[別離]
「久しぶりに戻って見てみれば、あんたらはいないし、レックナートさんは、酷く気落ちした様子だし…」
「………レックナート様が?」
「あんた、分かってんでしょ? あの人は…」
『視えているから、何も言えない』
そう言おうとした。けれど、心のどこかで別の自分が「言うな」と歯止めをかける。口にしてはいけないよ、と。そう言ってしまえば、”現実”になってしまう気がしたからだ。
「あの人……は…」
「……?」
呼ばれて、我に返る。
そうだ、違う。そんなことを話すために、自分はここに来たワケじゃない。
軽く頭を振り、逆に彼の名を呼んだ。
「ルック。さっきの質問に答えて。なんで、私には言えないの?」
「………確実に、きみが『邪魔』をしてくると分かっているからだよ。」
「ふーん…。ってことは、私が邪魔しようとするような『悪事』を、あんた達はやろうとしてるって事だよね?」
いい終えると、テーブルについていた自分の右手に、彼が触れた。そして手袋を外すと、露になった大地の紋章を目にし、僅かに顔を顰める。
その、あの頃とは違ってしまった表情に、少しだけ目を伏せた。
「………もう、話すことはないよ。」
「ルック…。」
顔を上げて、目を合わせた彼。はっきりとした、久しぶりの交錯。
その変わらぬ瞳の色に安堵する自分がいる。家族であり、唯一無二の弟でもある彼。自分を映すペールグリーンは、同じく安堵を灯しているような気がした。けれどそれも一瞬で、すぐに”意志”という強い色に変化する。
「僕は、きみから帰るという返事が貰えないなら、それを教えるつもりはない。」
「なんで…」
「……分かったら、早くここから去るんだ。」
先ほどの安堵から一転、その口調は、どこまでも突き放す色を帯びていた。だが、ここで引き下がるほど、自分は大人でも寛容でもない。他ならぬ彼の命がかかっているのだ。
だからその手を握ると「帰ると思う?」と言った。けれど彼は、それにため息をつくばかり。
次に彼は「セラ。」と言った。すると、部屋の外に待機していたのか、彼女が部屋へ入ってくる。それと入れ違いに退室しようとする彼を見て、思わず声を荒げた。
「待ちなよ、ルック! 話、まだ終わってないでしょ!!」
「…………、最後の忠告だ。これ以上きみが、この件に関与するなら……………僕も容赦はしない。」
「ルック!!」
それは、警告だった。彼は、暗に『身を引かなければ、相争うことになる』と言っているのだ。そして、それが別れの言葉なのだと、そう聞こえた。
でも、駄目だ。いけない。彼を、このまま行かせては・・・・。
力づくで連れ帰ることは可能だ。しかし、ここはハルモニア。何十年も前に、この国に味会わされた苦い記憶が、今でも鮮明に蘇る。
ここで何も出来ない自分が、歯痒く思えた。無理に連れ帰っても、彼が納得出来ないのなら意味がない。また同じことを繰り返すなら、連れ帰る意味すらないのだから。
自分は、ここで、何をすれば良い?
何が出来る?
このまま行けば、命を落とす彼に、なにが・・・?
さぁ、今すぐ、ここで答えを出せ!!
・・・・・・・・・・あぁ、なんだ。簡単じゃないか。
「私が………………変えるよ………。」
言葉にした。その呟きが聞こえたのか、その場で俯いていたセラが顔を上げる。
目を閉じた。そして『絶対に!!』と心に決める。
「セラ…。」
「……はい、ルック様。」
「を、ビュッデヒュッケ城へ送ってやってくれ…。」
「……分かりました。」
同時に、彼女が、転移を使うべくロッドを一振りした。
だが、それを目で制止すると、ルックに言った。
「ルック。」
「………。」
扉に手をかける彼。振り返ろうとしないその背に、は、不敵な笑みを作り、ありったけの皮肉を込めて言ってやった。
「それなら……とことん邪魔してやるからね。あんた達の邪魔して、邪魔して、邪魔しまくって……………………”運命”を、変えてやる。」
そう言ってやると、彼は、返事こそ返さなかったが、その決意表明ともいえる意思を受け取ったのか僅かに俯く。
「言っておくけど……私が邪魔するんだから、それ相応の”覚悟”はしておきなよ。今度ばかりは、ゲンコツぐらいじゃ済まさないからね。」
満面の笑みを見せて、セラを促し、転移でその場を後にした。
セラと共に、彼女が姿を消した後。
結局、ルックは、その広い部屋から出ることはなかった。
その手は重厚な扉にかけられたままだったが、暫く、そこから手を離して踵を返す。
転移の光がもうそこには無いと、分かっていた。けれど、それを使用しただろう名残が、僅かに残されている。
今しがた、彼女と会話していたテーブルに、ゆっくりと歩み寄る。そして、それまで彼女が座っていたチェアに腰掛けて、両手で顔を覆い項垂れた。
「………………僕は……。」
青年という位置には届かぬ、不老という名の境界線。
それを”人工的”に具現化されたその肩は、小刻みに震えていた。
「きみには…………きみにだけは………─────……。」
最後に呟かれた、言葉。
それは、広過ぎるこの部屋の前では、型もなく掠れ去る。