[アルマ・キナン]
ユーバーが去った後。何をするかといえば、傷ついた身体を癒すことが先決だった。
だが、メンバー内に回復紋章を使える者がおらず、立ち往生しかける。
と、ルカが口を開いた。
「……おい。」
「はぁ……しゃーないか。」
パーティー全員が動く事もままならない現状に苛ついたのか、ルカに睨まれた。仕方なしに「あんまり、使いたくないんだけどなぁ…。」と言いながら、目を閉じて額に意識を集中する。額が光を発し、仲間達の傷を癒し始めた。
「これは…?」
「盾の紋章だよ。知らない?」
不思議そうに問うクリスに答えながら、紋章で仲間達の傷を癒していく。
「あんた……額にも宿せるのか?」
「…まぁな。」
驚いているのか、目を丸くしているナッシュにも苦笑いをして答える。どうやら彼は、剣士系の自分が、額にも紋章を宿せることに驚いているようだ。
元々、が額に宿していたのは、『見切りの紋章』だった。
しかし、この地へ赴くもっと前───ルカと二人で旅をしていた頃───に、彼に「回復系の紋章を宿しておけ。」と言われて変更したのだ。
最初は「あんたが着ければ良いじゃん。」と言ったのだが、彼は、回復系の紋章と相性が宜しくなかったし、なにより武器による攻撃力を重視していたのか、額には『必殺の紋章』、武器には『火とかげの紋章』、左手には『火封じの紋章』と、馬鹿みたいに火に関係する紋章ばかりつけていた為、空きがなかったのだ。仕方なく引き下がるしかなかった。
だが、回復系で代表に上がるのは『水』か『風』か『盾』。その中では、あえてこの盾紋章を選んだ。なぜかと問われれば、答えは簡単だ。は、水紋章との相性があまり良くなかったのだ。そして回復だけに額を使うのはもったいない、という貧乏根性から。
ならば風紋章という手もあったのだが、これは、ここ数年でだいぶ使いこなせるようにはなったものの、いまいちしっくり来ない。攻撃系統も使えるのに、もったいないとは思ったが。
そして、最後に挙がったのが、この盾紋章だった。
自身、風と水の相性の微妙っぷりから、あまり回復系統と相性が良くないのかもしれないと思い込んでいたのだが、意外や意外、つけてみると驚くほど馴染んだ。
魔力が高ければ、回復系統の使用回数は多いし、得意な補助系もある。目から鱗とばかりに、嬉々としてこの紋章をつけた。
他、馴染んだ理由に『もしや、これでは?』というのがあったが、それは後々師に聞けば良い。それが当たっていてもいなくても、今回の『目的』に何ら差し障りはないのだから。
すると、今までそれを黙って見ていたユンが、ポツリと言った。
「やっぱり……あなたは…。」
彼女の言葉に、全員が一斉に目を向ける。
「ユン?」
「いえ……何でもありません…。」
クリスが声をかけるも、ユンは、それ以上の事は言わなかった。その隣にいたユミィが、まるで話しを逸らすように「もう少しで、アルマ・キナンです。」と、笑顔を見せて歩き出した。
それから暫く歩くと、ユミィの言った通りにアルマ・キナンと見られる村に到着した。
村に入ると同時に、村の者から熱烈な歓迎を受ける。ナッシュやクリスやらが、その者達と話をしている間に、は辺りを見回した。
どうやら、この村には女性しかいないらしい。右を見ても左を見ても、360度どこを見渡しても、女性または幼女ないし老婆しか見当たらない。
そうなれば、きっと『男』という存在が、非常に珍しいに違いない。予想通り、村の女達はナッシュやフレッド、そして自分やルカを好奇心いっぱいに見つめている。
その中には、キラキラ目を輝かせている者もいた。
「…ナッシュ。」
「ん、どうかしたか?」
「…悪いけど、俺たち、先に宿で休んでるから。」
「へ? あ、あぁ、分かった。」
注がれる好奇心に耐え切れなくて、女性に囲まれ鼻の下を伸ばしているナッシュにそう伝えると、ルカを伴い宿へ向かおうとする。
と、ここで一人の女性が、おずおずと話しかけてきた。
「あ、あのっ!」
「……何でしょうか? 俺に何か…?」
「えっ、あ…あの、その……。」
おい。いつもの、あのぶっきらぼうな口調はどうした?
興味半分、恐がり半分であろう女性相手となった途端、口調がだいぶ柔らかくなった相方に、ルカは思わず閉口した。
・・・おい。そこで優しく微笑むな、気色の悪い・・・。
グラスランドに来てからというもの、ルカは、ずっとそれを感じていたが、その対応の仕方を見ていると『口説いているのではないか?』と思えてしまう。
微笑まれた女性も、その笑みに頬を赤らめモジモジしている。
ニコニコ微笑む相方に、ドギマギしている村の女性。
・・・・馬鹿らしい。全くもって、馬鹿らしい。
そう思いながら静観していると、女性は、恥ずかしそうにとある一点を指差した。
「あの……宿は、あちらです…。」
「……あぁ、そうか。どうもありがとう、素敵なお嬢さん。」
「キャッ! は、はいぃ!」
その言葉だけで舞い上がってしまったのか、女性が耳まで赤くなった。去り際、が軽く手を振ると、女性は「きゃッ!」と言いながら、手で顔を覆い駆けて行く。
馬鹿馬鹿しい・・・・・・全くもって、非常に、馬鹿馬鹿しい。そいつは『女』だぞ。
そう思いはしたが、口にすることは禁じられている。当たり前だ。
故にルカは、呆れたようにため息をついた。
「貴様……。」
「ん、どしたの? って……なにその顔?」
顔まで赤くして可愛いなぁ、と言い笑っている目の前の女が、小悪魔に思える。
「……それは、もう直らんのだな。」
「は?」
「……まったく。どうでもいい特技ばかり身に付けおって…。」
「なにそれ? 意味分かんないんですけど?」
「……もう知らん。」
無意識の必殺スマイルを向けられて、呆れを通り越して疲れた為、ルカはとっとと宿屋へ歩き出した。
宿で部屋を取り、さっそく入室する。いつものごとく旅荷を椅子に放り投げ、ベッドへダイブした。良い具合に疲れが出ており、意識が朦朧とし始める。
するとルカが、ベッドに腰掛けて「おい…。」と体を揺さぶってくる。
「はー? 眠いんですけど…。」
「随分な変わり様だな。先ほどの女が見たら、悲しむだろうに。」
「はいはい…茶化しはいいから。で、なに?」
自分が眠い時には滅多に声をかけてくるはずのない彼に、面倒くさげに返事をする。すると彼は、しばらく何事か考えを巡らせていたようだが、埒があかないと思ったのか問うてきた。
「先ほど……ユーバーの奴に、何を言われた?」
「ユーバーに?」
「そうだ。俺は、聞き取れなかったが…。」
「……あぁ、あれか。」
あの男が自分の手の甲に口付けた際、言っていた台詞の事だ。
「今夜、面白いものが見れるって……。」
「……面白いもの?」
「うん。それが何なのかは、教えてくれなかったけど…。」
「面白いもの…か。あいつがそう言ったのなら、俺たちにとって、確実に面白くないものだろうな。」
「…うん、だよね。」
思案顔の彼は、ベッドから立ち上がり椅子に腰掛けた。自身、あの男がいったい何を指して『面白いもの』と言ったのか理解できなかったが、それが自分達にとって、確実に面白くもないだろうことは分かる。
『面白いもの………どういう意味…?』
考えても『答え』は出ない。
『あー……苛々する。こっちに来てから、分かんないことだらけだ…。』
目を閉じて考える。
『でも、それは……もうずっと昔から…。私は、結局……なんにも知らなくて…。』
目蓋が重い。
『結局、なん……も……知らな…まま………で……。』
思考して眠気を防ごうとするが、睡魔は、容赦なく襲いかかる。
眠らぬように頬を叩こうと、右手を動かした・・・・つもりだった。しかし、力が抜けて思うようにならない。
「おか………し……………な……。」
意思ある何かに促されるように・・・・意識は、滔々と深い眠りへ落ちて行った。