[一人の少女]
ササライが、なにやら嬉しそうにある一点を見つめている最中。
若き神官将の関心や興味を一身に受けているとも知らぬは、次の敵増援に備えながらルカと軽口叩き合っていた。
「ササライって、確か…」
「あいつは、ハルモニア神官長であるヒクサクの片腕、と聞いている。」
「へぇー。ってことは、相当な実力の持ち主ってこと?」
「…だろうな。」
デュナン統一戦争時、ササライが17だったと聞いて目を剥いた。ルックと同い年ではないか。そういえば、見た目もよく似ていた気がする。
そう考えていると、ルカが、「実力に、年齢など関係あるまい。」と言った。
その緩やかな会話も束の間だった。チシャを挟んだ後方から、ハルモニアの増援と見られる軍勢が現れたのだ。
「えー、後ろからー!? ったく、面倒くさいなぁ…。」
「…馬鹿か貴様は。挟み撃ちは、兵法の基本だろうが。」
現れた新手にチッと舌打ちするも、兵法をよく知る彼にそう言われてしまえば、何も言い返せない。
「兵法なんて、知らないしー?」
「…ふん。これだから平民は…」
「ウッザ!! 兵法なんてなくたって勝てる時は勝てるし、負ける時は負けんだよ!」
そう吠えてやるも、彼は、鬱陶しそうに無視を決め込み、敵に視線を向けた。
「まったく失礼な…。」と言いながら、後方を見て首を傾げる。
「あれ…?」
「む…?」
後方よりチシャを落とそうとしていた軍勢───ルビークの虫兵団だ、とナッシュが叫んでいた───が、どこかへ飛んで行ってしまった。
それには、自分だけでなくルカも目を瞬かせている。
「……なにアレ?」
「……俺が知るか。」
もうどうでもいい、と言いたげな彼から視線を外して、目の前で起こった不可解な出来事に首をひねる。すると、さきほどの伝令がまた駆け寄ってきた。
「シーザー殿から伝令です! ルビークの虫兵団は、策により撤退した。こちらから打ってでる、とのこと!」
「なるほど…分かった。それじゃあ軍師殿に『酒を準備しておいてくれ』と言ってくれ。」
「…は?」
言葉の意味を掴めなかったのか、伝令が目を丸くする。暗に『勝利を確信!』と冗談めかして言ったのだが、どうやら分かりづらかったようだ。吹き出しながら「いいから、そのまま伝えてくれ。」と言って、は、愛刀を手にルカと共に駆け出した。
暫く敵を相手にしていると、突如、戦場の南方から味方部隊が登場した。
いったい誰の部隊だ? と首を傾げる暇もなく、不利と見たのかすぐにハルモニア軍が撤退。
それなら戻ろうかと割り切って、不満そうに眉を寄せるルカを連れてチシャへ戻った。
宿を目指して葡萄畑のある坂を下っていると、先に戻っていたのかクリス達の姿が、遠目に見えた。一応ナッシュに声をかけておいた方が良いか。そう考えて、目立たぬようにその輪に入ろうとする。だが、声をかけようと口を開きかけたところで、少年の怒声が木霊した。
「お前が、ルルを………そのお前が、なんで……!!!」
見ればクリスと対峙するように、褐色の肌を持つ黄金色の髪の少年が、彼女に何事か喚き散らしている。その少年を、同行者なのか目元の涼しげなダックが「ヒューゴ!」と嗜めている。
・・・・・カラヤクランの生き残りか。そう考えながら黙ってそれらを静観していると、クリスを庇うようにナッシュが静かに前に出た。
「大人は複雑なんだよ。純粋であることが、子供の美点では必ずしもないってことを、理解するんだな。」
その背に庇われているクリスの表情を伺うことは出来なかったが、その話の断片から自分達が関わるべきで無いと知る。
「おい、戻るか?」
「うん。下手に関わらない方が良いかもね。」
腕を組んでそう問うてきたルカと共に、人混みをするりと抜けると、宿へ向かった。
「ササライかー。あいつには、絶対関わらない方が良いよね。」
部屋に戻った後ベッドに転がりそう言うと、ルカが「…そうだな。」と答えた。
では、さてこれからどうするかな。そう考えを巡らせていると、扉が控えめにノックされる。
「……誰?」
「俺だ。ナッシュだよ。」
軽くドアを開けると、人目を忍ぶようにするりと彼が入ってきた。ルカがいることに苦い顔をしていたが、気を取り直すと口を開く。
「アルマ・キナンに行くことになったんだが………どうする?」
「…アルマ・キナン?」
「あぁ。ここに着いた時に、二人組の可愛い女の子が、出迎えてくれただろう? その子達が住む村なんだが……。」
ふと、この村についた時のことを思い返す。あの時、クリスと話していた二人組を見かけた。一人は20代ぐらいの女性で、もう一人は小柄な少女。確か『ユミィ』と『ユン』と言ったか。
「でも、なんで…?」
「…来て欲しいが、一応、俺達の意見を聞いてやる。そんなところだろう?」
「まぁ…そういうことだ。」
代わりに答えたルカに、ナッシュが頷く。
「でも…」
「…ここでこうしていても、何も変わらんだろう? 体も充分に休めたことだ。そのアルマなんとやらに、手掛かりがあるかもしれん。」
「そう…かな。……うん、分かった。それなら付き合うよ。」
そう答えると、ナッシュは「決まりだな!」と満面の笑みを見せた。
出発する前に道具屋へ寄って薬類を調達し、ナッシュと待ち合わせた広場へ行くと、支度を終えた彼とその仲間達が待っていた。
そっとクリスを盗み見れば、俯き何やら冴えない表情。先ほどの少年のことが、関係しているのだろうか。
と、ナッシュが耳元で「…暫く、そっとしておいてやってくれ。」と囁いた。小さく頷いてから同行メンバーを見る。その中には、以前見かけた二人組のユンとユミィがいた。
と、ユンと目が合った。すると、少女の方から声をかけてくる。
「あ、あの…」
「ん、何だ?」
年端もいかぬ少女。それだけで警戒を解くのは、悪い癖だと分かっているが、言葉は少し柔らかいものに変わる。表情も声も。いつもより、少しだけ優しく。
だが少女は、その利発そうな瞳を心持ち伏せると「なんでも……ごめんなさい。」と言って、ユミィの所へ戻ってしまった。
「…はぁ?」
「ふん。貴様の意地悪い眼光に、臆したのではないか?」
「…………。」
直後、チシャクランの広場で、ゴンッ! という爽快な音が響き渡ったのは、言うまでもない。
一行が目指すは、アルマ・キナン。