[違える二人]



 ゲド率いる一行とは、セナイ山へ到着。
 坑道の入り口は開けており、そこから入り組むように、複数の橋が交差して作られている。明らかに『無用の者、立ち入るべからず』といった造りだが、ここには、沢山のルビーク民が捕らえられ、今も助けを待っているに違いない。

 ふと坑道内から香ってきた気配に、は眉を寄せた。
 ・・・匂いが濃くなっている。ここに、あの子がいる。確実に。消えることのない匂いで、それを確信した。
 その横を通り、ゲドが、先に坑道へと足を踏み入れた。続いてクイーン、エース、ジョーカー、ジャック、アイラの順で次々に中に入っていく。

 「あんたは………ここに、いるんだよね…?」

 ポツ、と零した言葉を聞き取る者は、誰もいなかった。






 長い坑道を抜けると、開けた場所に出た。とは言っても、洞窟内であることに変わりはない。
 視線を上げると、橋を渡った先にルビークの民と見られる者達が、大勢いた。皆、一様に不安の色を見せていたが、ゲド達を見るや、その中の一人(女性)が声を上げる。

 「フランツ!」
 「…イク? イクか!!」

 女性はフランツを呼び、フランツもまた彼女に声をかける。そして、橋を渡って彼女の元へと駆け寄る。いや、駆け寄ろうとした。
 だが、手を触れ合おうとするも、バチッ、という音と共に、フランツが見えない壁に飛ばされる。

 「フランツ…。」
 「なっ、なんだ、これは…!」

 イクと呼ばれた女性が、悲しそうな顔をした。フランツは、目をいっぱいに開き驚愕している。ゲドも、その見えない『境界』に手を触れようとしたが、は、それを制した。

 「ゲド、止めておいた方が良い。」
 「………?」
 「それは、あんたらに壊せるものじゃない。」
 「……どういうことだ?」

 その意味を説明しようと、再度口を開きかけた時だった。皆が集まる場所の横にある祭壇から、影が現れたのだ。
 一同が振り向くと、そこには、仮面を外した状態の神官将の姿。そして、それに寄り添うように、彼と常に行動を共にし、幻影を作り出すことさえ可能な『魔女』と恐れられた女性。

 『ルック………セラ……。』

 彼等の姿を見た途端、胸に沸き上がる想い。不安、葛藤、そして、一種定まらない恐怖にも似た感情。しかし、それを冷静に分析する自分がいた。それは、レックナートが視ただろう”先”が、近づいて来ているのだという証。
 知らず、冷や汗が首筋を伝う。

 ゲドを見据えると、ルックが言った。

 「お待ちしていましたよ。」
 「…………待っていた、だと?」
 「えぇ。ゲド、あなたをね。」
 「…………どういう事だ?」
 「詳しくは説明できませんが、正確には、あなたの右手に宿る”紋章”をね。」
 「っ…。」

 静かに問いただすゲドに、淡々と答える彼。その言葉を聞いて、ゲドが右手を握りしめた。
 ・・・・守らなくちゃならない。ゲドを。そして、ヒューゴとクリスを。
 だから、横合いから口をはさんだ。

 「ルック…。」
 「…………。」

 その声に、彼は、静かに俯いた。返事を返すことはおろか、目も合わせてくれない。
 それでも諦めずに、その名を呼んだ。

 「ルック。」
 「……………。」
 「あんたが返事をしないなら、俺は、それで構わない。でも、もうこんなことは止めろ。止めて、一緒に帰ろう? 今なら、まだ…」
 「………話す事はないと……言ったはずだ。」

 彼は、冷たく言い放つ。もう、自分とは何の関係も無いのだと・・・。
 もう戻れないんだ、と。そう言われている気がした。

 「っ…、まだ間に合う! あんたらが、何をしようとしているのかも全部分かった! でも…!」
 「……僕には、僕の目的がある。そして、その咎を受け止める”覚悟”も、もちろんある。」
 「ッ、言えよ! あんたが”見た”ものを! 俺も一緒に考えるから!! 何かを犠牲にしなくて良い方法が、あるかもしれないじゃないか!」
 「……無理だよ。この機会を逃がせば、もう…」

 一緒に考えれば良い。そう言うも、彼が耳を貸すことは無い。

 「あんた、死ぬつもりか…?」
 「……言ったはずだ。僕には、その”覚悟”があると。」
 「っ、このクソガキッ! 命は一つしかないんだぞ!? 確かに、あんたがやった事は、大き過ぎて途方もないよ。死に値する罪だろうよ! でも、お前の咎は、俺が一緒に引き受けてやる! だから……!」
 「………もう……僕らに関わるのは…………止めてくれ。」
 「っ……。」

 声を荒げ、神官将と言い争うを見てまず驚いたのは、ゲドだった。彼女は、目の前の神官将に「帰ろう」と言ったのだ。
 そこで、思い返す。彼女の目的は、確か『弟を捜す旅』だったはずではないか?
 ということは、あの神官将が、彼女の・・・?

 と、ここで、彼女の気配が揺らいだ。

 「どうしても……戻ってくれないんだな…?」
 「……警告は、飽きるほどしたはずだ。邪魔をするなら、きみも…。」
 「…………。」

 彼女は、あの神官将を説得するために、やって来た?
 目の前の男を、連れ帰るために?
 『家族』である人物を、破壊から・・・・・救うために?

 ゲドは、じっと、二人のやり取りを見つめた。
 構わないでくれと言った男は、とても悲痛な色を秘めている。帰ろうと言った彼女は、握った拳をやるせない想いで震わせていた。
 どこまでも彼女を突き放す彼。どこまでも彼を説得しようとする彼女。

 ポツリ、と。
 彼女は、本当に悲痛な声で言った。

 「……レックナートさんが……っ…………どんな想いでッ……!!」

 どれほどの想いが、その言葉に詰め込まれていたのだろうか?
 レックナートという女性は知らないが、彼女のその呟きが、その心中全てを物語っている気がした。
 彼女は、涙をこらえている。それを流すまいと、必死に。

 すると、自分に視線を戻したルックが、言った。

 「……ゲド。早速ですが、あなたの右手に宿る、”真なる雷の紋章”を、いただきますよ。」
 「……………誰が、貴様なんぞに。」
 「ならば、僕らと戦うと? 構いませんよ、手間が少し増えるだけですから。」

 そう言って、ルックが、右足を一歩後ろに下げた。
 それを見た彼女が、咄嗟に「止めろ!」と叫ぶが、無情にも、戦いの火蓋は切って落とされた。