[買い物へ行こう!]



 ドバンッ!!!!!

 「イぃィーーヤッハーーーッ!!! ぐっもーにん、ルッくん! さぁ、準備はッ?」
 「……………………きみ、ノックぐらいしたら?」

 魔術師の塔の家族名簿に、新たに『セラ』という名前が入った、その翌日。
 恐ろしいほど清々しい笑みを振りまきながら、が、ルックの部屋の扉を容赦なくブチ開けた。



 昨夜。

 ルックと話をした後、は、自分の部屋で眠るセラと共に一夜を明かした。
 ベッドへ入ると、その手がおずおず伸びてきた。起こしてしまったかと慌てたが、少女は、自分の服の裾を掴むとまたゆっくり目を閉じた。温もりを求めて彷徨う幼き体を、優しく抱きしめた。
 その時に、良い事を思いついた。『この少女を、どこかに連れて行ってやろう』と。



 我ながら良いことを考えた!
 そう思い、ほくそ笑みながら、こうして朝一番に彼の部屋に押し掛けたのである。



 対するルックは、冷めた目で彼女を一瞥。
 ・・・何なんだ。朝っぱらから、この異様なハイテンションは。というか、何が「準備はッ?」なのか分からない。
 だが、彼女も慣れたもので、その反応に動じることもなく、満面の笑みをまき散らしながら「はっはっはー!」と、馬鹿みたいな笑い方で肩をバシバシ叩いてくる。

 「さぁ、早くッ! 買い物、行くよッ!」
 「………は?」
 「だから、買い物ッ!」
 「……一人で勝手にテンション上がってるんじゃないよ、まったく…。それに買い物って…必要な食料や日用品は、あらかじめ一週間分買い溜めしてるだろ?」
 「バッカ食いもんじゃねーよ! むしろ今、食い物はいらないッ。」
 「きみ……。毎回毎回、言葉がおかしいって自覚してる?」
 「いちいち揚げ足取るんじゃねーよ! ほんっとにお前は可愛くねーな! ……まぁいいや。それに、買い物は買い物でも…。」

 と、ここで、彼女が言葉を区切った。
 そこでいちいち止めるな。睨みつけてやると、彼女が後ろを見る。
 釣られて後ろに目を向ければ、そこにはセラが。大きな瞳を瞬きながら、じっと自分達のやり取りを見ている。

 「……セラ?」
 「そう、セラ。」
 「この子が、どうかしたのかい?」
 「ふふっ…。」

 ニヤリ!
 あくどい顔で笑った彼女を目にした途端、全身に嫌な予感が駆け巡る。この顔は、絶対に何か企んでいる。彼女がこの顔をすると、大抵は面倒事や厄介事に巻き込まれる。それも過去、一度や二度ではない。
 そんな予感すら読んでいたのか、彼女は「うおっほんッ!」と、これ見よがしな咳払いをすると、またニヤリ笑った。

 「セラの日用品を揃えるから、あんた、とっとと支度しなッ!」






 言われるまま、仕方なく身支度を整え、三人で転移した。
 一応、荷物持ち要因としてルカも誘ってみたが「…誰が行くか。」の一点張りで(子供は苦手らしい)、説得に匙を投げた彼女に留守番を命じられた。

 彼女が目的地に上げたのは、ここから一番近い、トラン共和国と名を変えて久しい、その中心都市であるグレッグミンスター。
 街の外に標準を合わせて転移し、そこから大都市特有の大きな門を通って、街中へ。ここは、昔から二人で来ていたので、馴染みの店も多かった。

 大通りへ入ると、どうやら今日は朝市があったようで、人でごったがえしている。知ってたならもっと早く来たのに、と彼女がブツクサ言っているが、その隣でルックはまた別の意味合いで文句を垂れた。

 「なんで僕が………こんなこと……。」
 「うっさいなー。男のくせに、グチグチ言うな!」
 「……その台詞は、きみの突拍子のない行動が無くなってからにしてほしいね。」
 「あっははっ! そりゃ言えてるわー!」

 睨まれることにも慣れたのか、大口開けて笑う彼女。
 ふと、自分達の間で歩くセラに視線を落とせば、人混みに慣れていない為か、辺りをキョロキョロ見回している。それは、好奇心というより恐怖心に近いだろうか。その証拠に、自分達の服を裾を申し訳程度に掴んでいる。

 安心させるように、彼女がそのクリーム色の髪を撫でた。

 「セラ、大丈夫。恐くないよ。」
 「………はい。」
 「人が、いっぱいだけどね。みんな買い物に来てるだけだからさ。」
 「………はい。」

 おどおどする少女に、彼女は微笑む。そのやり取りを黙って見ていたが、彼女がふと何か思いついたように「ちょっと、ふわっとするよ?」と断りを入れて、セラの体を抱き上げた。

 「っ…!」
 「あはは、ビックリしたー?」
 「……それは、いくらなんでも驚くよ…。」

 突然抱き上げられたことに驚いたのか、少女が目をいっぱいに開く。それを見て、静かに宥めたが、彼女は「セラのドキッと初体験!」と、わけの分からないことを言いながら、セラの背を擦っている。

 「どう? セラ。良い眺めでしょ?」
 「……はい。」
 「あはは! 高い高いしてるみたいだよね!」
 「……セラは、そこまで子供でもないだろ…。」

 いい加減、呆れてきた。
 彼女は、尚も「高い高ーい!」と笑いながら、セラの両脇を抱えて上げたり下げたりしている。まったく・・・・いったいどっちが子供なんだか。
 そう思い、哀れむようにセラに視線を向けた、その時だった。

 少女が、ふ、と小さく微笑んだのだ。

 「あ…。」
 「……どうしたのさ?」
 「あんた今見た? 今、セラが笑ったよ!」

 笑ったからどうしたのさ。そう言おうとしたが、それを口に出すことは憚られた。
 彼女が「可愛いー!!」と、奇声を上げながらセラを抱きしめたのだ。
 何をそこまで楽しめるのか分からなかったが、ルックは「……もう好きにしなよ。」と言って、今度こそ口を閉ざした。






 「歯ブラシ買ったでしょー? 専用のカップも買ったでしょー? あと、パジャマも買ったしー?」
 「…………はぁ。」

 セラの社会科見学! と言いながら、一通り市場を冷やかした後。
 子供用品店に入ると、彼女は、セラに必要だと思われる物を片っ端から買い付けた。
 そんな金、どこから湧いてくるのさ? そう突っ込むと「私、お金持ちだからー?」と、悪戯っぽい笑みが返ってくる。

 歩きながら、必要な物を指折りチェックしている彼女の服の裾を、セラが控えめに引っ張った。

 「ん、どしたー?」
 「あれは………なんですか…?」
 「ん?」

 恐る恐る少女が指差した方。そこは、子供用の玩具店だった。
 ショーケースに飾られた色々な玩具が、所狭しと並べられている。男の子が好みそうな木造の物から、女の子が喜びそうな可愛らしい人形まで。

 あれは玩具だ、と説明しようとした。しかし彼女は何を思ったか、それを視線で制すと、セラに笑いかけた。そして、自分に荷物を持たせると(重い)、セラを抱き上げケースの前に立つ。遠目からでは分からなかったが、近づいて見れば、幼い少女なら誰でも欲しがるような、ガラス玉の指輪やネックレスなどが置いてある。

 「ねぇ、セラ。あんた、どれが気に入った?」
 「……?」
 「あんたは、どの子が『可愛いな』って思った?」
 「……セラ……は……。」

 暫く考えて、少女が、戸惑うように一点を指差す。

 「そっか。このクマさんが、気に入ったんだね?」
 「…………はい。」

 柔らかそうな、茶色のクマのぬいぐるみ。ふわふわした首筋に、丸形の真っ赤なリボンがつけられた代物。
 クマの形をしたぬいぐるみは、他にも所狭しと並べられていたのだが、他の物と比べると、少女の選んだそれは幾らか質が落ちる。それでも、少女がこれを気に入ったのは、何か縁があるからなのだろう。

 彼女は、セラを下ろしてから、自分に視線を向けた。
 まったく・・・・仕方ない。
 分かったよと頷いてみせると、彼女は、セラに視線を合わせて笑いかける。

 「セラ。ルックと先に帰ってな。用事を済ませたら、私もすぐ戻るから。」
 「……はい。」
 「ルック、あと宜しくー!」
 「……夕飯までには、戻って来なよね。」
 「分かってるってー!」

 セラの手を取り、街の外へと歩き出す。
 後ろから、カラン、と、玩具屋の扉を開ける音が聞こえた。