[深まる謎]



 破壊者が去ったあと、は、すぐに盾紋章を使った。そして、クリス達の目が覚める前に、ルカと共に転移を使ってその場を後にした。
 破壊者の使う魔法とよく似た光にナッシュが驚いていたようだが、視線を送ると『大丈夫、誰にも言わない』と笑ってくれた。



 二人が姿を消す直前、目を覚ましていたのか、ユイリが声をかけてきた。

 「ナッシュ、あの者達は?」
 「…さぁな。本人達に聞いてくれ…。」
 「…………。」

 肩越しにひらりと手を振ると、彼女は、何かもの言いたげな顔をしていたが、それ以上追求してくることはなかった。だが、ふと目を伏せて自嘲気味に発せられた言葉に、ナッシュは思わず振り返る。

 「統べる者、か…。」
 「……なんだって?」

 その言葉に耳を疑った。今宵この地に伝わる『儀式』と呼ばれるものに命を捧げた少女が、同じく口にしていた言葉だったのだから。あの少女も『』を指してそう述べていた。独り言のように。

 だから今度は、ナッシュが問う番だった。40前にしては若く整った眉を寄せて、ユイリを見つめる。しかし、彼女からその答えが返ることはなかった。彼女も少女と同じく「…何でもない。」と言うと立ち上がり、全身の埃を払って村人の中へと紛れ込んで行く。

 「…ふぅ。『統べる者』に『元狂皇子』の組み合わせ…。これは『報告』すべきかな…?」

 独り言のように呟き、頬をかいて、ナッシュはクリスの所へ歩き出した。






 いったん部屋へ戻ったあと、ルカに「ちょっと出て来る。」とだけ伝えて外へ出た。
 広場では、まだ怪我を負った者の手当が行われていると思ったので、誰にも見つからないように裏口から。宿の主人の目を盗んで忍ぶように外へ出ると、とある場所を目指した。
 生い茂る木々の合間を、ゆらゆら歩く。

 目的地へは、すぐに到着した。
 先ほど儀式の行われていた、もう人影のないその場所。そこは、さすがにもう光を放つ事はなかったが、樹木に覆われていても神聖な場所であろうことが分かる。この森が持つ独特の空気のせいだろうか。

 草を踏みながら、祭壇に目を向けた。
 思い出すのは、つい先ほどまで生きていたはずの少女のこと。

 「ユン……。」

 話をしたことは、殆どなかった。共に旅をし食事を取り、焚き火を囲んで眠りについていても、少女と話す機会はなかった。自分から話しかけることもなかったし、何より、少女本人に緊張が見えたからだ。
 ルカには、「お前の目つきが悪いからだろう。」と言われたこともあるが、今となっては、そうではなかったのだと言い切れる。声をかけずとも、時折向けられる物言いたげな瞳や、開きかけてはすぐに閉じてしまう口の動きに、自分は気付いていたのだから・・・。
 気まずい空気にしないよう、それに知らぬ振りを貫いていたが、今はそんな小さな出来事にすら疑問が残る。

 少女は、自分に、何を見ていた?
 少女は、自分に、何を伝えようとしていた?
 少女は───ユンは、なぜ渇望や感慨、それとは対極な哀れむような瞳で、自分を見つめていたのか?

 今となっては、その『答え』は、もう永遠に返らない。もし、あの時少しでも「どうした?」と声をかけてやれたなら、それを聞く事が出来ただろうか?
 胸に残るのは、やはり『後悔』の二文字。

 ふと、ルックの言葉が脳裏に蘇った。

 『ここの封印を守る為に、この手に真なる紋章を渡さぬように………一人の少女が命をかけた。……ならば我々にも、それを越える”覚悟”が必要なのさ。』

 そう言っていた。
 そこで、今までの感じた数多くの謎を頭の中で整理してみた。



 最初は、わけも分からずレックナートに「ルックを救ってくれ、止めてくれ。」と言われ、旅に出ただけだった。
 だがその言葉だけで『彼を止めねば、その先に待つのは”死”だ』ということが分かった。

 そんな彼らと再会したのは、大地を覆うほどに炎が蠢くカラヤクラン。彼らがやったと認めたくはなかったが、行動や言動を見る限り、きっとそうなのだろう。
 私情を挟んでいても、それを否定出来る要素が、何一つ無いのだ。

 次にチシャクラン。かの地で、旧知の女性と再会した。英雄と詠われた男の伴侶と。
 そこで、また疑問が湧いた。
 あの村に滞在中、彼女に、真なる水の紋章を持つ男のことを聞いていたのだ。彼は、今どうしている? と。彼女は「…元気にしていると思うわ。」と笑っただけだった。
 しかし先ほどの会話で、真なる水の紋章が封印されていることを知った。そしてあの儀式が、その封印を解く為のものであったことも・・・。

 所持者は生存しているはずなのに、紋章は封印されている?
 確か、英雄と詠われていた男も、紋章を封印したと聞いていた。しかし彼は、それゆえ短命となって苦しんだはず。
 ・・・・でも、どこに封印する? いったい、どうやって?
 それよりも、宿していないはずなのに、存命出来るものなのか?

 いや、これは多分、今考えても分からない・・・・・・次だ。

 次は、このアルマ・キナン。
 先ほどの戦いを見れば、ルックが、クリス達と敵対しているのは明らかだ。あの惨状を見れば、それを理解するのは容易い。原因は『真なる水の紋章』を巡っての争いだ。

 と、彼の言っていた”覚悟”という言葉が蘇る。
 ”覚悟”とは? その”意味”は?
 もしかしたら、レックナートの言っていた『救う』ことに繋がるのかもしれない。では仮に、彼の言う”覚悟”が、『命を落とす』であるとしたら・・・?

 ・・・・何より、まずは、なぜ彼らが『真なる水の紋章』を狙うのか、その目的を探らねばならない。狙っている物は分かったが、その目的を知らねば止めようもない。

 そう結論して立ち上がった、その時だった。



 ────  ────



 「…っ…声……!?」

 不意に、頭に駆ける激痛。・・・・マズい。
 ここで倒れるわけにはいかない。例えあいつが呼んでいたとしても。まだ、考えたいことがあった。だから痛みが増すと分かっていても、抵抗した。
 眩む視界の中、鮮明な言葉が聞こえた。



 ──── 思い出せ ────



 「何を…っ……思い出せと………ッ…?」



 ──── す──…を… ────



 そこで”声”は、途切れた。意識を手放さずに済んで思わず安堵する。
 それも束の間。

 「っ……!!!」

 一向に解けることのない疑問と、己に対する不甲斐なさ。
 そして、現れては消える”声”に、苛立ちがついに限界に達した。

 「いったい……私に……………何を思い出せってんだッ!!!!!」

 怒りに任せて、拳を地面に叩き付けた。募る憤りからか全身が震える。
 隠せない本心が口をついて出た言葉は、誰に聞かれることもない。

 そう・・・・・・思っていた。