[見えない答え]
一夜が明けた。
とルカは、その北部に位置するダッククランに来ていた。
ダックというだけあって、その村の住人は、人間ではない。村は、彼らの住みやすい環境に作られているのか周りは水で囲まれており、岸辺には、小舟がいくつか繋がれていた。
宿屋の裏手にある通路で、は、一人水の流れを見つめていた。
昨夜、全壊したあの村は、人が住むカラヤクランだったらしい。様々な種族で織り成されているこのグラスランドには、いくつか人間の集落があったが、その内の一つが襲撃されたのだ。
ダッククランに到着した時、小耳に挟んだ村人の話が蘇る。
『おい、聞いたか? カラヤクランが、焼き討ちに合ったらしいぞ!』
『何だって!? どこのどいつが、そんな事を!』
『そんなの、ゼクセン騎士団に決まってるだろ!』
『でも、なんでだ? 休戦協定を結ぶはずだったじゃなかったか!』
『馬鹿だな、お前。リザードクランのゼポン族長のことを知らないのか?』
『ん、どういうことだ?』
『なんでも、休戦協定を結ぶ直前にゼクセン騎士団が、ゼポン族長を暗殺したらしい。』
『おい、本当か!?』
『で、休戦協定会議で何食わぬ顔をして、あいつらが協定を結ぼうとしたところを……。』
そこから先は、耳に入ってこなかった。混乱したからだ。自分が見たものと村人の話が、まったく食い違っている。
あの焼き討ちが、ゼクセン騎士団の仕業だと?
自分達が、あの村に着いた時、確かにゼクセン団員と見られる甲冑をつけた者は見かけたが、どれも皆骸にされた後だった。
何より、カラヤの者とゼクセンの者が戦ったという形跡が、見当たらなかったのだ。もし彼等が、出会い頭で戦闘を繰り広げていたならば、ある一カ所にカラヤ戦士が、ある一カ所でゼクセン騎士が、それぞれ纏まって倒れているのはおかしい。打ち合っていたのなら、同じ場所にそれぞれの遺体がなければ・・・・。
あの後、生存者を探して回ったが、そうと取れるものは誰一人いなかったため、村を後にした。そういえば、その時転移で場を離れる直前、遠目から砂埃を上げて向かってくる騎馬団体を見かけた。それが、ゼクセン騎士団だったのかもしれない。
けれど、やはり何かおかしい。
あの時、あの場で息をしていたものは、自分とルカと、そして・・・・
『やっぱり、あいつらの…? でも…。』
それから、ずっと考え続けていた。
なんで? どうして? どうして彼等が、カラヤクランを?
答えは、見えない。
ねぇ、教えて。誰か、答えを私に・・・。
考えに明け暮れている内に夜を越え、空が白んだ。
結局、その答えは、頭の中を巡るだけで見えてこない。
そうしている内に、時間は、とうに昼を過ぎていた。
未だ整理がつかぬまま、ただ水の流れを眺め続ける。よくよく考えてみれば、ここでこうしている時間がもったいない気もするが、今は、何の行動も起こせない。
ルック達が姿を消した後、すぐにその紋章の気配を探った。そうすれば、すぐに彼等が向かった先を特定し、追いつけると思ったからだ。
しかし、なぜかそれが掴めなかった。
そこで、何年か前に師に言われた言葉を思い出した。
『真なる紋章を持つ者は…その力を理解し、支配出来るようになれば、その紋章自身の気配を消して、創世の紋章の”追跡”を逃れることが可能です。』
簡単に言えば、創世の紋章でも気配を掴むことが出来なくなる、ということだ。
それを思い出して、思わず頭を抱えた。きっとルックは、それを知っていて気配を消している。そして、自分に見つからないようグラスランドのどこかに潜んでいる。
これでは、捜しようがない。連れ戻しようがないではないか。
だがその時、師が、もう一つ助言めいたことを言っていたことを思い出した。
『ですが、真なる紋章の所持者が、その紋章を使用した場合……その時だけは、気配として現れます…。』
だから今は、待つしかないと思った。彼が『真なる風の紋章』を使うのを・・・。
一瞬の隙を逃さず、その気配を受信するために。絶対に逃がしてなるものか。
ここで、ふと昨日の彼の言葉を思い出す。
『僕は……きみまで巻き込むつもりはない。きみは………帰るんだ。』
巻き込むつもりはない、と。彼は、そう言っていた。
彼は、この地に戦火が起こることを知っていたのだろうか?
この地に再び宿星が集まることを、レックナートに知らされていたのだろうか?
だから、巻き込むつもりはないと・・・?
しかし昨夜の行動が、その邪魔をする。
傷つき倒れる人々を助けることをせず、轟々と上がる火の手を、ただ眺めていた彼ら。そして、セラの放った『何か』の結界。
「あんた達は………何をしようとしてんの…?」
ポツリと言葉がもれた。その場にしゃがみ込み、膝に額をくっつけて目を閉じる。
と、背後に人の気配。殺気は感じられなかった為ゆっくり振り返れば、真後ろには、ダークシアンのバンダナを目深につけ、彩度の高い青のマントを羽織った旅装束の男。
「なんだ、ルカか…。」
「そんな所で、何をジメジメしている?」
「……なんでもないし。ジメジメもしてないし。」
目立たず騒がず通路の邪魔にならないように、と端にしゃがんでいたが、人間というだけでこの村では目立つ。実際ここへ来てからは、数多くのダックの視線を感じていたし、遠慮がちにジロジロと物珍しげな視線を受けていたのももちろん知っている。
だがその視線は、むしろ友好的だった。興味があるけれど話しかけても大丈夫だろうか、というように。宿で部屋を取った時、「ベッド狭いけど、大丈夫?」と心配していた宿の主の顔(皆、同じように見えるが)を思い出し、ふと笑みがこぼれる。
「おい、何がおかしい?」
「別に…。もっと頭が良ければなー、って思っただけ。」
「…くだらん望みだな。」
頭脳明晰になりたいよ、と尚も言うと、彼は鼻を鳴らして腕を組む。
次に、辺りに誰もいないことを確認して小声で問うてきた。
「…気配は?」
「んー。まだ、何も…。」
「……そうか。」
本当にまだ何の動きもない。気配もないし答えも見えない。
そもそも、気配を消されて追うことも出来ないようじゃ、共鳴した意味がない。なんの為の共鳴だ。
そう思い下唇を噛んでいると、呆れたようなため息が降ってきた。
「…気配を掴んだ後は、とっとと転移して、有無を言わさずあいつらを連れ戻せば良い。」
「そうしたいのは、山々なんだけど…。でも一応、あの子の言い分も聞いてみたいんだよね。」
「…昨日のあの村にいた意味を、か?」
「…………。」
思わず口をつぐんでしまった。自然と背筋も丸くなる。
もう一度、膝に額をくっつけて目を閉じると、慰めのつもりなのか彼が頭をポンポンとたたいてきた。そして、無言で部屋へ戻って行く。
・・・・あんたが慰めてくれるなんて、随分柄にも無いことするね。
そう思いながら、再び水の流れに視線を戻した。
心の中の疑問は消えない。
何故なら、その答えが、何処にも見つからないのだから。
彼等は、どうして自分だけを置いてグラスランドへ来たのか。
どうして帰れと言ったのか。どうしてカラヤクランを・・・・。
解こうとすればするほど、紐はもつれ、絡み合う。
そして、それが深まれば深まるほど・・・・・自分を苦しめた。