[影落ちる]



 四面楚歌、とはよく言ったものだ。
 口元をピクピク引き攣らせながら、は、自室への道をダッシュした。

 炎の英雄の待つ地にて居合わせた、あの面々。そしてルシアにアップル。これで逃げられるはずがない。
 だが先の状況を思い返し、あの八方塞がりの中でよくぞ抜け出せたものだと自分を褒めた。自画自賛ゆえ、虚しいだけだったが。
 あれは、ひとえにトーマスのお陰だろう。セシル同様、あの空気を読まない性格あってこそ、自分があの場を切り抜けられたのだから。自分をあの場に呼び出したのも、彼であったが・・・・。

 炎の英雄の待つ地でルック達に付いて行った、という件もある。ここには、そう長くいられないだろう。そう思いながら、とりあえずルカと作戦会議でもするか、と二階への階段を上がりきった所で、後ろから大きな声がかかった。

 「待って下さい!!」
 「ゲッ!」

 ようやく解放された、との予測とは大幅に異なっていた。アップルが、軍師らしからぬ猛ダッシュで階段を上ってきたのである。息が切れている所を見ると、やはり運動不足らしい。
 思わず声に出してしまったが、どうやら彼女には聞こえなかったようだ。だが、ホッとしたのも束の間。彼女は、胸に手を当てて呼吸を整えていたが、ある程度落ち着くと笑顔になった。

 「はぁ…はぁ……。あの、少し……私と、お話ししませんか…?」
 「…申し訳ないけど、俺は、これから用事が…」
 「あら、そうですか。それなら、あなたの素性を皆さんに明かしてしまっても、構いませんか?」
 「……あんた、性格悪いぞ。」

 あなたの正体が分かりました、とでも言いたげな笑顔に思わず毒づいてみたものの、彼女の言葉の中に『話してくれれば何も言わない』といった意図が見え隠れしていたため、とりあえずため息をつく。
 そして「とりあえず、こっち来てくれる?」と言いながら、彼女を連れて外に出た。






 対話する為に選んだ場所は、レストランから離れた位置にある湖沿い。
 この場所は、意外と知られていなくて、まさに穴場と言っても良い。神経が疲れてしまった時や一人になりたい時、自分が必ず来る場所だ。
 だからここを選んだ。今日は、少し疲れていたからだ。

 短めに茂る緑を踏みしめて、岸沿いに立つ。彼女もそれに続き、隣に腰下ろした。
 風は無く、時折魚が跳ねる以外は、湖面も静かで穏やかだ。

 先に口を開いたのは、彼女だった。

 「聞いても……良いかしら?」
 「どうぞ。つっても、バレたってだけだろ…。」

 怒ったような口調で言うと、彼女は、クスッと微笑んだ。

 「あなたは……さんですか?」
 「んー。どう思う?」
 「もう! 真面目に答えて下さい!」

 最後の抵抗というわけではないが、冗談めかして言ってやると、彼女が盛大に顔を顰めた。相変わらず、真面目なところは変わらない。お固いなぁ、と口にして続けた。

 「……正直、あんたが、ここに居るとは思ってなかった。」
 「やっぱり……さんだったのね。」

 この時点で、彼女は、自分が『真なる紋章を持っている』ということを認識したはずだ。そもそも、それは彼女の頭が良いとかそういった問題ではなく、この世界の住人ならば『老いることのない原因』が一つしかないことを知っているから。
 なにより彼女は、15年前も、18年前も『それ』を所持する者たちをその目で見てきている。

 自身、諦めていた。彼女相手にシラを切ることも、騙し通せるとも思っていない。彼女は聡明であるし、なにより、かの有名なマッシュ=シルバーバーグの弟子だ。気付かぬはずがない。
 が、諦めと同時に思ったことは『彼女が口外することは、まずない』という自信だった。彼女は信じるに値する。なぜなら『仲間』だったのだから。

 「……まぁ、ワケありでさ。」
 「あなた自身を……女性という事を偽ってでも、隠さなくてはならない事情が?」
 「…うん。私には、こっちに何人か知り合いがいる。まさか、あんたがいるとは思わなかったけど、あんたも、まぁその内の一人だったってだけで…。」
 「でも、どうして男装をしてまで?」
 「……色々だよ…。そう、色々…。」

 答えながら自嘲気味に笑って見せると、彼女が黙り込む。その表情を見るに、何か考えているようだったが、やがて躊躇した後に問うて来た。

 「そういえば、ルックさんは…?」
 「あぁ、アップル…。もしかして、俺とあいつが、いつも一緒とか思ってない?」
 「だって、15年前は、いつも一緒にいたじゃない。」
 「……皆、そう言うな。なんでだろ? 意外とそうでもなかったんだけど…。」

 彼の話題に触れられた瞬間、眉を寄せてしまったが、どうやらバンダナのお陰で免れたらしい。瞬時にそれを笑顔に切り替えた。
 しかし、話題を逸らそうという策も彼女には通用しないらしく、再度同じ質問をされてしまう。

 「それで……ルックさんは?」
 「…さぁ?」
 「さん。」
 「俺、いま言ったよな? いつも一緒にいるわけじゃないって。」
 「でも…」
 「あいつ、未だに反抗期みたいでさ。家出しちゃったんだわ。それで俺は、師匠に頼まれて捜索中。……これで良いか?」

 それ以上の追求は、許さない。そういう意思を持って、彼女に視線を向けた。
 我ながら、面倒臭い答え方をしたものだ。そう思ったが、口に出してしまった以上、撤回はできない。もちろんするつもりもない。本当のことなのだから。
 しかし、それ以上の問いは許さない。言外にそう伝えると、彼女は「そうなの…。」と言って口を閉じた。

 「…それで、どうする? あんたの仲間に、この事を話す?」
 「話す…、と言ったら、あなたはどうするの?」
 「そうだなぁ…。言われるのは、面倒になるから嫌だけど、どうするかは任せるよ。」

 笑いながらそう言うと、彼女は驚いた顔。
 だが、彼女が誰に言おうが言うまいが、自分達にとっては、活動拠点が変わるだけで大差ない。思い切って言ってしまえば、国外からルック達の動向を探るということも出来なくはないのだ。
 しかしその場合、自分の紋章が感じ取る以外の情報が入る事は殆どないだろうし、最終的には、力技のゴリ押しのみで彼等を阻止する事になるだろう。
 やり幅は狭くなるが、自分の気持ちとして、最終的な目的は『彼等の行おうとしている事の阻止』なのだから、実は、場所がどこであろうと関係ない。
 極論になるが、この城の者達との関係が無くなるだけのこと。ただ、この軍団から去り行くだけのことだ。

 思わず笑みが零れたが、それは自嘲だ。
 するとアップルが、言った。

 「……私が、喋らないと思っているの?」
 「いーや? あんたが喋っちゃうってんなら、俺は、直ぐにでもここから消える。喋らないでいてくれるなら、ここに残る。それだけの話。」
 「…………。」
 「まぁ、どちらにせよ……そう長くは、居られないだろうけどね。」

 正体をバラされれば、真なる紋章を持っているという事が露見する。それを知られることは避けたかったが、仮にもしそうなってしまったら、それはそれで仕方がない。
 そういう意味を込めて言ったのだが、ふと、別の言い方を思いついた。あぁ、これならまだ手があるな、と言葉にする。

 「『アップルの事を信じてる!』って言い方をした方が……喋りづらくなる?」
 「………ずるい人ね。」

 彼女の優しさを揺さぶる。すると、パチンと肩を叩かれた。
 この様子なら、大丈夫。彼女は、絶対に誰にも言わない。

 「まぁ、本音を言えば……俺達は、出来ればこっちにいたい。その方が、俺達にとっては有利なんだ。でも、駄目なら駄目で、別に良いよ。」
 「もう、意地悪ね! 誰も駄目とは言ってないでしょう?」
 「…さっきも言ったように、俺のことを知る『当時の戦争参加者』が、絶対にこの地にいると思った。だから、こういった格好してるだけで…」
 「っ…もう! 分かったわ。言わない!絶対に、誰にも言わないわ!」

 ありがとう、と笑って見せると、彼女は口を尖らせ膝をかかえた。この15年で随分と大人びたものだが、まだ少女のような仕草が残っている。可愛らしいもんだと笑えば、また肩を叩かれた。

 それから、暫く沈黙が続いた。それが心地良く思えた。
 ふと視線を移せば、彼女は、また何やら考えにふけっているようだった。邪魔をしては悪いかと思い、視線を戻そうとすると、「あの…」と呼ばれた。

 「ん? どした?」
 「聞きにくい……ことなんだけれど…。」
 「……聞けばいいよ。答えたくないなら、黙るから。」
 「そう……それなら……。」

 ス、と控えめに指差された場所。自分の右手だ。
 彼女の意を捉え、手袋を外した。周りに人気は無い。誰も居ない。
 それなら、と。

 「それは……?」
 「これの名前は、言わない。一応、ハルモニアにも追われてる身だからね。でも……これは、真なる紋章の一つだよ。」

 大地の紋章を押しのけ顔を出したそれを見て、彼女は俯いた。

 「そう…。そう、だったのね……。」
 「まぁ、そういうことだから。ついでに、これも内緒にしといてくれる?」
 「……分かったわ。」

 固く約束してくれた彼女に「ありがとう。」と述べて、手袋をはめた。
 とびっきりの笑顔を見せて。

 けれど・・・・・



 アップルが、自分の笑みを見て”壊れそうな儚い笑みだ”と感じていたことを、自身、知る由もなかった。