[不変]
「そういえば……どこと戦争なんだ?」
知っていたが、あえてそう問うた。今は、何も知らないフリをしていた方が良い。そう思ったからだ。
すると彼女は、即座に答えた。
「ハルモニアです。」
「へー、そっか。」
「50年前にも、ハルモニアは、グラスランドに侵攻したというのが…」
「…知ってるよ。というより、俺は、当時その場にいたからな。」
「…………。」
バレてしまったのなら仕方ない。ルックのこと以外、もう隠すこともないだろうと思い、そう言ってのけた。おおよその年齢が露見したとしても、こちらには何の不利もない。なにより彼女は、真なる紋章を宿す者を、自分以外にもその目で見て来ているのだから。
「それなら…、炎の英雄にも会ったことが…?」
「あー、あるよ。」
「あなたは、当時の戦争に参加していたの?」
「…してた。まぁ、ちょっと…色々事情があって、殆ど参加してないに等しかったけど。」
「そう……。」
あの頃は・・・・そう。旅をしていた。”彼”と二人で。
この地は、目的地への通過点に過ぎなかった。
『炎の英雄』と呼ばれる、あの男に出会うまでは・・・。
「知っているかしら? この地で、再び『炎の運び手』が集ったことを。」
「……あぁ、そうか。」
また、『運び手』として結成されたのか。名称もあの時のままで。事情や人こそ違えど、この地でそれが再び結成されたということには、きっと意味がある。
ならば自分達は、それこそこの場に留まるべきだろう。目的こそ違えど、相手にするべき者は、きっと同じになるだろうから。
「それなら、俺も………参加するべきなのかな。」
「え…?」
「事情があるって言っただろ? 運び手に参加するかどうかは、個人の自由だ。それにハルモニアには、大昔、相当酷い目に合わされたからな。」
理由等いくらでもつけられる。後付けなど簡単だ。しかし、本筋として表明しておくべきことは、やはりこれだろう。
悪戯っぽく肩を竦めながら言うと、彼女は困ったように眉を寄せた。
だが、突如上がった第三者の言葉によって、その会話は中断されることになる。
「……私は、反対だ。」
「……………。」
「ル、ルシアさん…。」
気配を消して近づいていたのか、それとも、自分が話に夢中で気付かなかったのか。後方にルシアがいたことに、は、思わず頭を抱えた。
どこだ? どこから聞いていた? もしかして、最初から?
・・・いや、それはない。アップルに紋章を見せる前に、辺りを確認した。
その時、彼女はいなかった。
ゆっくりと、ルシアが近づいてくる。
「聞けば、貴様…。あの黒ずくめの男に、自分を連れて行けと言ったらしいじゃないか。」
「えっ!?」
アップルが驚きの顔。は、何も言えなかった。
黒ずくめの男とは、ユーバーのことだろう。そして、それを目撃していた者は、あの時何人もいた。もしかしたら、あのカラヤの少年が、ルシアにそう告げたのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。問題は、彼女をどう説き伏せるかだ。自分を見つめるその瞳は、疑惑、侮蔑、射抜くような光を帯びている。
「……否定はしない。」
ゆっくり、そう答える。
「騙されるな、アップル。その男は、奴らのスパイだ。」
「…ヒューゴ、だっけか? あの子から、あの時の話を聞いたんだろ? そうだ。確かに連れて行けと言ったのは事実だ。でも、俺は……あいつらのスパイなんかじゃない。」
「ふん、どうだか……。」
鼻で笑いながらも、睨みつけることを止めない彼女。
内心、どう話を持っていくか考え続けていた。先ほども述べたように、別にこの場所でなくとも、ルック達の気配を探ることは出来る。場所が変わろうとも、彼が紋章を使用すれば、それだけで居場所が分かるのだから。ここではなくとも構わないのだ。
自分が『宿星』に入る事は、決して無いのだから・・・。
けれど。
『彼等の何人かは、知り合いだ』、『だが、自分は、決してスパイではない』。
そう言い切ったとして、彼女が納得するだろうか? 答えは否だ。城主にすら、自分の素性を明かしていないのだ。
これは最悪な展開に転がるか、と半ば諦めかけていた時、それまでじっと成り行きを見ていたアップルが、穏やかな口調で彼女に言った。
「ルシアさん…。私は、さんを信じます。」
「……ほう、何故だ?」
「それは…」
「アップル、もういいよ。」
もういいから、と付け足して、彼女に首を振ってみせた。
それもそうだ。ただ『信じる』と言うだけで、いったい何人が納得するか。軍師と銘打ってる以上、相応の情報と説明がなければ、彼等を納得させることなどできまい。
だからもういいんだよ、と笑った。しかし彼女は、どうやら『仲間を侮辱された』という気持ちがあるらしく、小さな途切れそうな声で続けた。
「っ私は……さんの事を、知っていますから…。」
「…ほう? だが、それだけで私が納得すると思うなよ。」
「っ…、さんは、私達を裏切るような真似は、絶対にしません!! 昔、一緒に戦った『仲間』なんですから!!」
時が止まった・・・・・かに見えた。
ここで、ようやく理解した。先ほどから、自分ではなくアップルを煽るような口調に、ようやく感じていた違和感の正体に思い当たったからだ。
アップルの最後の一言。それに待ったをかける暇もなかった。
額に手をやりため息をつくのと、彼女が「あ!」と小さな声を上げたのは、同時。彼女は、暗に自分が『15年前の戦争に参加していた』と、ルシアに告げてしまったのだ。
フッ、とほくそ笑んだのはルシアだ。上手く乗ってくれたな、という笑み。
アップルが、自分が真なる紋章を所持し、歳を取らないことを隠したかった秘密をあっさりと露見させ、あまつさえ本名までバラしてしまったのだから。
「アップル………まったく。」
「ご、ごめんなさい……私…!」
「…いや、もういいよ。気にすんな。これは、もうしゃーないわ。…軍師っぽくはないけどね。」
「ほ、本当に……私……ごめんなさい!!」
どこか冷静な自分がいて『アップルがオロオロしてる』なんて思っていた。呆れを通り越して、開き直ってしまう。バレたなら仕方ない。もう完全に、開き直るしか道は無いのだ。
腹を括り、笑顔でルシアを見つめた。
「そういうわけだよ、ルシア。久しぶりって言った方が良いかな?」
「………本当に、あのなのか?」
「うん。あ、それなら……………っと。これで良い?」
そう言いながら、辺りに人気がないのを確認してバンダナを取った。自室にいる時以外、決して外す事のなかったバンダナを。彼女達に、自分の顔をはっきりと見せた。
顔を見た彼女達は、すぐに視線を伏せた。何も変わっていないと、そう思ったのだろう。
何も・・・・・・あの時の、15年前のままの自分の姿を見て。
昔と変わらず、本当に何も変わらないままの自分に、彼女達は閉口していた。真なる紋章というものの恐ろしさを、改めて認識したのかもしれない。
実際、それを宿した者と知り合い、年数を経た後に再開した時、皆がそれを実感するのだ。閉口し、脳に『不老』という存在を刻み付ける。
苦笑して、「分かってもらえて、何より…。」と言い、またバンダナを巻き付けた。
驚かれることに少しだけ寂しさを感じたが、それを顔に出すことは、決してしない。そんな顔をしてしまえば、彼女達を苦しめることだけは、分かっていたのだから。
だから・・・・そんな顔をしないでよ。あの時みたいに、笑ってよ・・・。
なんだか哀しくなって、思わず戯けて見せた。
「あぁ、そうだ! まだ、あんたに『入って良いよ』って返事、もらってなかったよね?」
「…………。」
「さん…。」
あぁ、やはり二人は笑ってはくれない。先の態度が余りに不躾過ぎた、という反省の色を取り去ってはくれない。そんなこと、自分は、欠片も望んではいないのに・・・。
「まぁ…、例え入れたとしても、私は、戦闘や戦争に出る気はないけどね。」
「……どういうことだ?」
「言葉のまんまだよ。私は、この地に『目的』があって来てる。この戦争の優先度は、私にとっちゃ二番目だ。私の最優先は、その『目的』の方だから。」
その次に来るだろう質問に、どう答えるべきか。正直迷った。
しかし、その迷いに乗じるように、ルシアが問うて来た。
「目的とは……なんだ? 破壊者と呼ばれる奴らか?」
「いや、違うよ。」
嘘は、意外過ぎるほどすんなり口をついた。
「それなら、何故、奴らと共に行くような事をした?」
「……『目的の人物』に会えるかもしれないと思ったから。でも、見当違いだったから、戻って来た。」
「ッ、その目的は、なんだと聞いている!!」
話し合いにならないと踏んだのか、ルシアが怒鳴る。しかし、こればかりは言えない。アップルが傍にいるからだ。先ほど『家出少年を捜し中』と言ってしまったのだから、破壊者が目的とは、口が裂けても言えないのだ。
「しょうがないなぁ……。目的は、『弟を捜す』こと。」
「…は? 弟だと…?」
「そうだよ。まぁ、血は繋がってないんだけどね。ムカ可愛い弟、兼兄弟子だよ。でも未だに反抗期みたいでさ。『家出しちゃったから、捜して来い』って母さんに言われたから、捜してるんだよね。んーで、破壊者の中に一人知り合いがいる。ユーバーって奴。アップル……あんた、あいつを知ってるだろ?」
「え、えぇ…。」
ここで、取りあえずユーバーの名前を出しておく。
「弟は、昔、あいつと一回ガチで勝負してる。デュナン統一戦争の時にね。だからあいつなら、もしかしたら弟の居場所を知ってるかもしれない、って思ったんだ。だから、一緒に行った。」
「……安易だな。そんな話を、私が信じるとでも?」
「思ってないよ。でもそれが真実だから。これ以上は、何も話すことは無い。」
首を振って、そう伝えた。それ以上は言わない。
もしかしたら、言う必要があったのかもしれない。でも、それでも言えないのだ。
「貴様……弟が見つかれば、このグラスランドが、ハルモニアに侵略されても構わない言うことか?」
「…そういう意味じゃない。」
「それなら、何だというのだ?」
「私が、最も優先すべきは、弟の捜索だよ。生憎、ハルモニアにも居ないみたいだし…。それに、無事に弟が見つかったなら、本腰入れてここで戦ってやっても良い。力を貸すと約束する。さっきの話もそうだけど、それを信じる信じないは、あんた次第だよ。」
「…………。」
じっと、ルシアの目を見つめてそう言った。
ルックの説得に成功して、もし彼が戻ると言ってくれたなら、本当にグラスランドの為だけに戦っても良いと思ったからだ。
すると、アップルが言った。
「ルシアさん。私は…彼女の事を信じています。お願いです…。信じてあげて下さい。」
「………ふん。軍師サマが、そう言うのなら、私は構わない。」
まぁ、味方ってわけでもなさそうだけどね、と呟いて、彼女は踵を返した。
それに「ありがとう。」と返すのが、今の自分の精一杯だった。
自分は、彼女達を裏切ることになるのかもしれない。
真実を隠し、嘘をつき、彼等を止める為にこの場に居続ける。
家族愛おしさから・・・・・。
もしかしたら、何も告げずに姿を消した方が、良かったのかもしれない。
正体をどこまでも隠して、逃げるべきだったのかもしれない。
誰にも頼らず、只一人で、”運命”に”挑む”べきだったのかもしれない。
そうすれば、後になって、誰も傷つかずに済んだのかもしれないのに。
ただ自分だけが、苦しむだけで・・・・・。
けれど、その先を”今”理解出来る者など、どこにもいなかった。
そう、何処にも・・・・・・誰にも。
にも、ルシアにも、アップルにも、誰にも・・・・。
それは・・・・・・・・”運命”と呼ばれるものでさえ。