［誰のため］
大空洞から道を逸らし、高速路という長い長い道を抜けて、その中心部にある封印の施された扉の更に奥。
そこには、かつて己の右手に宿っていた『呪い』とも呼べる物を眠らせた場所があった。
ワイアットは、そこに立っていた。それを狙う者達から、その呪いを守るため。ただ一人で立っていた。
いつ頃から、この名を捨てたのだろう？ もう名乗ることはないだろう、ワイアット＝ライトフェローという、かつての名。
目を閉じた先によぎるのは、友と過ごした数々の日々。そこへ戻ることは出来なくとも、それらは鮮明に、まるで走馬灯のように頭の中を駆け抜けていく。
開けた視界の先に写るのは、過去、自分の愛するこの地を守ってくれた物。
真なる紋章。
それを久しぶりに目にし、一つ安堵の息。まだ奴らは来ていない。奴らは、今頃シンダルの迷宮と呼ばれる場所を彷徨っているはずだ。
幸い、先にこの場へ到着できたのは自分。これを奪われる前に、利用されるまえに・・・。
そう思い、右手を掲げようとした。
その時だった。
「ワイアット！！」
「………？」
少し後ろからかかった声。彼女だった。別れを告げたはずの彼女が、そこにいた。
だが彼女は、目を合わせた途端、俯いてしまう。
どうして彼女がここに？ 目を細めた。ルカからの言伝を、もしや聞いてはいないのだろうか？
すると、彼女は顔を上げた。
「なんで……あんな言葉……！」
「………すまない。俺は、こいつを……守らなくちゃならないんだ…。」
そう言って指差した物を見て、彼女の顔が、悲痛なものに変わった。
それは、かつて彼の右手に宿っていたはずの紋章だった。真なる水の紋章。
だがは、咄嗟に声を荒げていた。
「なんで……！」
「俺は、あの時から……ずっと逃げ続けていた。永遠の生の恐ろしさに。そして、忘れ去られていくことに…」
「っ、私は、忘れない！ 忘れるはずないよッ！！」
「……、分かってくれとは言わない。俺も、お前の気持ちは、充分わかってるつもりだ。そして、それを押し付ける気もない。」
「私は…」
「俺は、こいつを守り………そして、あいつに託さなきゃならないんだ。」
そう言い、自分を真っ直ぐに見つめる彼の瞳は、それ以上の言葉を許さなかった。それに臆したわけじゃない。反論がなかったわけでも。でもそれ以上、何か言うことが出来なかった。
でも、それでも・・・・・・
「私は………あんたに……生きててほしいよ…。」
「……悪いけど、その紋章は、誰にも渡さないよ。」
横合いから声がかかった。
その声を知っていた。忘れるわけがない。ずっとずっと捜し、説得しようとしていた相手なのだから。
くそッ・・・・こんな時に！！
忘れていたわけではないが、何もこんな時にやって来なくても良いじゃないか、という思いが込み上げる。その思いが怒りに変わるのに、時間はかからなかった。
しかし、彼等もこの紋章を狙っていたのだから、その登場にも頷ける。だが自分とて、すんなり「はいどうぞ。」と道を譲るわけにもいかない。
「…ルック。」
「……きみまで、こんな所にいたなんて……思いもしなかったよ…。」
「……ちょっと待て！ 、お前………こいつらと知り合いなのか…？」
眼光鋭く睨みつけるも、ルックが臆することはない。
すると、ワイアットが『仮面の男を知っているのか？』とでも言いたげな顔。
隠しようもないし、もう隠し立ても出来ない。
「……知り合いだよ。」
「なっ、お前……こいつらが、どういう奴らなのか知って…！」
「知ってるよ…。そいつは、ハルモニアの神官将で……真なる紋章を狙ってて…」
「それなら、どうして…！」
「……ごめん、ワイアット。そいつ、私の………家族なんだ…。」
もう隠せない、と。彼女の瞳に諦めが見えた。『自分の目的が”彼”だ』と。
ワイアットは、その事実に驚愕せざるをえなかったが、静かに俯いた。彼女が望んだ展開ではないと、分かってしまったからだ。
じっと彼女を見つめる。彼女は、視線を落とし、自分とも破壊者とも目を合わせようとしない。だが次に、その瞳に『意志』が見えた。強い意志が。
彼女は、その瞳を破壊者と呼ばれる者達に向けて、言った。
「……ワイアット……ここは、私が食い止めるから…。」
「なに言って…」
「本当は、私が『回収』出来れば良いんだけどね…。でもあんたが、それを託す人間が決まってるなら、それが一番良いんだよ。きっと…。」
「お前、いったい何を…！」
「……だからあんたは、その紋章を宿して、とっととここから逃げて。継承なら、他所でもできるでしょ。」
「ッ、馬鹿野郎！」
止めようと割って入るも、彼女は、破壊者を見つめたまま動かない。次に武器を抜き放つ。彼女にとって身を守るものであり、誰かを守るための愛刀を。
しかし、その声に抑揚がないことに違和感を感じた。表情も皆無と言って良い。
ゾクリと、背筋に戦慄が走った。
「、やめろ！！」
「ワイアット、早くして…。」
「お前ッ…！！」
「……まぁ、まず私が負けることなんて無いだろうけど…。ここにセラがいない事が、救いかな。あの子まで来たら、流石に３人相手に『手加減』なんて生温い事、出来なくなるからね…。」
冗談めかしているのか、彼女は、そう言いクスッと笑う。けれど、それすら抑揚がない。
だが、その言葉の中に見えるのは、強い”覚悟”。大切な者を守る。愛する者を、これ以上闇に染めたくない。どちらにも傷ついて欲しくはない。
そんな想いが・・・・。
彼女の言葉で、不意に、今まで自分を残し朽ちていった者達の姿が浮かんだ。時には「さよなら」と。時には、その言葉すら交わすことも出来ず、別れて逝った者達。
彼女は、自分を守り逃がすために、一人で彼等の相手をしようというのだ。家族と呼ぶ者と敵対して尚、自分を殺し・・・・・。
グッと目頭が熱くなった。同時に『彼女には、生きていて欲しい』という想いが強くなる。
「……すぐに、終わらせる。」
「…うん、大丈夫。あんたは、安心して紋章を宿しといで。」
だからワイアットは、一つ頷くと、祭壇へと足を踏み入れた。
守るために。託すために。
ある一つの”覚悟”をして・・・・・。
