[彼の覚悟]



 全力で、森の奥へと駆けた。
 爆発の原因は分からなかったが、それを放った大本に心当たりという『確信』があった。

 駆けに駆けると、ようやく森の最奥部へ辿り着く。
 そして、視界に広がった光景は・・・・・

 「これは……。」
 「……やっぱり…。」

 ルカの言葉に唇を噛み締めながら、は、眼前にある光景を睨みつけた。目の前に立つのは、自分に背を向けた『家族』の姿。
 流れるように視線は、その奥へ向かう。そして目に映ったのは、少しの期間、共に旅をした仲間達が倒れている姿。

 「ナッシュ!!」
 「……、か……?」

 戦闘後なのか、名を呼ぶと彼は、地に伏し苦しそうに息を荒げながらも片目を開ける。どうやら彼以外の仲間達は、全員気絶しているようだ。彼は『遅いじゃないか』と言いたげに、苦笑いしている。

 と。
 自分の声に反応したのは、彼だけではなかった。破壊者と呼ばれる者の内の一人───自分にとって娘のような存在が、驚いたように振り返ったのだ。
 目が合った。しかし彼女は、すぐに視線をそらす。

 「セラ……。」
 「………。」

 呼べどもその視線が上がることはなく、そっと目を伏せる。次いで、彼女の隣に立ち決して自分を見ようとしない『彼』の背を見つめた。最初の第一声で、彼は、自分が来たことが分かっただろうに・・・。
 やはり彼もセラ同様、目を合わせるどころか、まるでこの場に自分がいないような態度を取った。終始俯いている。

 その場は、ピンとした空気が張りつめていた。

 「ナッシュ、無事か?」
 「無事に……見えるか…?」
 「……遅れてごめん。」

 危なくなったら助けてやる。そう約束したはずなのに間に合わなかった。
 しかし彼は、苦笑いしながらもそれを責めることはせず憤慨するでもなく、彼らしい仕草で『気にするな』と軽く手を振っている。
 ならば、すぐにでも盾紋章を使おうと、額に意識を集中させた。

 すると、黒い影に阻まれる。

 「………ユーバー…。」
 「クックッ……。」

 ゆらりと視界の端で動いたかと思えば、すぐに目の前にいるという素早さ。恐らく近距離転移を使ったのだろう。この男ならそれぐらいは、朝飯前だろうから。
 彼は、口元を吊り上げて笑っている。相変わらず不気味な笑みだ。何がそんなに可笑しい、と問う、彼は赤とグレーの瞳を細めて囁いた。

 「……言っただろう? 今宵、面白いモノが見れる、と…。」
 「ッ…!!!」

 ようやく彼が、あの時なにを指して『面白いもの』と言っていたのか理解した。理解した直後、怒りに任せてその横っ面をひっ叩こうと手を振り上げたが、近距離転移で簡単にかわされてしまっては意味がない。
 辺りは、異様な光景だった。この村の女達は、さきほどの爆発に巻き込まれたのか息はあるものの、皆が重傷を負っている。背中の火傷を見れば、それが真なる風の紋章でないと分かるが、とても大きな力であることは分かった。

 ・・・・・口惜しい。

 「なんで……こんな………!!!」

 言葉が紡げない。舌がうまく回らない。
 先の爆発が風の紋章でないのだとしても、確かにあの時気配を感じた。ということは、彼がナッシュ達を攻撃したのは言いようのない事実ではないか。
 でも・・・・・・なんで?
 その背を睨みつけ、決して振り返ることはないと分かっていても、その名を口に出さずにはいられなかった。

 「なんで…、なんでこんな事をするんだ!! 答えろ、ルッ…、ッ!?」

 その言葉を言い終えることが出来なかった。またも近距離転移で近づいてきたユーバーのとった、強引な手段によって。
 間近にある整った金色の眉に、同じ色の長い睫毛。
 それで自分が彼に『何を』されたのか理解した。反射的に離れようと、腕を突っ張る。

 と、ここで予想外の人物が、声を荒げた。

 「ユーバー!!!!!」

 セラの声が、森に木霊した。普段から落ち着いて、動揺の欠片さえ見せることのなかった彼女が。
 もがこうにも、抱きしめられ拘束された状態では、彼女の表情を伺い知ることは出来ない。しかしその声を聞けば、柳眉を逆立て怒っているだろう事は分かる。その怒声により、隣にいたルックも僅かに反応を見せた。

 『……いい加減に…ッ、このクソ野郎ッ!!!!』

 されるがままの自分にも怒りが湧いた。

 ガッ!!!!!

 自分が繰り出した拳の音が、鈍く森の中に響いた。だが殴られた男は、顔を顰めるでも頬に手をあてるでもなく、口元に血を滲ませながらうすら笑っている。
 もう一発と拳を翻し、裏拳で殴りつけようとすると、今度はそれを掴まれた。

 「ククッ………こいつの名を………この場で言われては、な…。」
 「え…?」

 またも湧いた『何故?』。
 なぜこいつが、ルックの名を言われて困るのだ?
 視線で問いかけるも返答する気がないのか、彼は喉を鳴らして笑うばかり。だが、次に耳元で囁いた。

 「……俺達の『目的』が、知りたいか…?」
 「…? 当たり前だ!!」
 「それなら………お前次第だ……。お前が、俺達について来るというのなら…」

 「ユーバー!!!!!」

 その言葉を遮るように、またしても予想外の人物の声が木霊した。それは声ではなく、怒声だ。その人物が怒声を上げたという事に、本気で驚いた。
 先ほどまで、まったくと言っていいほど自分の存在を無視し、顔を合わせることさえ拒んでいたあのルックが、声を荒げたのだ。
 どうやら彼は、一連の出来事を見ていたようで、ここでようやく自分と向き合った。そして自分ではなく、ユーバーを睨みつける。
 対するユーバーは、邪魔をされたのが気に入らなかったのか忌々しげに舌打ち。相変わらず、自分を腕の中に閉じ込めたままで。

 それも一瞬だった。
 彼の背後を取ったルカによって、静かに拘束を解いたのだ。

 「ユーバー…、そいつを離せ。」
 「これはこれは………『ルカ様』。」

 その背に剣を突き付け、かつて『狂皇子』と恐れられた眼光で言い放ったルカに、彼は面白がるような物言いで振り向きもせずに笑った。だが手は解けど、自分の前から動くことはない。

 「……三度は、言わん。離れろ。」
 「ククッ、相変わらずの殺気だ……。実に心地良い…。」
 「貴様……。」

 いったい何がそこまで可笑しいのか、彼は、喉を鳴らしながらも自分そばから離れようとはしない。その気になれば、ルカの剣を簡単にすり抜けて逃げることも出来る。その自信の現れなのだろう。
 業を煮やしたのは、ルカの方だった。彼は、ユーバーの背に剣を突き立てようと、素早い動作で剣を引く。

 しかし・・・・

 「っ!?」
 「なん、だ……!?」

 突如、辺り一面を眩い光が覆い尽くした。やルカだけでなく、破壊者と呼ばれる者達までもが驚いて、その先を見つめる。その先に見える、樹の根元に作られた祭壇のような場所からは、溢れんばかりの青と水色の光。
 光は、暫く辺りを支配していたが、やがて終息した。

 何が起こったのかと思案するのをよそに、アルマ・キナンの者だと分かる女性が、その光によって目覚めたのか、安堵の色を滲ませながら言った。

 「儀式が終わった……。」
 「……儀式?」

 繰り返してみるものの、それは、ルカとユーバーにしか聞こえない。
 と、セラが、心持ち俯きながら言った。

 「時間をかけ過ぎました……既に、封印は解かれました。真なる水の紋章は…。」
 「水の封印と共に、この地を去ったか………まぁいいさ。もう一つの封印が残っている。そちらを手に入れれば、同じ事だ。」

 ・・・・・・この子達は、何を言っている? 理解できない。
 真なる水の紋章? 封印? ・・・・・・どういうこと?
 不意に、何十年も前に出会った『それ』を所持していた男の姿が脳裏をよぎった。

 ユーバーが、忌々しげに舌打ちする。

 「ことごとく…………これは、バランスの意思だとでも言うのか?」
 「……それが運命という意味なら、それは違うさ。」

 ユーバーの呟きに答えたのは、ルックだ。一瞬、仮面の奥のペールグリーンと目が合った気がしたが、これは気のせいだったようだ。じっと見つめる自分をよそに、彼は、一つ間を置くと空を見上げた。

 「ここの封印を守る為に、この手に真なる紋章を渡さぬように………一人の少女が命をかけた。……ならば我々にも、それを越える”覚悟”が必要なのさ。」
 「……………。」

 交わされる会話を耳にしながら、考える。
 『真なる水の紋章』を狙っているのか? どうして? いったい、何の目的で・・・?
 いや、それよりも、それを所持していたはずの男は、どうした?
 ・・・・違う、そうじゃない。
 それよりも、先に自分が見つけなくてはならない『答え』は・・・・・

 それを口にするより早く、ルックが、ユーバーに「戻るぞ。」と告げた。名残惜しいのか、ユーバーは舌打ちしていたが、近距離転移で彼らの元へ戻る。
 だから、セラが転移を発動する前に、小さな声でルックに問うた。

 「あんた……なんで、こんな事…。」
 「…………きみは…………………帰るんだ。」

 逃げるように背を向けた彼からの『答え』は、それだけだった。