[何度目の正直?]
今日中には、部屋を準備出来ない。そう謝られ、代わりに「今日は、宿へご案内します!」とセシルに連れてこられた後、彼女に礼を言ってからルカと共に街へ繰り出した。
とりあえず、ある程度の施設を把握しておきたかったからである。
早速宿を出て右方向を見れば、先ほど城主と謁見していた城。作りこそ古びており、外壁が所々はがれ落ちているが、全体的には頑丈そうだ。
宿に案内される際、湖側から城にかけて、船が突き刺さっていたのは気になったが・・・。
街を行き交う人々の表情は明るく、皆がしっかり前を向いて歩いている。
種族関係なく多々混ざり、人から始まりダック、リザード、そして一人だけウィングボードも見かけた。この街は、老若男女問わず活気づいているようだ。
それを見て、ふとデュナンの城を思い出す。今は『デュナン共和国』と名を変えて久しい当時の同盟軍本拠地であった、あの城のことを。
『やっぱり……ここに宿星が…?』
ふと、笑みがこぼれる。
昔から、これだけは変わらない。今も宿星達の集う場所には、暖かさがある。懐かしさと安堵を伴う雰囲気。故郷という言葉を思い起こさせる。
一人ひそかに笑っていると、隣にいたルカが「なんだ、気味の悪い…。」と言ったので、「気味悪い言うな馬鹿。」と小声で返しながら、その太い腕を叩いて、もう一度笑う。
「15年前のこと、思い出してた。」
「15年……デュナン統一戦争か?」
「うん。この城って、デュナン軍の時と雰囲気が似てるんだよね。」
「…俺は知らん。」
それもそっか、と笑うと、彼は面白くなさそうにそっぽを向いた。
「それにしても…」
「ごった煮だな。」
「うん、確かに…。」
腕を組みながら辺りを見回し、皮肉る彼の腕をもう一度叩いて、「ここに宿星が集まるんだよ、きっと。」と付け加える。
だが、そこでふと気になった。宿星が集う際に必ず目にしていた『ある物』がないのだ。必ずといっていいほど、それはあったはずなのに。
「約束の石版は…?」
「……なんだ、それは?」
ポツリと零した言葉だが、どうやら彼には聞き取れたらしい。
そういえば彼は、約束の石版の事を知らない。自分も、今の今まで忘れていたが・・・。
宿星達の名が刻まれるはずの、石版。
天魁星に始まり、全ての宿星達の名が刻まれていくはずの、石版。
師であるレックナートが言っていたことだ。この地に宿星が集まる、と。
彼女は、まだそれをこの城の主に渡してはいないのだろうか?
まだそれを告げる時期でないのなら、渡していないのも納得出来るが・・・・。
しかし、その考えを遮るようにルカが「…取りあえず行くぞ。」と歩き出してしまったので、その疑問を胸にしまって後を追いかけた。
最初は、道具屋を冷やかした。そこの店主のあまりの濃さには、ルカも絶句していた。
次に、旅先で見つけた物を、鑑定屋で鑑定してもらった。ここの店主も、ある意味濃かった。
次に向かったのは、防具屋。しかし、薬類や札類は余分に持っていたし、装備や装飾品も、ここに置いてある物より自分達の方が充実していたため、冷やかしに終わる。帰り際、店主が「俺様の話を聞いていきやがれ!」と息巻いていたので、二人猛ダッシュで逃げた。
その後に鍛冶屋へ向かった。だが生憎、店主のリザードが持つハンマーよりも、自分達の持つ武器レベルが高かったために断念。
「…施設としては、まだまだだな。」と、あきれ果てる相棒を宥めながら、は次に紋章屋へ足を運んだ。すると・・・・
「あぁ……やっぱりですか…。」
「あら、お久しぶりね? ふふ…。」
昔から全く何も変っていない姿の紋章屋店主、ジーン。今回も衣装を一新しての登場らしく、薄い黒のスリット入りドレスを身に纏い、相変わらず妖艶に微笑んでいる。
「ジーンさん……あなた、いったい…。」
「うふふ、さんこそ。」
やっぱりこの人、真なる紋章持ってるのか? そう考えたが、彼女はうふふと微笑むばかり。
しかし本名で呼ばれてしまったため、咄嗟に頭を切り替える。幸い、自分達以外に客はいない。
彼女には、話しておかねばならない。そう考えて、咄嗟に近づき声を潜めた。
「ジーンさん。実は…」
「…………あら、そうなの? うふふ…。」
「はい。そういう事なんで、宜しくお願いします。」
「分かったわ。ふふ…。」
『今は、男としてを名乗っている』と告げると、彼女は微笑んだ。相変わらず、その魅力の虜になっている男は、数多いのだろう。
「ありがとうございます。」と礼を言っていると、思い出したように彼女は言った。
「そういえば……さんご本人は、お元気かしら?」
「あ、はい。ファレナの女王国で、ピンピンしてましたよ。」
「うふふ…。貴女、さんと仲が良かったものね。」
「…そうですか? 悪くはなかったですけど、飛び抜けてってまでは…。」
「あら、酷いわねぇ。そんなこと言って良いの? あの頃から、FCの女の子達が『羨ましい』って口々に言ってたのに。」
「あー…。女の子は、恐いですからね…。」
「そうねぇ。うふふ…。」
まさか150年も昔の話が出てくるとは思わなかったが、FCでその辺りを思い出し、また苦笑い。あの時の自分は、本当に何も知らず、無邪気の塊だった。
流石に何か感じ取ったのか、はたまた、知っているのかは定かではないが、彼女は、アルドとテッドのことだけは触れないでくれた。それに内心有り難く思いながら、冗談を交えて話していると、次に出てきたのは、デュナン統一戦争時代の話。
「あぁ、そうそう。さん達とは、もう共鳴したのかしら?」
「……なんで、それを?」
「うふふ、さぁ?」
最終的には笑ってかわすくせに、いちいち確信を突いてくる。相変わらず何を考えているのか分からないが、この女性、どこか憎めない。
しかし、当時星辰剣も”共鳴”のことを知っていたことを思い出し、『一部の者は、知っている事なのかもしれない』と考えるに留めた。苦笑いが板について「しましたよ。」と答えていると、彼女の視線が、ルカを捕らえたことに気付く。
「ねぇ、さん。こちらの素敵な男性は……どなたかしら?」
「えっ…と……。」
当のルカはといえば、女の昔話を聞いているのが面倒だったのか、陳列棚に並べられた封印球を眺めている。
ジーンが彼に興味を持ってしまったことで、『どうするか』と迷った。説明するのもいいが、彼女は、統一戦争で同盟軍にいた人だ。
すると彼は、何か思い出したように彼女へ足を向けた。
おいおい、それ以上彼女に近づくな。バレるだろ。
そう自分が内心焦っているのも気にせずに、彼は、革袋からゴソゴソと何かを取り出す。その手に乗せられているのは、烈火の封印球だ。どうやら彼は、それを「つけろ」と言いたいらしい。
だが、迷わず止めた。
「烈火の紋章…? あんた、額にも左手にも宿してるでしょ? それ以上、いったい何処につけるって…」
「…馬鹿か貴様は。右手に決まっているだろう。」
「ばッ…!!」
要は、獣の紋章を隠すために、自分を真似て烈火の紋章を『カムフラージュに使う』と言いたいらしい。だが、思わず「なに言ってんの!」と食ってかかった。
確かに、以前、彼に「昔、凄腕の紋章師に、大地の紋章で創世の紋章を隠してもらった。」と話したことはある。『どうだ、羨ましいだろう?』とばかりに。
だが、それがジーンだとは、一言も言っていない。もちろん彼女は、ルカが生きていたとしても誰かに言いふらすような人ではないと承知している。でも、わざわざ自分からバラすことはないではないか。
「あんたは、いいの! 今じゃなくたって、別の機会があるでしょ!!」
「本当に、お前は……どこまで馬鹿なんだ。」
「馬鹿でも何でもいいから、とりあえず止めて!!」
「…おい、店主。これを、とっととつけろ。」
「あらあら? うふふ…。」
制止も完全に無視し、彼がジーンに封印球を渡した。
それを見て、思わず彼の後頭部に鉄拳を落とす。
ガクッと膝をつき、彼が頭を抑えて悶絶した。
「ぐっ、……貴様…!!」
「だから、止めろっつってんでしょ! 確かにこの人は、ベラベラ喋る人じゃないけど、一応15年前の戦争にいたんだからね! これだけ言ってもまだ分からないようなら、もう一発やるよッ!」
「………よかろう。後悔させてやるわ!」
ここから、とルカの大喧嘩が始まった。
遠慮はしないとばかりに互いに獲物を抜き放ち、店内に響き始めた剣戟の音。
「なんで『止めろ』っつってんのに、オメーは言うこと聞けねーんだよ!」
「馬鹿が! お前の様子を見ていて、問題無しと結論したからに決まっておろうが!!」
ガッ!! ゴッ! ギィン!!!
さすがに紋章は使っていないが、狭い店内で武器を振り回す行為は、はっきり言って迷惑だ。他の客が来ようものなら、真っ先にこの二人の剣の錆と消える可能性は高い。
・・・・・ジーンの足下で寝ていたコロクは、耳をピクピクさせながらそう思った。
「はぁッ!? なに言っちゃってんのオマエ! 意味分かんないんですけどー!?」
「相手構わず太々しいお前が、敬語を使う相手となれば、相応の者だと判断したま……、貴様、いま急所を狙ったな!? 味な真似を…!!」
「お前ホントマジむかつく、どっか行け! あっ……、テメッいま顔狙ったべ? ッ、クソみたいな真似しやがって、許さねぇッ!! どっか行っちまえ、このハナタレ小僧がッ!!!」
「誰が鼻たれだ、この大年増がッ!! 貴様は、いったいどこまで馬鹿街道を突き進めば、気が済むのだ!? いい加減、その空っぽな脳みそに、何か詰めてみせろ!!!」
ゴキャッ!! ベキッ! ゴィイン!!! ゲキャッ!!!
「あんだと、この三白眼の青二才がッ! 黙って聞いてりゃ…!!!」
「いつどこで貴様が黙った!! 言ってみろ、このペチャパイが!!!」
「だあぁーれが、ペチャパイだ! この唐変木!! 泣かす、絶対泣かす!!!」
「ふん!! やれるものなら、やってみろ!!!!」
剣戟は、重なり合うごとに重みを増してゆく。
馬鹿な大人二人に、笑みをたたえたまま、黙って静観する店主。
・・・・・・・仕方ないか。
そう考えて、コロクは動いた。
ワンッ!!!!!
途端、剣戟の音は止み、とルカが我に返る。両者共、かなり本気でやり合っていたらしく、額に汗が滲んでいる。
まず、が犬を見た。あれ? さっき城門前にセシルといたよね、と言われて、コロクは「クゥーン…。」とすり寄る。
次にルカが、何やら気まずそうに店主に歩み寄った。そして、犬に気を取られているの目を盗み、小さい声で「……とっととやれ。」と右の手袋を取る。
そこに宿っていた紋章に、ジーンは「あら?」と声を上げた。その声を聞きつけて、状況を察知したのか、が目を見開く。
「あっ、こらッ!!」
「喧しい。貴様は、少し黙っていろ。おい……とっととこれを宿せ。」
「うふふ、分かりました。」
「ちょっ…、ジーンさん、待って待って!」
その手に宿る『獣の紋章』を見て、彼女は一瞬驚いた様子だが、ルカの言葉に妖艶な笑みを見せて、その右手に烈火の紋章を宿した。
一部始終を呆気に取られて見ていたが、事は、それであっさり済んでしまった。
「…これで力を使わない限りは、『大本』が浮かび上がることはありませんよ。」
「ほお…、中々の腕だな。」
「うふふ。お褒めに預かり光栄ですわ…………ルカ=ブライトさん。」
ジーンがそう言った瞬間だった。ルカが、彼女の喉元に剣を突き付けたのだ。
だが彼女は、驚くこともせず微笑んでいる。
「貴様、何者だ…?」
「あら、やぁね。女性に剣を突き付けるなんて……。」
「答えろ。」
「うふふ……。」
「ルカ、ちょっと待って!!」
咄嗟に彼の剣に手を置き、止めた。
「彼女は、昔、同盟軍で紋章師をしていた人だよ。それにさっきも言ったけど、軽々しくバラすような人じゃない。」
「……ふん。ならば構わん。」
そう言い剣を収めた彼を見届けて、ジーンに言った。
「ジーンさん…あの…。」
「うふふ、安心してちょうだい。誰にも言わないわ。」
「…ありがとうございます、その…助かります…。」
「大丈夫よ…。それに………貴女達が入ってきた時から、分かっていたし…。」
彼女が真なる紋章を持っているのか相変わらずよく分からないが、やはり紋章師をしているだけあって、入店した時から自分達の正体に気付いていたようだ。
相変わらず、正体不明の凄い人だな。そう思っていると、ルカが「次に行くぞ。」と言って店を出て行く。
すぐに追うよと告げて、ジーンを見つめた。
「それじゃあ、ジーンさん。私達は、これで……。」
「えぇ…。………あぁ、それと…。」
「はい?」
「風の坊やは…………一緒じゃないの?」
思わず口をつぐんだ。というより、返答に困った。
彼女は、『何もかもお見通し』というワケでもなさそうだ。
だから「…さぁ? あいつのことだから、どっかで、あの毒舌振りまいてるんじゃないですか?」と誤摩化した。
彼女は「…そう。」と誤摩化されてくれた。
その対応に感謝しつつ、ルカの後を追う為、手を振り店をあとにした。