[予兆]



 ────  ────



 『…また……なの…?』



 ──── 目を…開けて… ────



 『……分か………た……。』



 もう慣れてしまった”声”に促され、ゆっくりと意識を開いた。
 そこは、以前魔術師の塔で倒れた時にも見た、闇の広がる世界。きっと紋章が作り出した世界。もしくは、紋章と繋がりのある自分の意識が作り出した世界だ。

 「創世……。」

 呟くと同時に、前にも見た闇を照らす爆発が起こった。それが収まると『化身』を名乗る人物が、淡い光を放ち佇む姿。
 だが、前と違うことが一つあった。化身が、フードを被っていないのだ。前はフードを目深に被っていたはずなのに、今回はそれを外して顔を伏せている。
 すると化身は、言った。

 『……。』
 「また、あんたが……私を呼んだの?」
 『そう…。私が、お前を………ここに呼んだ…。』

 そう言って、化身が顔を上げた。ゆっくりと。
 だが、その顔を見て、驚愕する。

 「えっ…ちょっ………私!?」

 目の前に晒されたのは、自分自身の顔だった。まるで鏡を見ているように、そっくり自分の顔が目の前にある。
 似ている・・・・どころではない。同じ顔、同じ体躯、同じ髪に肌の色。目も鼻も唇も、輪郭でさえ、何処をとっても変わらない。”自分自身”が、目の前にいた。
 唯一違うと言い切れるのは、その髪の長さや纏っている衣服のみ。

 驚き言葉を失う自分をよそに、化身は続けた。

 『…………。私は、あんたなんだ……。』
 「なに言っ…」
 『鏡なんかじゃないんだよ…。あんたは私で、私はあんたなんだから…。』
 「言ってる意味………分からない…。」

 化身の言葉が砕けたことで、まず違和感。その言葉遣いが、自分と全く変わらないことに恐怖すら抱く。かつての自分を思い起こさせるのだ。何も知らなかったあの頃のような、明るく元気な口調。
 それに『どこか乾いている』と思ってしまったのは、間違い無いのだろう。明るい口調に対し、その表情はどこか物悲しく、ともすれば、すぐにでも泣き出してしまいそうな印象を受ける。

 表情と口調に、差があり過ぎる。

 ”他”であるはずの存在に”己”を見出してしまい、頭が混乱した。
 見透かされている? 全て・・・
 こいつは、何を言ってる? 私がこいつで、こいつが私?
 分からない・・・・・頭が、おかしくなりそう・・・・。

 『……。』
 「……て……。」
 『ねぇ…。私、すっごく眩しくない…?』
 「……め…て…。」
 『でもあんたは、私のことを”否定”したいんだよね…?』
 「やめ……。」

 『闇の中で、ただ、もがき蠢き続けるだけの”存在”。……ねぇ、でも分かってるでしょ? あんただって、光を求めてないはず無いんだよ…。』

 「やめてよッ!!!!!」

 思わず怒鳴りつけた。
 見透かされてる。・・・いや、違う。こいつの言う通り、こいつが私自身なら、きっと知ってて当たり前なんだ。この世界の何よりも、自分たちは繋がりが深いんだから。
 この・・・・・右手を介して。

 声と”光”。それは、過ぎ去った私。
 顔と”闇”。それは、今を歩む私。
 どれだけ否定したくても、彼女は私であり、私は彼女なのだ。逃れられるはずがない。
 けれど彼女は、私は、それでも光を求めていた。
 それは、警告であり渇望。私から、私への。

 でも・・・・・

 ”彼ら”を亡くした自分は、未だ深い闇に捕われている。「彼らは、きみに幸せになって欲しいと願っている」と言ってくれた、友の言葉。それを思い出すだけで、未だに胸が締め付けられるのだ。その言葉の重みと、いつまで経ってもそれが出来ない自分を嘆きながら。

 でも・・・それでも・・・・・

 「忘れられない………忘れたくないんだ………吹っ切ることなんか、出来やしないよ…」
 『そうだよ。私は、彼らがいなくちゃ…』
 「幸せには………なれないよ……。」

 自分と化身の言葉が連なり、響き合う。
 全ての言葉。それは、紛うことなき自分自身の”声”。

 『……。』
 「私……は…」

 涙が出そうになった。それが不可能なことは、自分でよく分かっている。意識だけのこの空間で涙が出るはずもないのだ。
 化身は、ポツリと言った。

 『ねぇ……思い出して。』
 「思い出す? ……なにを?」
 『”私”なら、思い出せるはずだから……。』
 「私って………どういうこと?」
 『なら……きっと、変えられるよ…。』
 「変える? 何を…」
 『レックナートの視る先を………。だから…』

 そう言って、化身が微笑んだ。そして、光を放ち始める。先ほどよりも大きな光。まるで光が、闇を覆い尽くすような。『全て』を包み込むように。

 同時に、意識が逆流を始める。それが目覚めを促す気配だということは、前回の件を経ていたので理解出来る。
 だが、思わず叫ばずにはいられなかった。

 「待って!! 私に、なにを思い出せって…!」
 『………お願い…………思い出して……。』
 「私に………!!!!」

 見えない糸に意識を絡めとられ、身じろぎすることもままならない。
 意識が、段々と浮上していく。

 覚醒の直前、”声”の言葉が、はっきりと脳裏に刻み付けられた。



 ──── 思い出せ ────