[海の上のきみと僕]
に連れられ『根性丸』に乗船し、彼の仲間となってから、そろそろ一週間が過ぎようとしていた。
その間、を始めとした個性豊かな仲間と、そしてアルドという得難き”生涯の友人”を得ることが出来た。
とアルドは、とても気が合った。二人の年齢が近いこともあったのだろうが、二人の関係は、それよりもっと奥深い場所まで結びついていた。
歳が近いといえども、二人は『大人』として区分される年齢だ。二人とも、年相応な人付き合いは苦手ではなかったが、それ以上のものを、互いが互いに感じとっていた。
故に二人は、大人じみた付き合い方ではなく、はたから見れば子供のような掛け合いで一気に距離を縮めていき、時に周囲を笑わせたり、皆に童心を思い起こさせるようなやりとりを見せた。
とはいっても、実際に、二人が子供過ぎる感情を持て余していたわけではない。
それぞれの個性が、対称的だった故だろう。
は、感情に波がある部分が大半を占めているが、年相応に物事を冷静に考えようとする面も持っている。
逆にアルドは、常に落ち着いている印象を見せるが、天然なのか、時たま抜けた発言や行動をする時がある。
感情:理性の比率で考えれば、が7:3で、アルドが3:7。
全くの真逆。
二人は、互いに無いものを多く持つ故に、強く惹かれ合った。
人は、己に見出せないものを誰かに求める。その誰かは、その個によって対象を変える。
恋人であったり、家族や友人であったり。
二人は後者であった。そして、二人を見知った者曰く、まるで兄妹のようだと口にする程。からすれば、彼は一緒に居て安心でき、自分を落ち着かせてくれて、また意見を最後まで聞いてくれるといった、唯一落ち着いた心で接することのできる相手だった。
彼女は、これまで魔術師の塔での生活において、必要な時にしか自分を呼び出さないレックナートと、顰め面がデフォルトで毒しか吐かない可愛げのないクソガキのルックと、三人で生活していた。
知っての通り、その二人は、どちらかと言わなくとも『無口』の部類に入る。そして、その二人に挟まれてしまえば、いくら話し好きなといえど、返る答が「そうですか…」「ふーん…。」と分かっていて、あえて楽しい会話を作り上げようとも思わない。何より、そこまでの根性がない。
だからこそ、彼女にとってアルドという存在は、自分の話しを笑顔で聞いてくれて、かつ包容力をナチュラルに発揮してくれる兄のような存在になっていた。
また、アルドからすれば、彼女は一緒にいると楽しくて、自分も笑顔になれて、紋章術の話など自分の知らない知識の話を聞かせてくれるといった、心躍らせてくれる相手だった。
彼は、の仲間になる前は、ずっと森で迷子になっていたし、その間はずっと一人で外の世情など知らずに過ごしてきた。
そんな彼が、面白くてワクワクするような話や、使用したことのない紋章術に関する知識の話を、おもしろ可笑しく話すに惹かれるのも、当然といえば当然だった。
そんな二人の気が合ってしまうのは、これらのことから考えると、当然のことだった。
この一週間足らずで、それほどまでに仲良くなった二人。
彼等は、今日も仲良く昼食を食べた後、甲板に出て話しをしていた。
ある程度のお喋りをすると、アルドは海を見つめ、もそれに習う。二人は、いつもこの調子だった。
が一通り喋り終えて、次はどんな話題にしようかなと考えると、それを敏感に察知したアルドが、小休憩とばかりに海を見つめる。
も、彼の心遣いを察していたので、海を見ながら話題を思い浮かべ・・・そして浮かぶとまた話し始める。その繰り返しだった。
二人はいつも一緒にいるが、これに時折、が交ざることがある。
彼はリーダーとして根性丸を指揮し、様々な場所へ移動しては、問題ごとやら何やらを解決することに奔走しており、基本的に超忙しい。
だが、時折ふらっと戻ってきたかと思えば、二人の会話にナチュラルに入り、お土産を渡しては、またふらっと去っていく。
今回、彼はいなかった。
今朝早く食堂で会ったのだが、彼は「もっと仲間を集めてくる!」と意気込んで、お供を連れて威勢よく出かけて行ったのだ。
そこからふと、の頭には、それまでとは全く方向の異なる話題が浮かんだ。
「……ねぇ。」
「ん? どうしたの?」
呼びかけると、彼は何か感じ取ったのか、体を向けた。
正直、この話しを持ちかけても良いものか、は戸惑った。
の話しをしようと思ったのだ。
「初めて、に会った時にさ。握手したのね…。」
「うん。」
「そしたらね…、何か、変な感じがしたんだ。」
「変な感じ? …どんな?」
「うーん。説明しづらいんだけど…」
彼に、自分の紋章の話をした事がなかった。それは自分が、真なる紋章という意味を、そしてこの世界にとって、それがどれほど貴重で希有な存在であるか知っていたからだ。
故に、彼に『握手の際に紋章が疼いた』とは言えなかった。あのゾワッとするような感覚をおぞましいとまでは言わないが、恐いと感じずにはいられなかった。
だから、単にその話をして、彼に受け止めてほしかっただけかもしれない。
それに一つだけ、思い当たる節があった。
『もしかしたら、は………真なる紋章を……?』
その『答え』は、誰が持っている?
だが、それを本人に聞いたとして、彼がそれを持たず『なぜそんな事を?』と聞かれてしまった時、はたして自分の持つ紋章のことを隠し通すことができるだろうか。
自慢じゃないが自分は、嘘が下手だ。ついても、すぐに訝しがられる自信がある。
それに、彼の少年は、頭の回転が速い。もの凄く早い。話していれば分かる。
二人で話している時、彼の生い立ちを聞いた。その生い立ち故に、彼は、人の思考を読み取ることに長けていた。しかし、それをさし引いて余りある程に、その洞察力は優れていた。
それでもは、彼を恐いと思ったことは一度もなかった。それは、ひとえに彼の人柄から滲み出るものだろう。
だが、やはりというか、紋章の話をすることだけは避けていた。
別の話題を出して話を逸らそう。そう考えたが、自分の口からは、フォローに似た言葉すら出てこない。隣に立ち、黙って言葉を待っていた彼は、安心させようとしたのか、肩に手を乗せ微笑んでくれた。
と、甲板のドアを勢い良く開ける音。
「あっ、いたいた! 、アルド!」
「あれ、…?」
ドアの方へ顔を向ければ、仲間を集めに出かけていたの姿。彼は、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。時刻を見ると、正午をとっくに過ぎていた。今日は夕方まで戻らないかも、と言っていたが、予定より早く仲間集めが済んだのだろうか?
「仲間、集まったの?」
「うん、けっこう集まったよ。で、さっき戻って来たんだ。」
「お帰りなさい、さん。」
「ただいま、アルド!」
先ほどまで外で行動していたとは思えない軽快な歩調に呆気に取られていると、アルドがいつもの柔らかい笑みを見せ、無事の帰還を喜ぶ。はそれに答えて、少年らしい笑顔を見せた。
笑い合う青年と少年をぼーっと見つめ、ふと我に帰ったのは、その直後。和やかな時間を邪魔するようで悪い気はしたが、やはり聞いてみようと思った。聞いてダメなら、その後考えればいい。やらないよりは、やって後悔してやろう。
ねぇ、と言っての腕を掴むと、彼は、嬉しそうに「どうしたの? 」と言った。
「あのさ…。話しがあるんだけど…。」
「え…、何かあった?」
それまで笑っていた彼は、自分の深刻そうな顔を見て、顔色を変えた。
「……?」
「ちょっといいかな? あ、アルド…。」
「うん、大丈夫だよ。僕は、ここで待ってるから行っておいで。」
何を言わずとも、アルドは、笑って送り出してくれた。
「それで、話って…?」
「うーん……。」
彼女は、自分になにか大切な話がある。そう感じたは、とりあえず自分の部屋に案内した。そして正面で向かい合って座る。
としてみれば、こんなに深刻な顔をした彼女を見た事がなかった。短い付き合いではあるが、いつもアルドと一緒に笑い合い、キャッキャと楽しそうにしていた。
仲間として友人としての彼女は、常に自分やアルド、もしくは他の人々と笑っていることが多く、何かに悩んだり辛そうな顔をしている所を見たことはない。
「?」
「…………。」
彼女は俯いた。沈黙。
もう一度、彼女の名を呼ぼうと口を開く。
その前に、彼女は、苦い顔をしながら言った。
「……。あんた、真の…」
彼女が言い終える、直前。
ドォン、というけたたましい音と共に、船全体が大きく揺れた。