[雨の中]
それから、ずっと雨に打たれ続けていた。空を見上げて、見えるはずのない『友』の名を繰り返し呟きながら。
だが、ずっとここに居れば、真なるそれを持つ自分であっても流石に風邪を引くのではないのかと考えて、苦笑しながら空から視線を外す。
頭も冷えた。そして、今の自分がすべきことも見えた。
ワイアットが高速路へ行った、という情報。それを思い返し、右手を掲げる。
だが、光が落ちる直前に、別の場所から違う光が現れた。その光の主が誰であるのかは、すぐに分かった。ルカだ。
上げていた右手を下ろし、光の中から現れた彼に声をかける。
「…あんた、どこ行ってたの?」
「何故、貴様がここにいる?」
「ちょっとね…。出かけようかと思ってさ。」
「……何処へだ?」
首をポキリと鳴らしながら笑んで見せると、彼は、訝しげな顔。もしかして、自分の紋章の能力を忘れているのだろうか?
「どこって……あんたが、今さっき行ってた所だよ。」
「俺が何処に行ったのか、分かるとでも言いたげだな。」
「はぁ……”共鳴”の効果は、前にちゃんと教えたよね?」
「……ふん。」
共鳴した相手ならば、いつでも居場所が分かる。そう遠回しに言うと、彼は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
それじゃあ行って来るよ。
そう言いかけた時、彼に引き止められて、思わず眉を寄せる。
「おい、。」
「あんた……ここに、誰もいないのは分かってるけど、って呼んでよね…。」
「……。」
「ん?」
気持ちとして言えば、早くワイアットの後を追いたかった。
しかし彼は、それを引き止めるように小さな声で言う。
「……ワイアットから、伝言だ。」
「あいつから…? なに?」
「………『生きてくれ』。そして……………『泣くなよ』と……。」
「!?」
やはり彼は、ワイアットと会っていた。そう理解する。
そして、彼を通して宛てられた言葉は、はっきりと自分へ示した『遺言』だ。
思わず歯を噛み締めた。そんなこと、絶対にさせない。
「おい、…」
「私は……絶対に、そんな事はさせない!」
「おい、落ち着け!」
「うるさい! あんたは、先に戻ってろ!!」
「!!」
肩に手をかけようとした彼の手を、思いきり振り払う。沸き上がるのは、罪悪感と怒り。
彼が、自分を気にかけてくれていることは、よく分かっていた。しかし、ワイアットという男は、自分にとってまぎれもなく大切な友の一人だ。ここで、黙ってそれを見過ごすわけにはいかない。
これ以上、大切な人を失いたくない。これ以上、後悔なんてしたくない。
だから右手を掲げ、その光に身を任せようとした。しかし、ルカがそれを遮る。
「おい!」
「止めんなッ! 私は行く! 私は、もう…………後悔したくない…。」
「……それなら、好きにしろ…。」
「うん………好きに………するよ…。」
今度こそ、光に身を任せた。
誰もいない城下。雨は降る事を止めず、更に激しさを増していく。
そんな中、ルカは、ふと足を止め振り返った。その先に、もう彼女がいないと知りながら。
彼女は、もうこの場所には、居ない。
視線を地に落とし、一つ息をはいた。
城下町の石畳は、降り続ける雨に打たれながら、それを懸命に弾いている。
「馬鹿が………。貴様は、何故…………。」
髪先から落ちた雫が、ポタ、と、右手を包む革手袋に吸い込まれた。