[12小隊]
髪を水で整え、顔を洗って愛刀を腰にくくると、ルカを伴い自室をあとにした。
会議室に来い、と言われたため階段を下っていると、アーサーやキッドに捕まりそうになったが、「アップル軍師の命令で、ルビークに行くことになったから、また今度な。」と言ってなんとか振り切った。
他にも興味的な視線に晒されたが、それには気付かぬフリをした。
会議室の扉の前に立ちノックをしようとすると、隣に立つルカが、一言「くだらん」。
それに「運命共同体でしょ?」と冗談めかして言ってやると、ジロリと睨まれた。ニッと笑ってやれば、不貞腐れたようにそっぽを向いてしまう。
扉の向こうには、予想以上の気配を感じた。前回が前回であっただけに、また四面楚歌の状態になるのは嫌だな、と顔を顰めてみたが、もうそこは諦めて腹を括るしかない。
無作法気味にノックすると、中から聞こえてきたのは、「どうぞ!」という城主殿の声。久しく聞いた幼い声に、なんとなく苦笑いしながら扉を開いた。
「さん!」
中に入ると、さっそくトーマスが声をかけてきた。小さく笑いかけながら、軽く手を上げて挨拶。彼の顔を見るに、部屋にこもっていた間、相当心配をかけたようだ。
もう大丈夫だから、と言うと、彼は、心底ホッとした顔をした。
見れば、他にもヒューゴから始まり、その母である協力者ルシア、そして運び手の軍師のシーザーもいた。『例の一件』で相当ショックを受けたのか、ヒューゴは、不貞腐れたように口を閉ざしていたものの、その母親であるルシアは、なぜ自分が伏せっていたのか何となく分かっていたのだろう。目を合わせると、小さく頭を振っていた。
事実、その心遣いには感謝していたし、また、彼女自身が今は亡き友との再開をさせてくれたのだ。だから、心の中で礼を言った。
『彼』は・・・・・自分に、言葉を残してくれたのだから。
置いていかれることは、辛い。今もそれにだけは慣れない。心にぽっかりと穴が空いたような、いい知れぬ虚無感に襲われるばかりだ。
けれど、誰かを介して『最後』を聞かされるよりは、直接言葉を残してもらえる事の方が、ずっとずっと幸福なことであると思った。
残される自分を案じて「生きろよ」と言ってくれた友。例え、それが別れの言葉であったとしても、何も無いより、ずっと幸福な事なのかもしれない。
ルシアともう一度目を合わせて、『感謝してる』という笑みを贈る。彼女は、それを受けてすぐに視線を落としたが、それでも良かった。彼女がいなければ、自分は、友人と再会すること無く、また『別れ』ることになったのだろうから。
だから・・・・・これで良かった。
次に、先ほどから、ずっと突き刺さるような視線を向けてくる男に、目を向けた。
ゲドだ。
合わせれば、すぐに視線は交錯したが、彼のほうがスイと逸らす。どうやら、こちらの『余りジロジロ見るな』という意図が伝わったようだ。
隣のルカを見上げれば、機嫌が宜しくないのか、腕を組んだままそっぽを向いている。それに溜め息をついてアップルに視線を向けると、彼女は「では…」と前置きして話し始めた。
一人の青年を、自分達に紹介しながら・・・。
青年は、フランツと名乗った。黒髪短髪で、特徴的な衣服を身に着けている。
彼は、見た瞬間から思わず『男前だ』と唸るほど良い顔立ちをしていた。だが、手傷を負っているのか、その端整な顔を痛みに歪めており、その瞳には、何故だか失意が入り交じっていた。それに違和感を感じたが、アップルが説明をしていたので、それを頭の隅へと追いやった。
説明中、ずっと、ゲドの視線が突き刺さっていた。
もう一度睨みつけてやると、彼は、また目を逸らしたが、それに気付いたのかルカが「…奴は?」と小声で問うてくる。「…友達。」と返して、もう一度溜息を落とした。
アップルやシーザーの説明を聞き終えて、達は、ビュッデヒュッケ城を後にした。
アップルの話によれば、ゲドは、現在ハルモニア神聖国の南部辺境警備隊に所属しているらしい。それを聞いて『なるほど』と思った。ゲド率いる部隊は、彼を入れて6人だったが(内一人は、何故かカラヤの少女だったが)、皆面構えもよく良い表情をしていたのだ。
どことなくお人好しな匂いもするが、戦闘となると、個々に個性ある武器を構え、ビュッデヒュッケ城を出て早々に出くわしたモンスターも、あっという間に殲滅させていた。
自分たちから見れば些か荒削りに見える戦い方も、磨けば光るものが見えた。ゲドが、なぜ彼等と共に行動しているのか、今なら良く分かった。
彼等が選んだのは、ブラス城を経由するルートだった。それに異論は無かった為、まずはヤザ平原を南下した。そしてブラス城を通過する前に、城内にある道具屋などで必要な買い物を済ませようと言う事になった。
達は、予め「戦闘には参加しない。」と断わりを入れておいた為、特に入り用な物はない。故に「アムル平原側の城門で待ってる。」とだけ言って、先に城を抜けた。
クイーンや、ジョーカー。そして、見ているだけでは『お笑い担当』のエースなど、警備隊員達は、道具屋や鍛冶屋に散らばっていたが、ゲドだけは違った。彼は、仲間達が散るのを見届けると、足早に城を抜けようとする自分の後ろにつき、その傍から決して離れることはしなかった。
それは何故かと問われれば、簡潔に答えを述べることはできた。だが、としてみれば、隊員達がいることもあって、あえて『知らぬ仲』として彼に接していたし、ルカもそれに眉を寄せてはいたようだが、問いつめてくることもしなかった。
しかし、常に自分に視線を向けてくるゲドの何かもの言いたげな表情に、正直、戸惑いもあった。この場では、まだ問われないだろう。しかし彼は、絶対に気付いている。先日亡くなった友人から、きっと聞いていたはずだ。自分が、『』であると・・・・。
名を偽り、姿を変えたとしても、昔から人を見る目のあったこの男には、隠し通せないだろう。炎の英雄の待つ地で再開し、目を合わせてすぐに思ったことだ。
でも、今は・・・・・決して視線を合わせることをしなかった。
買い物を終えた隊員達と合流してブラス城を通過すると、一行は、アムル平原を横断して山道に入った。そこは上昇下降の激しい道で、山に慣れない者ならば、半日も経たずに根を上げる。だが生憎、と言っていいのか、このパーティには、そんなヤワな鍛え方をしている者はいないようで、順調に山道を進んで行くことができた。
相方は、相も変わらず不機嫌そうだ。よほど本が読みたかったらしい。まるで子供だ。いや、見かけは、どう見ても子供と呼べる歳でもないが・・・。
「まったく…。本なら、後でいくらでも読めるだろ?」
「……?」
と、彼が、不可解そうな顔をした。もしや、読みが間違っていたのだろうか。
「…あれ? あんた、本読みたくて機嫌悪いんじゃないのか?」
「はぁ……。馬鹿か貴様は。」
そうか、あんたから見た私は、どこまでも『馬鹿』の一言で済んでしまうのか。
何に機嫌が悪いのかは知らないが、一蹴されてしまっては返す言葉がない。口元を引き攣らせていると、横からアイラが声をかけて来た。
「さん、どうしたの?」
「いや、なんでも。『反抗期』がここにもいたか、って思っただけ…。」
「?」
ボソ、と、ルカに聞こえるように呟くと、思いきり睨まれた。だが、少女は、その意味を捉えられなかったようで、目を丸くしながら「反抗期…?」と首を傾げている。
歩きながら話をしていると、時折エースやクイーン、ジョーカなどが割って入った。
と、また視線。・・・・あぁ、何度もしつこいな。
いい加減にしろよお前、と、視線を送ってくる人物を睨みつけて逸らさせる。その無遠慮な視線を、さすがに隊員達も気付いたのか、みな不可解そうな顔。唯一、ジャックと呼ばれる男だけが「気にするな…。」と言っていたが、それが逆に場の空気を和ませてくれた。
長くて厳しい山道を登りきった所で、ツインスネークというモンスターに遭遇したが、警備隊の中でも『強者』とされている12小隊の敵ではなかった。
一行は、時に休息をとり、時に仮眠をとりながら道を進んでいった。
ようやくルビークに辿り着いたのは、ビュッデヒュッケ城を出てから、5日後の夜のことだった。