[賑わいの街]



 翌日、夕刻。
 による盾紋章使用後ゆっくり休養を取った為か、体力が回復したクリス達は「炎の英雄の待つ地へ向かう。」と言った。

 炎の英雄。それを聞いて、は思わず顔を曇らせる。
 50年前にそう詠われた男は───『彼』は、もうこの世に存在しないではないか。だが彼等の言葉は、まるで未だにその男が生きているような、そんな含みを持たせていた。

 ・・・・・いや、まさか。

 彼の伴侶である女性が、言っていたのだ。そんなはずはない。だが、もし彼の待つ地である場所へ赴くのなら、ルック達に繋がる手がかりを得られるかもしれない。
 そう考えていると、クリスが「一緒に行かないか?」と言ってきた。すぐさま、それに頷こうと顔を上げるも、それを制してルカが、「俺達は、ここから別行動に入る。」と言った。
 彼が、敢えて前に出てそう言ったのだ。閉口せざるをえない。
 次に『どういうことだ?』と視線を向けたが、無表情で黙殺されては成す術もなく。だが、何かしらの理由があるはず。故にそれ以上口にすることなく、クリスに「…ごめん。」と謝った。

 「そうか…残念だ。だが、これからのアテはあるのか?」
 「いや…。」
 「それなら、ブラス城を抜けた北西に、ビュッデヒュッケという城がある。」
 「…ビュッデヒュッケ?」
 「あぁ。そこの城主に頼まれて、仲間集めもしているのだが……達さえ良ければ、行ってみるといい。」
 「…分かった。ありがとう、クリス。」

 ナッシュが、それとなく『達は、目的を持ってこの地を旅している』とでも言ってくれたのだろう。クリスは、「あそこでなら色々な人間が集まるし、目的とやらの情報も見つかるかもしれないぞ。」と言って、持っていた地図に丸印をつけてくれた。
 彼女に礼を言って、次にナッシュに目を向ける。

 「ナッシュ…。」
 「まぁ…なんだ。あそこに人が集まるのも、悪いことじゃないだろうからな。」
 「うん、ありがとう。クリスも。」
 「いや、礼を言うのは、私の方だ。お前達がいて、とても心強かった。」
 「…そっか。それじゃあ…」

 軽い談笑を終えて別れを告げると、彼等は「また。」と言って、炎の英雄の待つ地へと歩き出す。
 その背を見送りながら、ルカに問うた。

 「それで?」
 「……なんだ?」
 「なんで、あの子の誘いを断ったの?」
 「……あの金髪は、好かん。」

 仏頂面でそう言った彼の言葉に、思わず吹き出した。
 たぶん半分は本当だ。確かに彼は、ナッシュが傍にいる時は、常に機嫌が悪かった。
 同時に、もう半分の嘘の部分もすぐに分かった。自分の顔に疲労の色が見えていたのを、何年も共に過ごした彼が、見抜けぬはずがない。
 その腕を軽く叩いて「ありがとう。」と笑いかける。それに鼻を鳴らすのが、彼なりの「どういたしまして。」だ。

 ナッシュ達の背が見えなくなってから森の死角へ入ると、転移魔法を発動させた。ビュッデヒュッケ城へ行き先を定めて・・・。






 ここ数年で、更に精度が増したようだ。
 地図で位置を確認しただけだが、狙い通りのポイントに到着することが出来た。

 「さすがは、私!やれば出来る子!」
 「…馬鹿者が。はしゃいでないで、とっとと行くぞ。」
 「はぁ!? 褒めてくれたって良いじゃん!」

 誰もいないことをさり気なく確認してピョンと跳ねると、白い目で睨まれた。良いじゃん誰もいないしさ、と言いながら、眼前に広がる城を見つめる。
 そこは、記憶に新しい15年前の城を彷彿とさせた。当時の仲間達との記憶が蘇る。中々のオンボロ具合ながら、来るものを拒まず、といった空気を醸す城。
 あぁ、懐かしいなぁ。そう思いながら、ルカを伴いゆっくりと城門まで歩いて行った。

 すると・・・・

 「あっ、こんにちは!」
 「……? こんにちは…。」

 城門付近で声をかけられた。
 やけにブカブカの甲冑を纏った、可愛らしい顔をした少女。身体に似合わぬ大きな盾と槍を持ち、なぜか下半身はオレンジチェックのプリーツスカートをはいている。
 次に、少女の隣にいる物体に目を引かれた。風呂敷を背負い、困ったような顔をしている犬。・・・・なんで犬? なんで風呂敷?
 正直な感想として言えば、実にちぐはぐな組み合わせだと思った。

 苦笑いしていると、少女が笑いかけてきた。その笑みに、なんとなく毒気を抜かれながら返事を返していると、ルカも同じ事を考えていたのか『なんだこのガキは?』と言いたげに少女を見下ろしている。だが少女は、お構いなしに彼にもニコリと笑いかけた。どうやら、それで彼も毒気を抜かれてしまったようで、気まずそうな顔をするとそっぽを向いた。
 そういった態度を取られても全く気にしていないのか、少女は気さくに問うてくる。

 「えっと、お名前を聞いても良いですか?」
 「だけど…。」
 「そちらのお兄さんは?」
 「……ルカだ。」
 「はい! さんに、ルカさんですね! では、城主様の所へご案内します!」
 「え? あ、えっと…ちょっ…」
 「…………。」

 ルカも、この少女に当てられたのか、困ったような苦い顔。
 というか、何故ここへ来て早々、城主とやらにお目通りしなくてはならないのか? 城主って偉いんじゃないのか? 忙しいんじゃないのか? こっちは、一介の旅人だぞ? ただの旅人に、いちいち挨拶するほど暇な城主なのか?

 目の前の少女に、既視感を覚えた。じっと見つめるも、少女は、動じることなくニコニコ顔を向けてくる。この、いつも笑顔を絶やすことなく、人の話を聞いているようでただ耳を通り抜けているだけの、人柄・・・・・。

 ・・・・?
 ・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・あぁ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ナナミだ。

 第二のナナミ、こんな所で発見。
 15年前に共に戦った少女を思い出しながら、目の前の少女に苦笑い。
 だが、やはり少女が動じることなく、それより自分たちの腕を掴んで「さあ、行きましょう!」と言うと、元気よく歩き出した。






 「えっ! それじゃあ、お店を開くために来たわけじゃ…?」
 「あー、うん。悪いけど…。」

 城の中へ連行され、城主と対面したは、まず城主の幼さに驚いた。ルカも同様に驚いている。
 ルカならまだしも、自分は、これまで生きて来た中で出会った者やデュナン統一戦争を率いてきた『軍主』の例もあり、いい加減に耐性がつくかと思っていたが『さすがに、これはないだろう』という心境だった。
 そして、開口一番「お店を出しに来てくれたんですね!」と嬉しそうに聞いてくる城主とやらが、本当に子供だったため、余計に脱力したのだ。

 生憎だが、と、それをきっぱり否定すると、トーマスと名乗った城主は、残念そうに項垂れた。何も悪いことはしていないはずなのだが、ここまで落ち込まれると逆に可哀想になってくる。先ほどの少女──名は、セシルと言っていた──といい、この城主殿といい、こちらの調子が狂わされる。
 そう思いながらひとまず謝罪すると、彼は「いえ、すみません!」と慌てたように取り繕い、早とちりだと分かったセシルが「ごめんなさい、トーマス様…。」としょぼくれた。

 僕が勝手に勘違いしたんだから、セシルは気にしないで!
 でも、私が、先に勘違いしちゃって…本当にごめんなさい、トーマス様!
 いいんだよ、本当に。いつも見回りとかしてくれて、本当感謝してるんだから!
 え? いいんです、そんなの! 私が、やりたくてやってるだけですから。

 「……………。」
 「……………。」

 互いに互いを庇い合う、可愛らしいカップルの会話。それを耳にして、だけでなくルカも、とっととこの場から去りたい衝動にかられた。
 だが、いつまでもこの可愛いおバカップルの会話を聞かされていては、去りたいだけでなくこの世から消えてしまいたい衝動に駆られるだろうと思ったので、『クリスの紹介でここへ来た』と伝える。
 すると城主が、目を丸くした。

 「え、クリスさんから…?」
 「ああ。俺達は、目的があってこの地を旅しているんだが、この城にいれば色んな情報が耳に入るだろうって教えてくれたんだ。」
 「そうですか。それでは、この城には沢山部屋が余ってますので、ご用意しますね。」
 「へ? あっ…いや、そこまでは…。」
 「いいえ! 僕の勘違いで、ご足労頂いてしまったので……お願いします!」
 「いや、いいって…。金はあるから、宿屋を教えてくれれば、それで…」
 「ちょっと待って下さい! トーマス様が、そう言ってるんです! 私が、お部屋の準備をしますから使ってください!」
 「ちょっ…セシル……まッ…」
 「………人の話を聞かんガキ共だな。」

 少年少女(主に少女の方)に翻弄されていると、ルカが『しっかりせんか』と言いたげに見下ろしてくる。だが彼は彼で、何かと疲労の色が濃い気がする。

 若者のテンションに当てられっぱなしだった所為か、それとも、この毒気を抜くことに長けた門番隊長と天然城主のおバカップルに、いつの間にやら当てられたのか・・・。
 しどろもどろの自分達に、トーマスが笑顔で「宜しくお願いします!」と言った。

 それらを横目で見つめながら、ルカは、本当に今すぐここから消え去りたい衝動にかられた。