全てを創り 巡り与えし創世
 全てを滅し 無へと奪いし終世

 汝

 無より 全て 創り出し
 有より 全て 滅せる者よ

 目覚めは近い
 眠りは遠い

 汝

 未だ有り続けることぞ 宿命が故・・・・



 [見果てぬ夢]



 揺れる。漂う。流される。
 ゆらゆら、ゆらゆらと。

 何も、何も知らぬままで・・・・。

 意識を開き、虚ろな停滞の中で、その身を任せる。
 意識だけの世界。
 そこは、闇────否、無こそが統べていた筈の、全ての源。

 そして、そこには・・・・・・・・・・・闇があった。
 だが、余りにも重く長い孤独に、ついに闇は涙を零した。
 その涙から、剣と盾という兄弟が生まれた。
 剣は「全てを切り裂くことが出来る」と言い、盾は「如何なる者にも傷つけられない」と言った。
 それ故、兄弟は、戦うこととなった。

 戦いは、七日七晩続き、とうとう剣は盾を切り裂き、盾は剣を砕いた。
 剣の欠片が降り注ぎ、空となった。盾の欠片が降り注ぎ、大地となった。戦いの火花は、そのまま星となった。
 そして、剣と盾を飾り立てていた、27の色とりどりの宝石は『真なる紋章』となり、世界が・・・・・・・全てが廻り始めた。

 それらを司るのは、やはり全てを生み出し、またそれを無へと還す者。
 ただ一つの『存在』であった。



 ────  ────



 名前を呼ばれた。昔、捨てた名を。
 その名を知る者は、この世界に3人しかいない。
 一人は、バランスを司る者。一人は、自分が唯一愛した者。
 そして・・・・・

 「な………に……?」

 本で読んだ。この世界の創世にまつわる話を。
 意識の世界でそれを逆流し、それに意識を引き寄せられる。
 27の宝石が、兄弟が、涙が、闇が・・・・・・・通り過ぎて行った。

 次に現れたのは、何者でもなかった。
 声は、”声”のみを、己の意識に響かせる。



 ────  ────



 「声………どうして……?」



 ──── 思い…出して ────



 「なにを………思い出す…と……?」



 ──── ………を ────



 「聞こえ……な…い……。」



 ──── 風を……救いたいのなら… ────



 「…か……ぜ…?」



 ──── その先を……閉ざさぬために ────



 「あた……し………は…。」



 ──── 思い出せ ────






 「──い……おい…。」
 「ん……。」

 軽く頬を叩かれた。覚醒を促すように。それと共に、意識が現実へ舞い戻る。
 目を開けてまず映ったのは、すぐにも雨が降り出しそうな厚い雲。
 視線をずらせば、見慣れた男が自分を見下ろしている。

 「……ユーバー?」
 「ククッ……俺では、不満か…?」
 「いや…別に…。」

 そういえば、と。先ほど気を失ったことを思い出す。慌てて辺りを見回すが、すでにルックとセラの姿はない。
 ゆっくりと身を起こし、傍で片膝をついているユーバーを見つめた。彼は、なにが可笑しいのか口元を緩ませながら、じっと自分を見つめている。
 声に抗いきれなかったのが悔しくて項垂れた。どうしてこんな時に限って、と奥歯を噛み締める。

 「やっぱ……駄目だったかぁ…。」
 「…まさか、あそこで倒れるとはな…。その紋章か…?」
 「……私としてみれば、あんただけをここに残してどっか行っちまったあの子に対して、心外この上ないよ。」

 ユーバーを自分に近づけさせたくないはずなのに、どうしてわざわざ二人きりにする必要があるのか。遠回しにそう問うと、彼は、何も言わずに鼻を鳴らした。その姿が、ふとルカに重なって、思わず笑ってしまう。

 「なんだ…? 何が可笑しい…?」
 「ふふ、なんでもないよ。」
 「…?」

 頭痛は、既に治まっていた。しかし名残があるため、右手で体を支えながら左手を側頭部にやる。目を瞑ると、ズ、と鈍痛が走ったが、それには気付かないフリをした。
 と、彼が手を差し出してくれたので、それに甘えて立ち上がる。だが、軽くよろけてしまった。咄嗟に支えてもらったが、その手がなければ転倒していただろう。

 「……ありがとう。」
 「ククッ…。俺は、いつでも構わんぞ…。」

 自分の右手袋の奥に隠れる紋章を愛おしげに見つめて、彼はゆるりと笑う。相変わらず顔だけは綺麗だな、と思いながらその手を離す。名残惜しそうに、彼が僅かに眉を寄せたのだが、その表情もまた冷たい美しさを秘めていた。

 「でもさ。何であいつは、あんたをここに残したの?」
 「さしずめ……見当は、ついているんじゃないか…?」
 「…でもさぁ。それって自惚れになるんじゃないかなー、って思ったから…。」

 彼も、見当はついてるらしい。口端を上げてニヤリと笑っている。
 あぁ、やっぱりそうなのかな。困ったように笑った。

 「心配………してくれたんだよね。」
 「………。」
 「でも、だとしたらさ……すごい嬉しいよ。」

 心配だけど、傍にいることは出来ない。
 ルックがそう思い、ユーバーを置いていってくれたのだと考えて、何だか嬉しくなった。

 これまで、十数年も傍にいた者が、目の前で倒れた。けれど、己の立場によってどうしても傍にいることはできない。
 でも彼は、きっと心配してくれていた。もしかしたら、その選択肢の中に『セラ』がいたのかもしれない。しかし、セラのこれまでの様子を見ていた彼は、彼女を選ばなかった。

 区切るなら、今の自分は、彼等にとって『敵』だ。その自分が『徹底的に邪魔をしてやる』と言い切った以上、彼等にとっては脅威でしかないだろう。
 思想を違えた事で、在籍する場所も、それと呼ぶに相応しい位置づけになった。故に彼は、『信用はならないが、一人にするより己の心も休まる』という意味合いで、ユーバーを置いていってくれたのだ。
 照らし合わせてみれば、彼が自分を心配してくれていたのだ、という結論に辿り着くことが出来た。

 「あの子は、やっぱり優しい子だ…。」
 「……ルックがか?」
 「うん、そうだよ。ひねくれたフリしてるけど、本当は、誰よりも優しい子なんだよ。あの子の事は、私が一番よく知ってる。だから反対に、誰よりも傷つきやすい子だって事、私はちゃんと分かってる。」
 「自身を『悪鬼』と称していてもか……?」
 「…悪鬼? ……あの子が? そんなこと言ったの?」

 彼の言葉が、耳に残った。
 悪鬼? あの子が? あの子が、自分で自分をそう称したのか?
 視線で問うも、彼は、答えることはせず俯いた。

 「ユーバー?」
 「………俺としたことが………いかんな…。」
 「意味分かんないんだけど?」
 「クククッ…。」

 クククじゃねーよ。内心悪態をついてみるが、どっちにしろ彼が答えることはないのだろう。突っ込むだけ無駄だ。
 彼は「…俺は戻る。」と言い、背を向け手を掲げた。その背に静かに声をかける。

 「ユーバー、ごめんね。迷惑かけた。それと、どうもありがとう。」
 「…お前ならば……いつでも…。」
 「あぁ、それと…」
 「………?」

 「あのクソガキに、伝えといてくれる? 『あんたは優し過ぎるから、私が徹底的に邪魔してやるよ。それで借りはチャラだ』ってさ。」

 「どういう意味だ…?」
 「そのまま伝えてくれれば、あの子なら、分かると思う。」
 「……ならば、お前は、俺とも敵対することになるぞ…?」
 「ふふ、大丈夫だよ。あんたは、全然恐くない。それにあんた、私を殺せないでしょ?」
 「…………。」

 クスッと笑い手を振って、右手を掲げた。目を閉じ転移の光に身を任せる。
 去り際「またね…。」と呟いて。






 「またね、か……。」

 彼女の去ったその場所で、一人ごちた。
 その言葉は、時として儚く、また時として大きな────神がかった者の言葉のようにも聞こえてくる。
 『また』と言うことは、すなわち、先ほど彼女が言っていたように『また邪魔をしに行くから待っていろ』ということだ。自分達の目的を。

 ユーバーは、眉一つ動かさず、そこに佇んでいた。
 むしろ「また」というその言葉に、胸を満たすほどの喜びを感じた。そこに情など存在しない。あるのは、彼女を支配し、彼女に支配されたいという、渇望にも独占欲にも似た感情。

 「俺は、いつでも………お前を待っているぞ……。」

 それは期待であり、願望であり、また欲望でもあった。

 ポツリと空から雨が降り出した。
 それは、己の中の混沌や憎悪、そしてその中で蠢き続ける渇きを表すように、次第に激しくなっていく。

 「……。俺は、お前を………殺したいほど……………愛している。」

 既に、ここにいない女を想いながら。
 悪鬼と呼ばれる男は、目を閉じて、憎悪という名の甘美なる情を込め呟いた。