良いなーって思ってるんですけど。」
「まあ、本当に?」
「でもこれは……私が大きくなったら、つけるつもりなんです。」
「大きくなったら?」
「はい。」
言葉として教えてもらった事により、少しばかり気が楽になった。
『いつもの調子に戻った』と思ったのか、於喜多も声のトーンが上がっていて、は、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「どうしたの? そんな顔して…。」
「いえ、何でもないです…。すみません、変なこと聞いて。」
「………。あぁ、そういえば、付け足しておかなきゃならない事があるの。」
「え?」
何を? と問う前に、用意した茶と菓子を持たされ、行ってらっしゃいと背中を押されてしまった。慌てて顔だけ振り返ると、於喜多は、自分に聞こえる程度の声で言った。
「。本当の所、私もその大胆さは確かに”傾き者”だと思うわ。でもそれ以上に、可愛くて放っておけない”妹”のような存在でもあるの。だから、それを……忘れないで頂戴。」
「…!」
優しくて、温かい言葉。
本当は、そう言って欲しかったのでしょう? と言いたげな彼女。
あぁ…バレていたのだ。今の自分が、何より欲していた言葉を。
不意に頬が熱くなって、思わず前を向いた。
けれど、やるせなくて、もう一度振り返った。
彼女は、悪戯が成功したような笑みで、手をゆるやかに振っていた。
茶が冷めない内に『ぶれいく』とやらをして来い、と。
照れを隠して足早に勝手を出る少女の背中を見つめながら、於喜多は小さく笑った。
特異だと 己で知りつつ問う心中 彼女が気付かぬはずもない