[守りたい]



 言葉を投げかけたのは、全身を黒で統一した金髪長身の男。ユーバー。
 彼は、一瞬目を細めたが、次に口端を上げて笑った。返すように微笑みながら、は内心ほくそ笑む。

 よく、分かっていた。ユーバーの心内を。この男が、自分を手元に置いておきたいと考えていることを・・・。
 自分を見つめるその男は、この右手に宿る紋章をいたく気に入っており、また大きな関心を寄せている。それは、150年来の友から言われていた事でもあったし、先日のアルマ・キナンでの一件でもよく理解し得た。思い出したくもないが、『口付け』という行為そのもので。
 それに嫌悪感しか湧かなかったが、彼が、自分を傷つけるような真似はしないということをよく現していた。

 それが、どれだけ卑怯で汚い手だと分かっていても、使わない手はないと思った。彼等の目的を知るために。彼等を止めるために。もう二度と無くさないために。
 彼等を守るために、この男を利用してやろうと思った。この男は、きっと自分の真意に気付いても、この手を拒むことはしないだろう。絶対に出来はしない。
 再開したあの時に、「探していた。」とすら言っていたのだから。

 もし、この世界に来たばかりの自分であったら、そう考えていても行動に移すことはなかっただろう。心の奥底で葛藤し、否と結論していたはずだ。
 だが、今は、それをせざるを得なかった。
 ・・・・・必要だったのだ。

 ふと、『いつから自分は、こんな汚い真似をするようになったのか』と、自嘲的な笑みが零れる。それを”守る”ためであり、自分を”納得”させるためだと飲み込むようになったのは?
 たぶん、それが『エゴ』と言われるものなのだろう。そう結論付けて、目を伏せた。エゴであったとしても、自分には、守りたいものがあるのだ。
 もう無くすのは嫌だ。置いていかれるのも嫌だ。大切な誰かを、これ以上失うのは・・・。

 その為ならば、ユーバーだろうが誰だろうが、全て利用してやろう。大切な者を救えるなら、どんな事でもしよう。どれだけの汚名も甘んじて引き受ける。それが、後の自分に枷をつけたとしても。それが、今の自分が望む未来なのだから。
 『代償』が必要だというなら、なんでもくれてやる。この命でも、この力でも。
 喜んで、全部くれてやるから・・・・・



 だからこそ、彼を見つめた。そして、その返答を待った。
 さぁ、取れ。差し出したこの『右手』を。
 お前は、絶対に拒まない。拒めないだろう?

 ゆらゆらと軽く振ってやると、ユーバーが、それを取ろうと前に出た。

 と、ここで、その思考を読んでいたのか、ルックが「ユーバー…。」と、小さな牽制をかける。けれど、は確信していた。この男が、自分を拒むはずがないと。
 自嘲か、それとも勝利の為の確信か、冷たい笑みを隠すことが出来なかった。
 そして己が予想通り、ユーバーは、彼の制止を無視して創世の宿る右手を取った。そして愛しい物を愛でるよう、もう片方の手でその甲をなぞる。

 それを見ていたルックの声が、途端、牽制から怒りに変わった。

 「ッ、ユーバー!!!!」
 「……いくら貴様でも、邪魔は許さん。俺はこいつを……手元に置く…。」

 それに臆することなく、ユーバーが、一つ笑って手を引いた。
 なんてことだ。思い通りになり過ぎて、思わず声を上げて笑いたくなってしまう。
 それを必死に抑えつけ、肩を震わせないよう自分が顔を伏せているとも知らずに・・・。

 すると、後ろから、ルカが声をかけてきた。

 「おい、…。」
 「ん?」

 視線を向ければ、彼は、張りつめたような顔。彼の言いたいことが伝わってくる。だから、それに安心させるように、小さな声で「…大丈夫だ。」と言った。
 彼は、まだ何か言いたそうな素振りを見せたが、どうやら信じてくれたのか、それ以上は何も言わなかった。

 と、一人の男と目が合った。赤い髪の白コートの男。この男は、確かカラヤクランの時にもいた。その理知的な目元が、深く印象づいている。
 男は、なにやら思案顔だが、それでも自分から視線を外すことはない。暫くそのまま目を合わせていたが、やがて男の方がすいと逸らした。
 そして、ルックに言った。

 「どうもこの場所には、炎の英雄の遺志が、強く残っているようですね………ここで戦うのは、得策とは言えません。セラ。」
 「…………はい。」

 交わされる会話を聞きながら、考えた。
 炎の英雄の遺志? この場で、何かあったのだろうか? あいつは、かつてここに居たのか?
 そう考えてサナに視線を送るも、何かのアクションが返る前に、セラがロッドを振るって転移魔法を発動させてしまった為、考えを切り替える。

 『塒に戻るのか』と思っていると、ユーバーに手を引かれた。白いコートの男とセラが、光に飲み込まれていく。それにならい、目を閉じて体の力を抜いた。するすると足下から飲まれる、その感覚。嫌いじゃなかった。
 ようやく・・・・ようやく、彼との会話が可能になる。『目的』を聞き出すことが出来るかもしれない。そう思うと、余計に力が抜けた。

 と・・・・

 全身が飲み込まれる直前、彼の言葉が聞こえた。



 「何故……何故、思うようにならない? それが、紋章の意思か……?」



 それは、嘆くように。行き場のない哀しみを、その場に置き去りにするように。
 彼のその言葉が、心の中で木霊した。

 『この世界の理は……………いつだって………残酷なんだよ……。』

 とぷん。
 委ねた意識の中で、そう思った。

 けれど、そう思う自分が・・・・・・・・・・嫌いだった。