[誰かさん伝説]



 翌日。
 目を覚ますと、さっそく身支度を整えて、隣のベッドで寝ているルカに、ダイビングエルボーをかまして起こそうとした。しかし「一人で行け…。」という我が儘を発動させた彼に冷たい視線を浴びせ、ついでにそのスネに軽くかかと落としを食らわせて(悶絶してたが)部屋を出る。

 宿を出ると、そのまま右手に見える階段を上がり、目の前の城の入り口である巨大な扉の前に立った。前日、城主トーマスに「城は、誰でも出入り自由です。」と聞いていたからだ。
 だが扉に手をかけて開けようとしたところで、ふと眉を寄せた。

 違和感・・・・・・・というより、それは『気配』だ。
 だが気配といっても、それが醸すのは、人や動物の類ではない。

 「……あれ? これは……真の紋章…?」

 思わず呟いた。
 それが、自分の知る者だと感じたので、扉にかけていた手を下ろすと、目を閉じ右手に集中する。直接触れずに感じることが出来るのは、共鳴した相手だけだ。
 知り合いがいるのかもしれないと考えて、相手の居場所を探した。
 それは、本当にすぐ近くにあった。

 「え…?」

 辺りを見回せども、それと見える『所持者』であろう人物は見当たらない。周りには、酒場の入り口付近でうろついている少年しかいなかった。少年といっても、20より少し前だろう。焦げ茶の短髪、黄色と黒のツートーンの服装が、目を引いた。

 「……?」

 もっと近くで、けれど不審がられぬように見てみようと、何気ない風を装って酒場の前に足を運ぶ。
 すると、予想外な場所から声がかかった。

 「……久しぶりだな、小娘。」
 「あぁ………やっぱ、あんたか…。」

 少年の背にかけられていた剣が、言葉を発した。別段驚くこともなく、苦い顔をしながら相手を見つめる。
 すると、その剣を背負っていた少年が「何か言ったか、星辰剣?」と振り返った。その流れで、少年と目が合う。

 「……………。」
 「…誰だ、あんた?」

 どうやら、近づく際に気配を消し過ぎたらしい。余りに近くまでいたため、少年が、その瞳に僅かな警戒を灯した。
 としてみれば、星辰剣に言われた「小娘」という単語と、今現在の自分設定が色々と反していたため、出来るならとっとと訂正してやりたい所だったが、そう警戒されては容易に言葉を発することもできない。
 が、どうやら少年には、彼の言葉は聞こえていなかったようだ。ホッと胸を撫で下ろしたが、次に、この少年にどう返答しようかと考えた。
 彼が何か下手なことを言う前に、手は打っておきたい。

 「あぁ、初めましてかな? 俺は、って言うんだ。」
 「……俺は、エッジ。」

 『俺』『』という単語を強調して、彼に釘を刺す。それで理解したのか、鼻を鳴らしていた。

 「……それで。俺に、なにか用なのか?」
 「いや、きみにって言うより…。」

 そう言いながら、チラリと少年の背に視線を向ける。きみがこっちを向いているから、相手の顔が見えないんです、とは言えない。
 さぁ、どうしよう。苦笑いしていると、星辰剣が少年の背中側から言った。

 「……おい、。」
 「ん?」
 「……演技の上手いことだな。ところで、こんな所で何をしている?」
 「あんたこそ、なんでこんな所に?」

 「………なぁ。」

 二人で話していると、エッジが口を挟んできた。星辰剣が「…小間使いは黙っていろ。」と言ったが、「小間使いなら、ご主人様の話の内容ぐらい、教えてもらっても良いだろ?」という冷静な返答。
 彼の所持者が、いつ変わったのかは知らないが、どうやら前所持者よりも現所持者の方が、彼の扱いには長けているらしい。そう思い、思わず吹き出した。

 『あの星辰剣が……ねぇ?』

 前所持者は、しょっちゅう彼と口喧嘩をしては、紋章でお仕置きされていた気がする。よくアフロになっていたような、いなかったような・・・・。
 そんなことを思い返していると、その考えを読んだのか、彼は言った。

 「おい、小僧! 何をニヤニヤしておる!?」
 「いや、だってさ。あんたが、そんな風に丸め込まれる姿なんて見たことないから…。」
 「貴様……仕置きされたいか!?」
 「いやいや、勘弁! っつーか……ぶふッ! ごめん、笑っちゃって! 本当ごめん!」
 「貴様ッ!!!」

 パリパリと放電し始めた彼に、慌てて両手を合わせて謝った甲斐あってか、どうやらお仕置きは勘弁してもらえたようだ。
 すると、またも横からエッジが口を挟んだ。

 「……あんた、星辰剣と知り合いなのか?」
 「えっ? あ、まぁ、知り合いというか、なんというか…。」

 知り合いだ、と一括りで言うことは出来たが、その後に聞かれるであろう「どういった知り合いなんだ?」という質問に、パッと思いつく嘘が見当たらない。
 しどろもどろになっていると、星辰剣が、とんでもないことを言い出した。

 「ふっ。こやつは、ビクトールのことも知っているぞ。」
 「ばッ…!!!」

 馬鹿! と怒鳴ろうとしたが、それより先にエッジが顔色を変えて「本当か!?」と食いついて来たので、思わず身を引く。
 自分の外見年齢は、紋章を得た21のままで止まっているため、15年も前に何故ビクトールと知り合いになれるのか、という突っ込みが来ると思っていた。下手をすれば、真なる紋章を所持しているのではと疑われてしまう。まぁ、誤摩化しはいくらでもきくだろうが・・・。

 しかし、目の前の少年は、思ったほど冷静でもなかったようだ。目を輝かせて「良かったら、ビクトールさんの話を聞かせてくれ!」と詰め寄ってきた。
 ・・・・なんか、よく分からないコンビだな。
 そう思いながらも、は、とりあえず少年の願いを叶えてやろうと思った。






 「───という、ビクトール伝説を聞いたことがある。」
 「へぇ…。やっぱり、ビクトールさんは凄いんだな。」

 言葉を上手く使い分け、自分が見て来たわけでなく『だったらしい』という含みを持たせて、エッジに話を聞かせてやった。
 隣に座る少年は、感動に目を輝かせながら「うんうん!」と話を聞いている。

 「他に、何かないのか?」
 「いや、俺の知ってる限りじゃ、こんなもんかな…。」
 「そうか…。」

 残念そうな顔をする少年は、年相応に可愛らしい。
 すると、それまで話すごとに「…ビクトールは使えん。」「…ビクトールは、使えん小間使いだった。」「ビクトールは…」と、逐一話の腰を折っていた星辰剣が口を開いた。

 「おい、。」
 「ん?」

 エッジの背中に回り込むと、彼に「耳を貸せ。」と言われたので、そっと耳を近づける。

 「あの吸血鬼も、この街にいるはずだ。」
 「……マジで? でも、なんで…?」
 「私が知るか。どうせ、あやつの気まぐれだろう。」
 「…そっか。んで、どこにいんの?」
 「だから、知るかと言っておるだろう!」
 「うわっ!? 鼓膜破れるだろ! いちいち怒んなよ。顔の皺が増えるぞ?」
 「貴様ッ…!!」

 お仕置きは勘弁願いたかったので「ごめん冗談。」と付け足すと、彼はパリパリさせることなく口を閉じた。そして、さり気なく情報を与えてくれたことに礼を言っていると、エッジが、ふと思い出したように呟いた。

 「そういえば、統一戦争の時って、あんた…」
 「さ、さてと! 俺は、そろそろお暇するぜ! じゃあな、エッジ、星辰剣!!」

 思わず声を大にして、盛大に手を振りながら猛ダッシュで逃げる。
 去り際、星辰剣に「ありがとね!」と呟いて。



 「全く………もっと、上手い演技をせんか。」

 不思議そうな顔のエッジの背中で、星辰剣は、ポツリともらした。