[初めての友達]



 との昼食を終えた後、自分の部屋に指定された第四甲板へと向かった。
 彼は、この後なにやら用事があったようで、空いている部屋を伝えるとすぐにエレベーターに乗り込みどこかへ行ってしまった。
 好意に感謝を述べると、彼は「俺が勝手にやってるだけだから。」と笑っていた。全く戦力にならない自分に、まだ部屋が余っているという理由だけで部屋を与えてくれた彼の器の大きさに、素直に感心した。

 「えっと…第四甲板の……ここかな?」
 「あ、こんにちは。」

 指定された部屋を見つけて入ろうかとノブに手をかけた所で、突如、横から声がかかった。振り返ると、そこには、長いポニーテールの青年が柔らかい笑みを浮かべて立っている。その青年の微笑みが余りにもナチュラルだった為、こちらも自然と笑みが浮かんだ。

 「こんにちは。」
 「見たことがないけれど…、新しく仲間になった人ですか?」
 「え? えぇ、まぁ。」

 にこやかに、かつナチュラルに好印象オーラを放つ青年に、会話のペースを持っていかれる。青年は背が高く、底のあるブーツを履いている自分より高いため、おそらく180はあるだろう。
 だが、ふとこの青年に見覚えがあると思った。ポニーテールに緑のV字タンクトップ。そして、その下に黒のハイネック。

 『…………アルドだ。』

 なるほど、確かに背が高い。そして、菩薩のような微笑みを持つ人だ。
 そう思いながら、口を開けて惚けていると、彼は続けた。

 「そうなんだ。僕は、アルドって言うんだ。」
 「あ…私は、です。宜しく。」
 「こちらこそ。宜しくね、ちゃん!」

 ・・・ちゃん? なんだか、妹キャラになったような気分だ。
 しかし、彼の見た目からすでに溢れている包容力ならば、妹になってしまっても良いかもしれない。むしろ、なってみたい。
 そんな事を考えているとも知らず、彼がスッと右手を差し出してきた。握手を求められているのだ。慌てて右手を差し出した。

 だが、握られた手を離した後、ふと疑問を抱いた。
 の時とは違い、自分の右手に疼きは見られなかった。
 何故だろう? さっきの”あれ”は、錯覚だったのだろうか?

 そんな自分の考えも知らず、彼は、更に話しを続ける。

 「ちゃんは、この部屋なの?」
 「あぁ、はい。に『この部屋を使って』って言われて…。」
 「ねぇ、どうして敬語なの?」
 「いや、何となく…。アルド…さんが、年上っぽいから。」
 「ちゃんて、いくつなの?」
 「22です。」
 「そっか。でも、僕は気にならないから、敬語じゃない方が良いな。」
 「ん…分かった。じゃあ、敬語止める。」

 確かこの人は、年上だったはず。そう思って敬語を使っていただけなのだが、どうやらいらぬ気遣いだったようだ。やんわりと、かつフレンドリーに接してくれる彼に、居心地の良さを感じた。

 「あ! ねぇ、アルド。良かったら、船内案内してくれないかな?」
 「うん、もちろんだよ! それじゃあ行こう。」

 今ヒマだったんだ、と言って、彼はまた微笑んだ。






 まずエレベータを使って向かったのは、第一甲板だった。その階にはや軍師、そしてオベル王の部屋があると教えてもらった。
 次に第二甲板。そこには、色々なゲームで遊べたり(息抜きが出来ると言っていた)、夜になるとバーと化すサロン。
 第三甲板は、先ほどと一緒に食事を取った食堂や、様々な専門店。
 第四甲板は、この戦争に参加している人達のための部屋。
 そして、第五甲板には、訓練所があった。

 一通り案内してもらった後、最後に外に出てみたいと伝えた。彼はこれを快く承諾し、手を引いて甲板への扉を開いた。
 外に出ると、まず潮の匂いが出迎えてくれた。見渡す限りの海、海、海。果てのない、大海原。それを全身で感じられるように、両手を広げて深呼吸。

 「あぁー、海だぁー!!」
 「ふふ。ちゃん、海は好き?」
 「うん。結構好き。なんか懐かしい感じがする。」
 「海の近くの生まれなの?」
 「ううん。よく分からないけど、なんか懐かしい。」

 そう言って、木で出来た手摺に身を寄せながら海を眺めていると、彼は静かに微笑んで隣に立ち、手摺に腕をかけた。
 笑われたことに唇を尖らせながて、彼に言う。

 「私さ。友達って、アルドが初めてかもしれない。」
 「えっ…?」

 その言葉に、彼は、本当に驚いたように目を瞬かせた。
 たぶん自分の事を『明るい子だな。』と思い、友達も多いことだろうと考えていたのだろう。その驚き様が可笑しかった。
 小さく笑いながら、視線を逸らして続ける。

 「私さ。なんか『友達っぽいなぁ』っていう感じがする人、今までいなかったんだ。」

 自分の生まれた世界には、『友人』と呼べる人がいた。
 だが、この世界に、そうと呼べる者は・・・・。
 この世界に来て二年。ずっと、魔術師の塔という閉鎖された空間で生きて来た自分にとって、そう呼べる者は居なかった。
 レックナートは、いうなれば家族のような存在だった。ルックも同じく。

 「ちゃん、家族はいるの?」
 「うーん…。一応いるよ。」
 「一応…?」
 「うん。血が繋がった家族と、繋がってない家族。両方いる。」

 この世界と、元居た世界の両方ね。とは言えなかったため、それを伏せた上の事実だけを述べた。それは自分にとっての真実。確かに、血の繋がった家族は”向こう”にいる。そして血の繋がらない家族は、この世界に・・・。
 だが、その話しを聞いていた彼は、ものすごく悲しそうな顔をした。

 「アルド、どしたの?」
 「ううん。何でもないんだ…。」
 「もしかしてさ……。私のこと、可哀想とか思っちゃってる?」
 「えっ…!」

 もしやと思って問うてみると、どうやら図星だったようで、彼は慌てた。なんとか否定する言葉を探そうと必死になっている様子が可笑しくて、笑ってしまう。
 手摺に腕をだらりと伸ばしていると、彼は、「どうして笑うの?」と、少し不満そうな顔。

 「だって、そんなこと…アルドが思う必要ないよ。血が繋がってても、繋がってなくても、私は、凄い幸せだからさ。」
 「ちゃん…。」
 「アルドって優しいんだね。他の人の為に、そんな辛そうな顔できるんだね。」
 「そんなこと…ないよ。」
 「初対面で、初日だけどさ。なーんかアルドって、一緒に居て安心する空気持ってるよね。癒し系って言われない?」

 説明不足故に、彼にそんな辛そうな顔をさせてしまったことを申し訳なく思い、あえておどけて舌を出す。すると彼も、そんな自分に嘘が無いことを理解してくれたのか、やさしく微笑んだ。

 「ちゃんは、とっても明るいね。僕は『静かだ』って言われるから、羨ましいな。」
 「違うよ。アルドは、静かじゃなくて癒し系なんだってば! そこに突っ立ってるだけで人を癒せるのは、誰にでも出来ることじゃないよ。」
 「突っ立ってるって…。」
 「本当だって! 例えば、お兄ちゃんにしたいランキングとかあったら、私、ぜったいにアルドに一票入れるよ。清ーい一票を!」
 「ふふっ! 本当に、きみは面白い子だね。」
 「天然キャラのあんたと、元気な私が組めば、天下取れそうじゃない?」
 「天下って…。ちゃん、度胸あるなぁ。」

 クスクス笑う彼につられ、笑った。
 二人で海を見つめ、時に互いに視線を交わしながら、話をした。
 時間は瞬く間に過ぎて行き、先ほどまで水の色をした空は、茜色に変わり始める。

 「ねぇ、ちゃん。僕と……友達になってくれるかな?」
 「え、なに言っちゃってんの?」
 「も、もしかして……嫌だったの…?」
 「なーに言ってんの! 私達は、とっくに友達になってるでしょ?」
 「あ…。」
 「ふふ…、驚いた?」
 「ちゃんは……意地悪なんだね。」
 「あれ、拗ねた? 良い歳して拗ねちゃった? もう、拗ねないでよー! 私は、素直な超良い子だってばー!」

 更に茜が濃紺へと変わる頃、甲板にいた人々は、そんな男女二人の子供っぽい会話を耳にして、笑いが絶えなかったそうだ。