[魔女]



 デュナン統一戦争が終結して、早くも2年が経過した。



 「ふん!!」
 「おっとぉ!」

 晴れ渡る空の下。流れる雲にその身をゆだね、緩やかに青を撫でる風に乗って、鳥が宙を泳ぐ。その更に下一帯は、森に囲まれており、その中心部分には円柱型の巨大な塔がそびえ立っている。
 その最下にある花咲き乱れる庭で、キン、キン、と、剣のぶつかり合う音が響き渡っていた。とルカが、手合わせをしていたのだ。

 が刀を横に払えば、ルカは剣の柄を使ってそれを防ぐ。ルカが剣を返して斜めに振り上げれば、彼女は、ひらりと力の軸を流して距離を取る。剛毅、かつ鮮やかに剣を振るう彼を逆手に取るように、彼女は、持ち前の身のこなしを生かしてそれらを避けていた。
 剣を扱わぬ者から見れば、押しつ押されつ、と見えるかもしれない。だが実際は、僅かながらも彼女が劣勢だった。

 「死ね!!!」
 「うおッ、危ねッ!!!」

 彼の声と共に、キン!と、強烈に剣が重なる音が響いた。最終的に力負けしたの手から刀が離れ、くるくると綺麗な弧を描いて少し離れた場所に突き刺さる。その喉元には、彼の剣の切っ先が突きつけられていた。

 「だーーーーッ!! また負けたぁッ!!!」
 「…ふん、まだまだだな。」
 「クソがッ!!!」

 彼が剣を鞘におさめるのを横目に、地団駄をひとしきり踏み終えて、地面から刀を抜く。最近、有り難い事に快晴ばかりが続いているので、引き抜いたそれに、あまり土は付着していなかった。ヒュッ、と一振りして、鞘におさめる。
 視線を戻せば、彼が汗を拭いながら首をゴキゴキ鳴らしている。その表情は『まだ余裕がある』と言っていた。

 「……あんた、どんだけタフなの…?」
 「馬鹿者。貴様の体力が、無さ過ぎるのだ。話しにもならんな。」
 「あんたマジムカつくッ!」
 「…どこまで口が悪いんだ。」
 「2年も一緒に稽古してんだから、流石にちょっとは強くなったと思うんですけどー?」
 「ふん、大して変わらん。」
 「うっせーバーカッ!!」

 手慣らしにもならん、と言い切った彼に、悪態をついてそっぽを向く。そんな態度を気にも止めない様子で、彼は着けていた革手袋を外した。
 それをチラリと見つつ「なーんで勝てないかなー?」と問うと、意外にも真面目な答えが返ってくる。

 「……迷いがある。」
 「は?」
 「分からんか? そうか。貴様が理解できるよう説明するには、時間がかかるか…。」
 「もしかして、私、馬鹿にされてる?」
 「ここで褒められていると思うなら、貴様も相当な…」

 言い終わる前に、辺りにゴッ!という鈍い音が響いた。が、頭を思いきりド突いたのだ。

 「くッ……ーーーーーっ!!!」
 「あら、やだ! 痛かったぁ? それは、とってもゴメンナサイねぇ?」

 凶器は、大昔から凶悪と言われてきた拳。
 彼はかなり長身なため、更にジャンプするという技まで披露した。ジャンピングナックルだ。
 余りの痛みに声が出ないようで、悶絶する彼。それをからかうように、ケラケラ笑った。

 「ぐっ………貴様ッ!!」
 「あー腹減ったー。飯食うべ、メシメシ! 今日の当番は、兄弟子ルッくーん!」

 まだ痛むのか、頭を抱えてしゃがみ込んでいる彼に「ケッ!」と一瞥くれながら、は転移で塔の中へ戻った。






 昼食を終えて皿洗いをしていると、レックナートに呼ばれた。なんの用事かと考えながら、皿洗いをルカに任せて最上階へ向かう。
 いったい、今度はどんな話だろうか。

 そう考えていると・・・・

 「………………魔女?」
 「はい。」

 開口一番、彼女は「魔女と呼ばれる存在がいる。」と言った。
 ・・・・相変わらず、何の前振りも無く話を振ってくる人だ。いきなり過ぎるし、意味が分からない。
 ワケの分からない切り出しに、ただ繰り返すことしか出来ない。

 「魔女……ですか…?」
 「えぇ。」
 「魔女…。」
 「はい。」
 「………。」

 ・・・・・・だから、なんなんだ。そう思ってしまうのも、無理はない。

 「私も……ハルモニアからは………そう呼ばれていました。」
 「あなたが?」
 「はい……。」

 とりあえず話を進展させようと先を促してみるものの、彼女の言いたいことがよく分からない。分かるのは、彼女がハルモニアから『魔女』と呼ばれているということと、その魔女と呼ばれる存在が、魔力だけでなく『不思議な力を秘めている』ということ。
 ぶっちゃけてしまえば『だからどうした?』と思ったのだが、ふと、昼食時にルックがいなかった事が気になったので、聞いてみた。

 「そういえば、あいつどこですか? ルカと稽古終えて戻ったら、いなくなってたんですけど。」
 「彼は………魔女と呼ばれる者のところへ……。」
 「はぁッ?」

 思えば昼食は、作りかけの状態だった。なので「あいつどこで油売ってんだ!」と文句を垂れながら、本人が予定してたであろう『コールスロー』と『サンドイッチ』そして『トンカツ』を完成させて、ルカと二人で食べた。めんどくさかったので、コールスローとトンカツを、サンドイッチに挟んで食べた。

 だが、食べ終わった後も一向に姿を見せない彼を、少し心配していた。
 もしかしたら、お腹が痛くてトイレに籠り、一人孤独に頑張っているのかもしれない。もしや天変地異の前触れか、貧弱で体力も無いが体だけは丈夫な兄弟子が、体調を崩して寝込んでいるのかもしれない。
 そう思い、出来上がった昼食を持って彼の部屋にまで行った。しかし、そこには誰も居らず・・・・。あの時の虚しさといえば、それはもう拳を震わせるほどだった。

 ちなみに『食事、洗濯、掃除は、当番制だよ』と言ったのは、彼本人だ。
 それなのに、自分の仕事を放棄して『魔女』のところへ行っているだと?
 魔女と呼ばれる者。魔女と呼ばれる者がいる場所。・・・・・全く意味が分からない。いや、何かもう分からなくてもいい。

 彼の行動もだが、師の言動もさっぱりだ。
 いったい何が言いたい? こういう時こそ、遠回しにせずハッキリ言ってもらいたい。
 呆れを通り越して、何がなんだかワケが分からなくなってくる。もう、言われることは全部オウム返しで良いような気さえした。

 「はぁ、そうですか…。で、その魔女と呼ばれる者って?」
 「名は……まだ分かりません。ですが、ルックが連れ帰ると思います…。」
 「ちょっ、連れ帰るって……それって誘拐じゃないんですか?」
 「誘拐、ですか……。」

 と、彼女が困り顔をした。言っちゃ悪いが、困り顔をしたいのはこっちの方だ。
 ハルモニアにいる魔女。とはいえ、誘拐して良い理由なんてない。それとも、よっぽどと言われるほどの『何か』が、その魔女とやらにはあるのだろうか?

 すると、彼女は囁くように言った。

 「広がり続ける運命の輪…………それは、輪廻、人の心、宿命という名の歯車……。」
 「……?」
 「我が盲した目に定まるはずのなかった、この世界の先……。」
 「レックナートさん…?」
 「鍵は、異界よりの訪問者。その者の想いにより、どうか……………”彼”のバランスが、保たれることを……。」

 独り言かと思うほど、それは小さなものだった。しかし言葉として発するのだから、やはり自分に対して、何かしらの暗示を示しているのかもしれない。
 一つだけ、分かることがあった。

 ”異界よりの訪問者”

 それは、きっと自分のことを指しているのだろう。それだけは分かる。
 だが、彼女の言った”彼”が、分からない。・・・・・・・誰のこと?

 「あの、レックナートさ…、ッ!!?」

 それを問おうと口を開きかけた時に自分を襲ったのは、激しい耳鳴りと頭痛。
 この突発的な脅威に見舞われるのは、随分と久しぶりな気がする。

 「や……ば…………!!」
 「……?」

 彼女の目は、光を捉えることが出来ない。だから彼女には、今、自分に起こっていることが理解できない。
 これは、本当にマズイな・・・・。久々に、ヤバイかもしれない。
 そう思うと同時に、頭に響いたのは、懐かしい”声”。



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 「……くっ……『声』………なん…で……?」
 「……どうしたのですか…?」

 ”声”に引き寄せられるように、意識が遠退いていく。体から力が抜ける。
 抑えようと食いしばった口から、は、と小さな息がもれた。ゆっくりと、体が前のめりに倒れる。
 抗おうとするも、その気持ちとは反対に、意識は闇に落ちていった。



 「……!?」

 珍しく声を上げた彼女の言葉も、その”意志”の前には、成す術もなかった。