[男装]
魔術師の塔に戻り、彼女が塔の中へ入るのを見届けてから、ルカは裏手にある庭に回った。
生い茂る草を踏みしめながら歩く。
その先には、小さな花壇があった。そしてその傍には、少し大きめの木製のテーブルと椅子が置かれている。
椅子を引いて腰掛けてから、目の前にある花壇に目を向けた。そこには、向日葵と百合という、ちぐはぐな組み合わせの花が咲いている。
そこで時間をつぶしながら、彼女を待った。
少しして転移の光が現れた。彼女だ。
だが、先とは全く違ったその風貌に、思わず目を見開く。
「貴様……。いったい何の真似だ?」
「何の真似って、なにが?」
彼にそう言わしめた、理由。
「その格好………どう見ても男ではないか。」
「へっへー! どう? 似合う?」
彼女の着ている服は、女物ではなかった。胸の膨らみはサラシで潰したのか凹凸なく、くびれが分からぬようになのか、水色と青を組み合わせた厚手のコートを着ている。前部分は、付属の同色ベルトできっちりと閉められており、下はビリジアンのパンツで、膝下から続くしっかりした革のブーツ。いつも彼女が好んで履くような少し底のある靴ではなく、平らなものだ。
・・・・・なるほど。
顔さえ見なければ、普通の男にしか見えない。元より彼女は、女性にしてはそこそこ背のある方なので、男として見れば少し身長は足りないとは思うものの、体つきを隠してしまえば充分に通るだろう。
仕上げに顔を隠してしまえば、完璧な『男』に化ける。
すると彼女は、ニヤリと笑うと「はい、コレつけてね!」と、ある物を手渡してきた。
それを見て、思わず一言。
「……………何だ、これは?」
手渡された物を見つめ、静かに問う。すると彼女は「頭に巻くやつだよ。そんなのも知らないの?」と、まるで『これだから王族は…』とでも言いたげな顔。
・・・・・馬鹿にするな。言われなくても、これが何なのかは、見れば分かる。
一睨みして彼女を苦笑いさせると、手に乗せられたダークシアンの布を見つめた。視線を戻せば、彼女の手にも色違いの物が握られている。
彼女は、それを目元が隠れるよう頭に巻き付けた。バンダナというやつだ。
「…………。」
「何やってんの? 早くしてよ。」
「貴様……まさか、これを俺につけろと…?」
「実演したんだから、とっとと着けなよね。」
「…なぜ、俺がこんな物を…。」
躊躇していると、彼女は、呆れたようなため息。
「私もあんたも、正体バレたらマズイでしょ? だから、早くつけて。」
「…………。」
確かに、彼女の言う通り。
自分も彼女も『真なる紋章』を持っている。それは『追われる身である』ということだ。
グラスランド。そこは、真なる紋章を集めているというハルモニアに近い場所。そして、何より彼女が懸念しているのは、先のデュナンでの戦いを共にした当時の仲間の存在。いなければいないで万々歳だが、居たら居たで面倒事になるのは分かっている。
『面が割れると、か…。』
思い出すのは、15年前の自分。狂皇子としての異名を馳せ、同盟軍の者達を何千何万と虐殺した過去。その時の人間にばったり出くわして、騒ぎになるのはまずい。
彼女が男装をした理由、そして顔を隠さなくてはならない理由は、よく分かった。
渋々ながらもバンダナを頭につけると、彼女はニッコリ笑う。
「おー、似合うじゃん! 男前度+5ってとこかな!」
「……まったく貴様は、どうしてそう…。」
つまらない冷やかしに呆れながら、ふと自分の右手を見つめる。それで心情を察したのか、彼女は言った。
「真なる紋章を持つってことは……もう分かってると思うけど、それを欲しがる奴らに狙われ続けるってことだ。」
「……言われんでも、それぐらいは、分かっている。」
「そっか……それなら構わない。」
「………?」
ふと彼女のに感じたのは、違和感。
いつもより少し低めの声。それは、まるで男のような・・・。
じっとその顔を見つめると、彼女は、これから先のことについて話し出した。
グラスランドでは、『』ではなく『』と呼ぶように。
その地では、自分を『女』でなく『男』として扱うように。
見たことがあると思った奴がいたら、決して近づかず、断固『避ける』ように。
簡潔にそう述べた彼女に、「分かった。」と返す。
彼女は笑った。まるでこれから先の憂いなど、一切忘れてしまったかのように・・・。
「それじゃあ、今度こそ、グラスランドへ出発だ!」
「……あぁ。」
彼女は、目を閉じた。軽く右手に力を込めたところを見ると、どうやら『真なる風の紋章』の気配を探っているようだ。
すぐにそれは見つかったようで、右手を掲げた。
ルカは、目を閉じて、彼女と共に光に身を任せた。