[悪鬼ふたたび]



 チシャの村を出て二日過ぎた頃。
 クリス率いる一行は、クプトの森にいた。

 彼女達は、森を2往復したと言っていたし、とルカも一度この場所を通ったことがあったため、出会うモンスターに苦戦することなく順調に歩を進めていた。

 戦闘メンバーは、いつもの通り。同行者として、、ルカ、ユン。
 ユミィは、戦えるようでパーティーインしていたが、ユンは参加せず観戦していた。

 仲間達が戦う中、それを見ながらは、ユンという少女に疑問の視線を投げ掛けた。彼女は、その視線に気付いているようだが、困ったようにそれを受け流している。
 武器を持たず、まして戦うことの無い少女の瞳は、どこか悲しげに映った。けれど、おかしなことに悟る者の印象も受ける。
 このぐらいの年齢なら、モンスターが現れることが恐怖だろうに。それなのに少女は、まったく動じる事もなく、真っ直ぐに敵を見つめている。

 現実から目を逸らさぬ、その瞳。何もかも見通すような・・・・。

 『ただの子供じゃ………ないよね。』

 思えば、出会った時から少女の物言いたげな視線に気付いていた。だが実際に目を合わせみれば、困ったように逸らされてしまう。
 恐がられているのか? と微笑んでみたりもしたが、まるで効果はなかった。そういった反応は、大人の様子を伺う子供のそれなのに。

 『この子は………何を見てるの…?』

 見かけ通り子供らしい面と、それとは相反するような、何もかも見通すような哀しみに満ちた瞳。そのギャップが表すものは・・・と、心の中で自問していると、Y字路に到着した。
 そのまま真っ直ぐ行くのだろうと思ったが、ユミィが、ダッククランへの道ではなくもう一つの道へと歩き出す。
 じっとその背を見つめていると、ナッシュが、肩に手を乗せ笑った。






 「ここは……前に通れなかった場所…?」
 「えぇ。ここには、結界が張ってあるの。この結界によって、アルマ・キナンへの道は、閉ざされているわ。」

 ダッククランに折り返す際に通ったのか、不思議そうに首を傾げたクリスに、ユミィが笑った。この森に入った時、何かしら結界の存在を感じていたが、思わず「なるほど…。」と零してしまう。
 ユミィとユンが結界を解くと、一行は、現れた道を進み出した。

 と・・・。

 「……成る程な。この結界が、邪魔をしていたということか。」
 「ッ、誰だ!? 出てこい!!」

 突如、木陰から聞こえた地を這うような笑い声に、クリスが剣に手を添えながら叫んだ。
 それに答えるように木々の合間から音もなく現れたのは、長身の男。黒の衣服を身に纏い、黒の帽子を目深に被った、金髪の・・・・・。

 「あんたッ…!」

 見覚えのあるその姿に、は目を見張った。この地に来てすぐに会ったこの男。どうしてこいつが、こんな場所に?
 意外な人物の出現に驚いていると、ユンが、怯えた顔で一歩後じさった。

 「………破壊者……………。」
 「破壊者…?」

 その言葉をとらえて聞き返したのは、ナッシュだ。だがユンは、眉間を寄せたままそれ以上言葉を発しない。

 少女の放った『破壊者』という言葉を、即座に頭の中で巡らせた。
 ユンは、この男を『破壊者』と言った。意味は解せずとも、それが自分達にとって友好的でない事は分かる。
 そういえばこいつは、カラヤクランで会った際、ルックと共に行動をしていた。ということは、あの子の仲間? こいつが『破壊者』というならば、それなら・・・・あの子達も?

 思わず足を一歩踏み出していた。その『答え』を問う為に。この男なら、彼らの居場所を知っていると思ったから。
 しかし男は、自分のその疑問を見抜いていたのか、袖口から双剣を取り出した。

 「待て、あんたに聞きたいことが…!」
 「クク…悪いな。俺は、こいつらに用がある…。」

 男の視線を受けたクリス達が、一斉に武器を抜き放つ。
 悔しげに喉を鳴らす自分を尻目に、森の中で戦闘が始まった。






 勝負は目に見えていた。にも、ルカにも。
 金髪の男は、強い。自分達ならまだしも、クリス達では到底適うはずがない。
 その読み通り、彼女達は、男に傷一つつけることすら出来ず敗北した。

 「…まったく。見ただけで、相手の力量を計れんとはな。」
 「ルカ、少し黙れ…。」

 小さく皮肉る彼を、視線を向けて制止する。
 次にクリス達に目を向けると、彼女達はまだ意識があるようで、地に伏しながらも金髪の男を睨みつけている。
 と、男が突如、双剣を振り上げ無防備のルカに襲いかかった。

 キンッ!!!!

 金髪男の攻撃を、彼は、咄嗟に抜いた剣で難無く受け止めた。相変わらず見事としか言いようのない太刀さばきだ。剣を使わせたら、自分の知る中で彼の右に出る者は、まずいないだろう。

 『でも、あの金髪も………かなり早い……。』

 ルカと競り合う男の動きを見て、感心した。
 自分とルカ以外の面々は、金髪の動きが見えていなかったようだが、倒れながらもルカがその剣を軽く受け止めたことに驚いている。唯一、彼の素性を知るナッシュが「流石だな…。」と呟いていたが、その言葉が聞こえていたのか、クリスが傷だらけの体を起こしながら彼に問うた。

 「あのルカという男……。いったい……何者だ…?」
 「はは……さぁな…。本人に……聞いてくれ…。」

 約束を守るためか、彼は、苦笑いしながらそう答えていたが、痛みに顔を顰めている。それを見たクリスが「大丈夫か?」と、助け起こしていた。



 「……貴様、何者だ?」
 「ククッ…。」

 ルカは、小さな違和感に包まれていた。
 金髪男の太刀筋。この男のような戦い方をする者を、過去に見た事があるのだ。
 はたして、それは、誰だったか・・・。
 すると男が一つ笑い、まるで小馬鹿にするよう囁いたのだ。

 「相変わらず、見事な太刀筋ですね…………『ルカ様』。」
 「……貴様、ユーバーか!?」
 「ククク…。」

 幸い、ナッシュ達には聞こえなかったようだ。彼らは、フラフラになりながらこの光景を見つめているが、相当体力を消耗しているようで、立ち上がることすら適わないらしい。
 だが、ここで二人の会話を聞き取れた者が、一人いた。だ。
 ユーバーという名を聞いて、思わず声を上げていた。

 「あんた……あの時の……!!」

 ・・・・そう。忘れもしない、15年前の戦争の時だ。
 右手にカムフラージュでつけている『大地の紋章』の下に眠る『創世』を、見ることもせずに言い当てた男。そして自分を連れ去ろうとし、ルックの額に消えぬ傷を残した、あの男。

 「でも、なんで…? なんであんたが、あの子達と…!!」
 「おい、止めろッ!!!」

 珍しく声を荒げて言葉を遮ったのは、ルカだ。目を向ければ、彼は『他の奴の前で、その話はするな』と言いたげな顔。それで我に返り、思わず目を伏せた。
 ルカが、ユーバーの剣を弾き返した。しかし悪魔は、その反動を逆手に取ると、次に自分に狙いを定めた。手にした双剣を煌めかせながら。

 「!!!」

 ルカが声を上げた。間に合わないと思ったからだろう。
 ユーバーは、その早さを生かして距離をつめてくる。
 だが、ルカの声が聞こえているはずなのに、は動かなかった。ユーバーが背後に回り、剣を突き付ける。それでも動じなかった。

 ・・・・分かっていたのだ。
 この男は、自分を殺さない。殺すはずがないと。
 この男は、自分の所有する『紋章』を、いたく気に入っているのだから。

 だからは、先ほど浮かんだ疑問の解答を得ることに専念した。

 何故、あの子が・・・・あれほど忌み嫌っていたこの男と、行動を共にしている?
 この男が『破壊者』というものであれば、あの子もそうなのか?
 だが、なぜ彼は・・・・彼らは、破壊者と呼ばれている?
 なぜ、破壊者などと・・・・・何故?

 答えは出ない。その答えに行き着けるまでの情報を、自分は、何一つ持ってはいない。
 故に、背に剣を突き付ける男に向かって、ゆっくりと口を開いた。ナッシュ達に聞き取れぬほど、小さな声で。

 「ユーバー…。あんただったんだね…。」
 「ククッ……思い出してもらえたようだな…。」
 「うん。格好が、前と全然違ってたから、気付けなかったわ。」
 「……いや、今は、『』か…?」
 「……そう呼んでもらえると、こっちとしては、大助かりなんだけどね。」

 彼は、嬉しそうに口元を吊り上げて、剣を袖にしまった。それを背で確認してから、ゆっくり振り返る。

 「なんで、彼女たちを…?」
 「…………それが、俺達の『目的』だからだ…。」

 彼があえて「俺”達”」と言ったことで、その中にルックとセラが入っていることを、むざむざ確認させられる。
 それならばと、そこから疑問に思ったことをぶつけた。

 「いったい……何の目的で…」

 するとその言葉に、彼は意外そうな反応を見せた。『お前は、何も知らないのか?』とでも言いたげな顔だ。

 「……そうか。あの男は……お前には、何も話していなかったのだな。」
 「どういうこと…?」

 更に問う。しかし彼は、笑うだけで答えようとはしない。それどころか急に跪くと、自分の右手を取って、愛しいものを扱うようにその甲に口付けた。
 その行為に咄嗟に身を引き、声を荒げる。

 「あんた……なにを……!!」

 幸い、自分が壁となっていた為ナッシュ達に見られる事はなかったが、どうやらルカには見えていたらしく、剣を構えたまま目を細めている。それを気にすることもなく、彼は、ニッと笑って耳元で囁いた。

 「今宵、アルマ・キナンで…………面白いモノが見れるぞ。」
 「ッ、どういう……意味…?」
 「ククッ……そのままの意味として、受け取れば良い。……楽しみにしていろ。」

 訝しんで見つめるも、それだけ言うと彼は、転移を使いその場から姿を消した。