[炎の中の再開]
真なる風の紋章の気配を頼りに、ルカを伴い転移した。
光から抜け出る感覚。地に足がつく。
風の流れを身に感じながら、ゆっくりと目を開いた。
だが瞬間、視界一面に飛び込んできたものに驚愕した。
「なっ、これは…!?」
「……なんだ? いったい、何が起こっている…?」
自分同様ルカも同じことを思ったようで、目を見開いている。
そこは・・・・そこでは・・・・・
半円を象ったような藁葺きの家々が炎に巻かれ、その殆どが、次々と盛る炎に焼け落ちガラガラ音を立てて崩れいく光景。
グラスランド内にある何処かの村ということは分かったが、それ以外に判別するものは何も無い。
それよりも・・・
「なんで…? なんで、こんなッ…!!」
「……焼き討ちか…?」
隣に立って眉を寄せる彼の言ったことは、きっと正しい。
延々と続く、平原のまっただ中にあるだろうこの村での自然発火など、ありえない。まして、火の不始末による火事でも。この地の気候や空気は、確かに少し乾燥してはいるが、自然発火する程ではないことを知っていた。
目に見て明らかなのは、そこに倒れ込んでいる人々。
炎の中に駆け巡る、明らかな”殺意”。
これは、人の手によって作り上げられた炎だ。おそらく火矢か、もしくは紋章によるものだろう。目に映る傷つき倒れた者達は、もう息も無く、ピクリとも動かない。
「っ…。」
「……本当にあの小僧は、こんな所にいるのか?」
周囲を取り巻く炎の熱気か、それとも、残虐な光景を目の当たりにしてしまったせいか、汗が滲む。崩れ落ちて久しいだろう屍の凄惨さに、胸が締め付けられた。
「なんで………どうして…こんな…!!」
「おい!」
呼ばれて振り返る。だが彼は、視線を合わせることをせずに、ある一点を見つめていた。
流れるようにその先を追う。と・・・・
「えっ……?」
焼け落ちた家の隅。そこには、この村の者なのか独特の衣服を纏った少年と少女。
そして、その少年達に対峙するように佇んでいるのは・・・・男?
達は、その斜め後方にいた為、男の顔を確認することは出来なかった。だが少年が少女を背に庇い、曲を描く短剣を無闇矢鱈に振り回しているのを見て、嫌な予感がした。
あぁ、なんてことだ・・・。
その後ろ姿だけで、その男が『誰』であるか分かってしまった。
思わず声を上げたが、少し距離があり、村人の叫ぶ声や炎の音にかき消されて気付かれない。
と、不意に男が右手を掲げた。その手の周りには、次第に風が集まり始める。
やっぱり、あの男は・・・・!!
「まさか、駄目だ!!」
「おい、待て!」
風を使って少年達を手にかける気だ。直感的にそう悟って思わず声を荒げたが、隣にいたルカに阻まれる。邪魔をするなと睨みつけると、彼は、じっと男を見つめていた。
予感は、外れた。
風は男の右手から離れ、少年の目の前で弾けた。威嚇だったのか、少年は、軽く吹き飛ばされただけで怪我はないようだが、それだけで恐怖したのか少女の手を握りながら震えている。だが、やがて恐怖が限界に達したのか、少年は少女の手を引いて「助けてくれー!」と言いながらどこかへ走り去って行った。
少年達が無事に逃げられたことを確認して、ホッと胸を撫で下ろす。
・・・そうだ。あの子が、人を殺すはずがない。当たり前だ。そんなこと、自分が一番よく分かってるじゃないか。
だが、疑問が沸き起こる。
なぜ、こんな所にいる? どうして、あの少年達にその力を使うようなことを?
どうして・・・・?
頭の中に渦巻く、疑問の数々。
しかしそれは、ルカが男に向かって歩き出したことにより中断せざるをえなかった。
気配に気付いたのか、ゆっくりと男が振り返った。男の正体は分かっていたが、ルカを背後に男と向かい合う。
だが、思わず眉を寄せた。
口をついて出るのは、「…は?」という素っ頓狂な声。
・・・・・・何やってんだ、こいつ?
そう思ってしまったのも無理はない。
男は『仮面』をつけていた。だが、それがセンスを疑うほどダサイ代物だったのだ。
性分から思わず突っ込みたい衝動にかられたが、周りに広がる惨状が、それを許してくれない。
故に、声をかけるだけに留めた。
「あんた……ルック…、だよね?」
「っ………。」
仮面の男が、一瞬息を止めたのを見逃さなかった。
少し挙動するだけでさらりと流れるオリーブグリーンの髪に、仮面の奥からのぞくペールグリーンの瞳。そして、見覚えのある服装。
間近で見て、それは確信に変わる。
静かに、一歩踏み出した。
しかし男は、それを拒絶するよう一歩下がった。
「ルッ…」
「ルック様。」
と、背後から声がかかった。男もも後ろにいたルカもそれに反応し、自分達よりも更に後方へ視線を向ける。
そこにいたのは、白いロングコートを羽織った背の高い赤毛の男。
そして、もう一人。黒い牧師服のようなものに黒い帽子を目深に被った、赤毛よりも更に背の高い金髪の男。上背だけを見れば、ルカぐらいはある。とても大柄な男だ。
更にもう一人気配を感じたが、生憎その人物は、男達の後ろにいるようで姿が捉えられない。
仮面の男───ルックが、男達の元へ向かった。
すると、赤毛と金髪が道を開け、後ろにいた三人目の人物が目に入る。
その人物を見て、思わず目を細めた。
「セラ……?」
男達の間から現れた少女の姿に言葉がこぼれた。少女というより、年齢的にも肉体的にも『女性』と言った方が正しい。確か今年で19になったはず。数年という短い期間離れていただけだが、随分と大人びたものだ。
セラと目が合った。だが彼女は、自分の存在に気付くと、目を見張り視線を逸らす。
師から聞いて、二人が、連れ添ってグラスランドへ来たことは知っていた。そして彼等が、これから起こるであろう戦火に巻き込まれることも。
しかし、気になることがあった。
彼等は、何故、この焼き討ちされた村にいるのか。
どうして、この場から逃げようともしないのか。
もしや、この村の人間を助け出そうとしているのか。そう考えたが、それでは先ほどの少年達とのやり取りの辻褄が合わない。彼等は、村人を助けるどころか平然とした顔でこの場に佇んでいる。先に逃げた少年達の瞳は、まるで化け物を見るような目でルックを見ていたのだから・・・。
不安が消えない。この惨状の原因は・・・?
「ルック………あんたが、村を…?」
「……………。」
彼は、何も答えない。
そんなはずがない。自分こそ彼を一番良く知っている。
だから、いつものような憎たらしい口調で『そんなはずないじゃないか』と言ってくれ。
「ルック…火………早く……消さないと。村の人も……助けないと……。」
「…………早く、ここから離れた方が良い。誰かに姿を見られない内に。」
ようやく答えてくれた。
でも待って。今、なんて言った?
誰かに姿を見られない内に、離れた方が、良い?
「なん……で…?」
「……………。」
嘘だろう? そんなはずがない。なんで否定してくれない?
『何を言ってるのさ。僕たちのはず無いじゃないか』と。
そう、一言。たった一言、そう言ってくれれば良いのに・・・。
その気持ちに反するように、彼は、目を逸らしてセラに声をかけた。
「セラ。」
「………はい。」
哀願にも似た気持ちは、セラがロッドを一振りしたことで裏切られた。輝く光の粒。彼女が、何かの結界を張ったのだ。しかし、それがこの空間に対してどんな効果を及ぼすのかまでは分からない。
けれど、彼等が村人を助ける事のない事実と、自分から目を逸らす行動を見てしまえば、それが良くないものである事は分かる。
そんなことあるはずがない。こんなに、こんなに優しい子達が・・・・・。
彼等が転移魔法を使おうとするのを見て、思わず声を荒げ、その名を呼んだ。
「っ……待て! ルック、セラッ!!!!」
駆け寄ろうと試みるも、それまで黙って成り行きを見ていた金髪が、立ちはだかった。帽子のせいで顔はよく見えないが、その口元は、不気味につり上がっている。
その男をどこかで見たような気がしたが、構わず牙を剥いた。
「あんた、そこ退けよ!!」
「……ククッ、久しぶりだな………探していたぞ。」
「?」
会ったような覚えはあるものの、こんな男は知らない。
いったいどこで会った? いつ会った?
眉を寄せて金髪を睨みつける。すると、赤毛の男が口を挟んだ。
「時間がない………我々は、先に行くぞ。」
「…すぐに済む……。」
すると、何を思ったかいきなり金髪に抱きしめられた。咄嗟のことで反応が遅れる。
「っ……離せ! 触んな!!」
その横っ面をひっ叩こうと手を振りかざす。その軌道から揺らめくように逃れた男は、次にこう言った。
「……お前は、覚えていなくとも………俺は、ずっとお前を探していたぞ…。」
金髪は、身を翻して転移の輪の中へと入った。
我に返って、その中心にいる人物に声を上げる。
「待て!! 私は、ルックに話が…!」
「……。」
静かで揺れることのない、抑揚なき声。
先ほどまで自分と全く目を合わせることのなかった彼が、真っ直ぐ自分を見つめている。
仮面の奥から覗く瞳。自分の好きな、綺麗な色。
「きみは、今すぐ……この地を去れ。」
「なッ、ルック、なんで…!?」
「僕は…………きみまで巻き込むつもりはない。」
「あんた、なに言って…!」
「きみは…………帰るんだ。」
それ以上問うことをさせず、彼は、男達と共に転移で姿を消した。
「なん、で………?」
信じたくない出来事。信じられない光景。
信じたくない・・・・・不可解な彼の言葉。
握りしめた拳が、震える。
風は火を煽り、火は風を得て、更に燃え盛る。
その日の内に、この村一帯を焼き尽くすほどに・・・・。