[ルビークの夜]



 「少し、外に出ようか…。」

 部屋にはルカがいたし、宿の中で話をするにも、隊員達の目がある。
 そのため、彼を外へ誘った。
 ルカも、自分達が外に出ると分かっていたのか「あまり夜更かしはするな。」と目を向けることなく見送る。「先に寝てて。」と言って、ゲドを伴い部屋を後にした。






 「久しぶりだね。」
 「…………あぁ。」

 他のメンバー達に気付かれぬよう外へ出ると、一歩間違えれば谷底という崖の先端に腰掛ける。彼は、座ることなく、自分の隣に立った。
 ここは山の中というだけあって、夜はとても眺めが良い。天然の灯りである月が辺りを照らし出し、霞むほど遠い景色を幻想的に見せている。星は瞬きを繰り返し、見つめ続ければ流れ星がキラリ。

 「50年ぶりじゃない?」
 「…………そうだな。」
 「あんたに会うのもそうだし、ここに戻ってきたのも。」
 「…………あぁ。」
 「まぁ、本当は、戻る気は無かったんだけどね。」

 空を見上げて、過去を懐かしむ。この地に残してきた思い出が、鮮明に蘇った。
 だが、ここへ戻り、また新たな傷が出来たのも事実。またなくした。
 ズキと胸が痛んだ。苦しい。

 すると、ゲドが「なぜだ…?」と言った。

 「なぜって、なにが?」
 「お前は、何故…………戻ってきた?」
 「…戻る気は、無かったよ。でも、私用で戻らざるを得なかった。けど、ここには知り合いが沢山いるだろうから、バレたくなくてこんな格好してたってわけ。」
 「…………そうか。」

 そう言うと、彼が顔を伏せた。だが、その顔にはありありと『納得できない』と書かれている。・・・・それなら仕方ない。

 「あんたさ。聞きたいなら、聞けばいいじゃん。」
 「……………。」
 「聞きなよ? 納得してないって顔に書いてある。答えられることなら答えるし、言いたくなけりゃ言わないから。」

 そう言ってやると、彼は暫く黙っていたが、やがて顔を上げた。

 「……………破壊者と呼ばれる連中とは、知り合いなのか?」
 「知り合い、ねぇ…。まぁ、そうと言えばそうだけど…。」
 「……。」
 「ちょっと、止めてよ。ここでは『』で通してるんだから!」

 分かっていて、あえてそう呼んだのだろう。だが、思わずムッとしてしまう。
 彼は、それで僅かに口元を緩めたが、やはり納得できないようで、じっと視線を送ってきた。だが、それ以上問いつめても良いものかと、少しだけ困ったような色。

 「んー。あんたになら、言ってもいいかなぁ…。」
 「…………ワイアットには?」
 「目的、という意味でなら、簡単には話したよ。」

 そう言って、彼にも『家出弟を捜す為に、破壊者と接触した』という話をした。
 目的の人物が、まさに破壊者である、という言葉は隠して・・・。

 「ってかさ…。私達が接触してたの、あんた知ってたんじゃないの?」
 「…………あぁ。」

 あの短い一定期間のやりとりを、彼は知っていた。そのきっかけが『偶然見た』というものであっても、きっと彼は、それで確信を持ったはずだ。自分が『』であることを。
 相変わらず変なところで冴えてるなぁ、と笑うと、彼も静かに笑った。

 「なに?」
 「…………いや。」
 「なんかあるなら、とっとと言ってよ。私は、読心術を体得してないから、笑ってるだけじゃ分かんないんだけど?」

 すると、彼は、ポツリと零した。

 「…………”共鳴”は、済んだのか?」
 「ヒューゴとクリスのこと? いや、まだ。済んでない。」
 「…………そうか。それなら……」
 「あ、また仲介してくれんの? それなら凄い助かるわ。」

 50年前に、自分達が紋章を宿していることをまず最初に話したのが、この男だった。彼は、当時から寡黙の部類に入る男だったし、自分の”使命”を考えると、まず彼に話して正解だった。
 それから彼に内密に仲介してもらい、『火』と『水』と共鳴を行った。もちろん、彼の持つ『雷』とも。
 しかし、知らぬうちに火と水の所持者が変わった。ゆえに、もう一度共鳴し直さなくてはならない。だが今は、その時ではない。戦は、まだ続いているのだから。
 だから、いずれ俺が仲介する。彼はそう言ってくれた。

 宜しく頼むよ、と言うと、彼は静かに頷いた。






 ゲドと別れて部屋に戻ると、ルカはすでにベッドに入っていた。僅かに呼吸が聞こえてくるところを見ると、どうやらすでに寝入っているようだ。
 音を立てぬよう、そっと自身のベッドに腰掛けると、両手を組んでそこに額をあてた。

 ルビークに来たことは、正解だったのかもしれない。ここにルック達がいたことは、匂いによって証明されたのだし、なにより”共鳴”に関しての約束を取り付けられたのだから。
 上手い具合に、一石二鳥だ。

 と、先日のルックとのやり取りが、頭に浮かんだ。



 彼は、未来を壊すわけではないと言った。自分の質問に対して。
 しかし、紋章を壊す事は、それと同じではないのか?
 それが、未来の死に繋がるのではないか?

 それでも、彼は、「違う」と言い切った。

 多くの命を奪うと分かっていて、彼は、紋章を壊そうとする。
 その理由は? その先にあるものが未来の死でないのなら、一体なんだ?
 彼は、こうも言っていた。

 『やっぱり、きみにも…………”見えて”いないんだね……。』

 見えていない、と。彼は、そう言った。
 見えていないとは、なんだ? 何を示して、そう言った?
 あの子には・・・・・・何が見えている? 見えているもののために、紋章を破壊しようとしている、ということか?
 それこそが、今ここに生きる人々の未来を壊してまで、神を殺そうとしている理由?
 でも、いったいどうやって壊す? 紋章を破壊するなんて、聞いたことがない。
 それを、壊すためには・・・・?

 「……さらなる紋章を……集めて…………壊す…?」

 でも、いったいどれを? 一つ? 二つ? それとも全部?
 分からない。見えない。
 だが紋章を集め、それを壊すために『破壊者』として動いているのは、言い様の無い事実。

 ここで、また思い出す。彼は、紋章を集めるための『忌むべき術』があると言っていた。
 それは、なんだ?
 いや、きっとこれは、今考えても分からない。先に進もう。
 それなら、今、自分の目の前に見えるものは? 自分がするべき『事』とは?

 ・・・・・・・所持者達を守ること。それが、破壊の阻止に繋がるはず。

 「なんだ………簡単じゃん…。」

 そう言ってみたものの、それが、いかに難しい問題であるのか分かっていた。一人だけを守るならまだしも、その対象が3人もいるのだ。しかも彼等は、別行動をしている。
 現にゲドは、他二人と離れ、こうしてルビークまでやって来ている。守るべき対象が3人もいるのに、こちらは、自分とルカの二人。明らかに数が足りない。
 一度、ビュッデヒュッケ城に戻った方が良いか。それとも、他二人を守る為にルカに戻ってもらうべきか。

 ・・・・・・・・。

 少し考えて、ルカを起こした。

 「ルカ……。ルカ、起きて。」
 「ん…。」

 小さな声でも届いたのか、彼は、うっすら目を開ける。

 「貴様………こんな、夜更けに……」
 「…ごめん。でも、お願いがあるの。ビュッデヒュッケ城に戻って、ヒューゴとクリスを守って。」
 「……どういう了見だ?」

 話した。それまでの考えを。
 すると彼は、「まったく…」と言いながらも身を起こし、帰り支度を始めた。

 「あの二人が、一緒に居てくれれば良いんだけど…。」
 「…ふん、案ずるな。俺が面倒を見ておくから、用が済んだら、お前もとっとと戻って来い。」
 「うん。ありがとう…。」

 そう言って、転移したルカを見届け、ベッドに寝転ぶ。今できる事は、守ることだけなのだ。彼等の紋章を、あの子たちに渡さない為に。
 それが、今、自分に出来る・・・・・たった一つの事だ。

 考えが巡っては、消えていく。まだ分からない、結論の出ない謎が、数多く残っている。
 あの子に見えている、『なにか』。
 そして、ハルモニアに伝わるという・・・・・『忌むべき術』。






 翌朝。

 少女の騒ぐ声で目が覚めた。どうやら、あれから考えを巡らせている内に眠ってしまったらしい。
 身支度を整え宿を出ると、騒いでいたのはアイラだったようで、彼女は「あっちで人が倒れてる!」と、大急ぎでゲド達を起こしに行った。

 12小隊の連中と共に(ルカの不在を問われたが、一言「先に帰した。」で済ませた)、アイラの言っていた場所へたどり着くと、そこには、フランツと同じ格好をしたルビークの虫兵団員であろう青年が、傷を負って倒れている姿。
 宿に戻り、自分の盾紋章で怪我の治療を終えると、兵士は言った。

 「村の皆は、セナイ山に連れて行かれて……。」

 青年は、疲れ果てたのか、そのまま眠りに落ちた。
 口を閉ざし、無言でテーブルを殴りつけたフランツの姿を見て、一同は目を伏せる。
 も、同様に口を開くことはなかった。

 ふと、ゲドを見た。彼は、その瞳の奥に滅多に見られぬ『怒り』を宿している。それに気付いたのは、自分とクイーンのみ。

 言葉のない中。
 一行は、セナイ山へと向かった。