[取引]



 「頼みがあるんだ。」

 そう言って両手を合わせた彼に、思いきり眉を寄せた。

 「……頼み?」
 「そんな顔するなって。是非、あんた達に頼みたいんだ。」
 「それより…。」
 「あぁ、分かってる。ルカ=ブライトのことは、誰にも言わないと約束しよう!」
 「…………。」

 ひとまず先の話には、決着がついた。が、色男を連想させる彼の笑い方が、なんとなく気に入らない。どうにも胡散臭い男だ。
 一応約束した以上、破ればどうなるか分かっているなと聞いたが、笑顔で「約束は約束だからな。」と言われてしまえば、それ以上のことは言えない。なのでテーブルに肘をついて、彼の次の言葉を待つ。

 「それと引き換え、ってわけでもないんだが……。」
 「うん?」
 「俺達に、同行してくれないか?」
 「…は?」

 俺達、ということは、この男に『連れ』がいるという事か。だが、なぜ自分達が同行しなくてはならないのか分からずに、顔を顰める。
 先ほどの閃光弾や、逃亡を企てたときの足の速さ。それに人を食ったような笑み、口調。そんな奴の仲間となれば、明らかに怪しい一団ではないか。
 口元に手をあてて、値踏みするように彼を見つめる。明らかに『怪しい』と思われていると感じたのか、彼は苦笑い。

 「よし! それじゃあ、理由をつけよう。それは、あんたらが強いからだ。もし同行者になってくれるなら、宿代から何から、纏めて俺が面倒見る!」
 「…馬鹿にするな。金には困ってない。」
 「まぁ、そう言うなって! 見たところ、あんたらもワケありだろ? 俺も下手に首を突っ込むような事はしない。もちろん詮索するつもりもない。だから、手を貸してくれ。」
 「……俺達は、誰かの手を借りるほど弱くないし、必要とも思ってない。」

 そう言って、音を立てて椅子から立ち上がる。
 彼の言いたいことは分かる。要は、ボディーガードが欲しいのだろう。それが嫌なわけではない。彼らと行動していれば、これから起こるであろう戦争について何か有益な情報が得られるかもしれない。しかしこの男、裏がある。笑顔で隠していても隠し切れないものが、チラチラ見え隠れしている。

 こちとら、伊達に180年近く生きているわけじゃない。

 それに、この地で他人に関わることは、自分の足に枷をつけるようなものだ。他人と関わりあっていくことで動ける範囲が狭まる可能性は、非常に高い。だから断った。
 だが、彼は納得いかないのか、部屋を出ようとする自分の腕を掴んで引き止めてくる。

 「…まだ、何かあんのか?」
 「言ったはずだぜ? ルカの話と引き換えに、ってな。」
 「…さっき、自分で『引き換えにするわけじゃないが』って言ってただろ?」
 「悪いな、忘れた。」

 変わらずに微笑み続ける目の前の男。その甘ったるい横っ面をひっ叩いてやりたい衝動にかられたが、それによってルカの素性をバラされるのはマズいと考え、ぐっと堪える。
 だが、やはりこの地で動くのなら、戦に関しての情報も少しは得ておきたい。ルック達の情報も入ってくるかもしれないからだ。
 それならば、と、腕を組んだ。

 「…同行するのは、構わない。ただし条件がある。」
 「なんだ?」
 「あんた達に同行はする。でも、俺達は俺達で、この地に来た『目的』がある。」
 「分かった。目的を聞く事はしない。それで…?」

 やってくれるかと笑みを深める男。それに眉を寄せながら続ける。

 「条件は、その目的の邪魔をしないこと。それと俺達は、通常の戦闘には参加しな…」
 「お、おい、ちょっと待ってくれ! 戦闘に参加しないってのは…!」
 「…あんたらが、危なくなったら手を貸す。それで充分だろ?」

 人を頼らず自分が強くなれ。遠回しにそう言うと、彼は、頬をかきながら苦い顔。恐らく、何とかして戦闘参戦に話を持っていきたかったのだろう。
 だが、何も案が浮かばなかったのか、一応の了承をした。それに一つ頷いてみせ、人差し指を立てる。

 「それと……もう一つ。」
 「おいおい。まだ何かあるのか?」
 「悪いけど、これが一番重要だ。もし同行中に、俺達が『目的』に関するものを見つけたら、その時は………お別れだ。」
 「……分かった。それじゃあ、決まりだな!」

 条件を提示しながら睨みつけると、彼は、全て承諾した。どうやら、とてもご機嫌なようで、その表情から笑みが消えることはない。
 それを見て、ポツリともらした。

 「ったく、ルカのやつ……。とんでもないのにバレたな…。」
 「ん、何か言ったか?」
 「…別に。そんじゃあ、仲間を紹介してくれ。」

 小声だったにも関わらず、どうやら彼には聞こえていたようで、は、ため息をつきながらドアノブを回した。






 「ナッシュ。」
 「ずいぶんと遅かったな!」
 「そうですね。」

 部屋の外にいたルカに話をつけて、ナッシュと共に三人でクランの広場へと向かった。すると、宿に部屋を取ったきり戻って来ないナッシュを心配していたのか、彼の仲間達が口々に声をかける。
 次に、彼は、仲間の紹介を始めた。

 「彼女が、クリス。で、こっちがフレッドで、こっちがリコ。」

 彼が初めに紹介したのは、長い銀髪を下ろしたクリスという美しい女性。
 次に、鈍い青黒の鎧を身につけたフレッドという美青年。
 最後に、小柄でぽっちゃりとしたリコという少女。

 「…宜しく。」

 は、一番始めに紹介されたクリスに手を差し出した。だが、彼女は眉を寄せて微動だにしない。
 どうしたのかとナッシュが問えば、彼女は、戸惑うように言った。

 「その………名を……。」

 彼女の躊躇を読み取ったのか、彼は笑って「大丈夫だ。」と言った。
 その言葉に安心したのか、彼女は、ようやく自分の手を取る。

 「私は、クリス=ライトフェローだ。」
 「…………ライトフェロー?」

 その姓を聞いて、思わず聞き返してしまった。

 「どうしたんだ、? まさか、さっき言ってた…」
 「いや、違う…。何でもない。」
 「…?」

 暗に『目的とは、ライトフェロー家のことか?』と問われて首を振る。
 ・・・・そうか。この娘は、あいつの・・・・。
 そう思いながら、彼女の顔をじっと見つめる。とても美しい容姿に加え、凛とした顔つき。

 「…だ。」
 「宜しく…。」

 自分の表情で違和感を与えてしまったのか、クリスが少し間をあけて答えた。
 続いてナッシュが、ルカを紹介しようとした。が、事情が事情なだけに本名を言って良いものかと、彼が自分の顔を伺ってくる。それを受け取り、ルカ本人に『何か偽名を…』という視線を送ったのだが、彼は事もなく言い放った。

 「…ルカだ。」



 「クリスだ。宜しく、ルカ殿。」
 「ハイランドの狂皇子と同じ名前なんだな。俺は、フレッド。宜しく頼む。」
 「えっと…リコです。」

 偽名もへったくれもなく素で名乗ったルカに、声こそ上げなかったものの、ナッシュは、思わず目を剥いた。しかし、思ったほど気付かないものなのか、クリスは平然と握手をし、フレッドも確信を突いているのに気付かない。リコもまた然り。
 疑う気配すらない仲間達に固まっていると、が小さく言った。

 「……本人の顔も知らないのに、名前だけで見分けろってのが無理だろ? それに彼女たちは、まだ若いんだからな。」
 「まぁ…、それもそうだな。」
 「ナッシュ。ジェネレーションギャップってやつか?」
 「、あんた……結構いい性格してるな。」

 遠回しに歳を指摘され、更に苦笑い。
 が、小さく笑っていた。



 自己紹介を終えたとルカは、さっそく部屋に戻って旅荷を整えると、ナッシュと共に宿の主人にキャンセル料を払い宿を後にした。
 そして広場に戻り、ナッシュから目的地を告げられると、同行者として一向に続く。

 目指すは、チシャクラン。