[迷宮・3]



 あの日の光景が、蘇った。
 彼女を逃がしたあと、ジンバという男に問われた、あの時の記憶が。



 『てめぇ………いったい……………何年生きた?』

 ・・・・30年。
 呪われた・・・・・・・30年だ。

 『へっ……ひよっ子じゃねぇか。それじゃあ………子供なんか、いねぇんだろうなぁ…。』

 子供・・・・・子供だと?
 呪われたこの身で? ・・・・何を言っている?
 そんな気持ちを、抱くわけがない。未来を持てない身なんだぞ?

 『けっ…バカ言ってらぁ………俺にはなぁ……娘がいる………70年生きてきて、たった一人の娘だ……。』

 どうして、そんなことを僕に言う?

 『俺も、てめぇと同じこと考えて……逃げてばかり来たし………娘が出来た時は………その意味に、恐れを覚えたもんさ』

 なぜ、お前は、そんなことを・・・・・僕に言うんだ?

 『それがな…ついこの間……再会することが出来た………顔を見る事が出来た…。ははは……それこそ…びっくりすぐらい………美人になってた…………アンナ、そっくりだ…。」

 お前は、僕に・・・・・・・・何が言いたい?

 『嬉しかったぜぇ……運命を憎んできた、全ての時間を吹き飛ばすぐらいになぁ……。こいつが、この世界で生きて行くんなら、俺は死んでもいいって思った……。』

 それが・・・・どうした。
 お前は、僕に・・・・・何が・・・・・・・言いたい?

 『託すことが出来ない”生”は………虚ろだと言っているんだよ…………俺達は、不老であっても、不死じゃない………。』

 そうさ・・・・・・僕らは、不老であっても不死じゃない。”不完全な存在”なんだ。
 けれど、お前たちは、『神』と呼ばれる物を宿していても、”人”じゃないか。
 人、で・・・・・・いられるじゃないか。

 でも、僕は・・・・

 『永遠の生なんて、幻想さ………おれや…お前も…………いずれ消える………なら……。』

 そうさ・・・・・・永遠なんて、いらない。人が、幻想の中に描く、虚ろで出過ぎた夢だ。
 ”想い”? そんなもの、目に見えない、不確実なモノの連鎖だ。
 そんなもの、いらない。そんなものは、僕が断ち切ってみせる。
 この手で。この・・・・・・・『呪い』を壊すことで・・・・。

 『ふん…………やっぱガキだな……』

 違う。僕は、もう子供じゃない。力を付け、知識も手に入れた。
 そして、ようやく夢にまで見た『目的』を果たすことが出来るんだ。

 ・・・・・・・『夢』?
 僕も、『夢』に縋ろうというのか?

 ・・・・違う。いらない。『夢』や”想い”なんて。
 今は、そんなものに縋らなくても、それを果たせるだけの力がある。
 そう。もう夢なんかじゃない。現実として、すぐそこに見えているんだ。

 僕は、もう・・・・・・・・・・・・子供じゃない。






 ゆっくりと、目を開けた。
 ふと、自分を『ガキ!』と笑っていた彼女を思い出す。

 「…………………。」

 彼女は、いつもそう言い笑っていた。『ガキ』『クソガキ』と。それに対し平静を装ってはいたが、いつか一泡吹かせてやると思ったこともある。
 いつもいつも、自分を子供扱いして、年上ぶって・・・。
 けれど、もう彼女にそう言われても、怒りは湧かないだろう。そして、そう言われることも無いのだ。

 悔しいと思っていても、彼女は、ずっと手の届かない存在だった。悪態をついていても、何も気付かないフリをしていても、ずっと・・・。
 それは、今も同じことなのかもしれない。年齢や経験の差もあるだろう。彼女は、自分よりもずっとずっと長い時を生きているのだから。
 けれど、彼女の優しさや、その人を想える心は、到底自分の手に届くモノではないのだと、柄になく考えた事もある。いや、届かなくて良かったのかもしれない。どれだけ手を伸ばしても、絶対に掴めるはずがない。
 それは、決して、自分が掴んではいけないものなのだから・・・。



 目蓋の裏には、いつも隣に居てくれた彼女の微笑み。
 同時に沸き上がるのは、いい知れぬ・・・・・・喪失感?
 今、自分にとって必要なものは、全て手に入れた。
 力、知識、同胞。
 自分に必要なものは、すべて・・・・・・・全て手に入れたじゃないか。
 それ・・・・なの、に・・・・・・



 涙が流れた
 過ぎ去りし日々を 想い

 夢も 想いも いらない
 夢と願っていたものは もう目の前にある
 邪魔になる心は とうの昔に捨てた
 自分の願いを果たせるなら もう それ以外に何も望まぬと・・・

 そう 思っていた
 思っていた・・・・・・はずなのに



 (駄目だ 違う…)

 襲いくる恐怖

 (今なら 今ならまだ…?)

 定まらない未来

 (でも それでも僕は…)

 入り交じる 感情

 (いらない 捨ててしまえ 妨げになるものは…!)

 追い続けてくれる きみ

 (それでも きっと きみのことが………)



 涙は 止めどなく流れる