[奪われた神]



 セナイ山の奥深い洞窟内は、死闘を終えた名残を残すように、土煙に覆われていた。
 それがようやく消え失せた後、その場にはルックと、彼に支えられるようにして立っているセラ。そして、予想外の攻撃で傷を負ったが膝をついていた。
 ゲドは、刹那の出来事に拳を握りしめていたが、不意にルックが口を開いたことでようやく我に返る。

 「……さて、それでは、紋章を貰い受けますよ。」

 そう言って彼が向き直った。彼女の方を見れば、致命傷とまではいかないものの、謎の封印球の攻撃で相当な打撃を負ったのか、腕や足や頭から血を流している。その所為か、動く事もままならないらしい。

 「お前らに……」
 「……あなたの意思は、関係ありません。ハルモニアには、その為の技があります。忌むべき技がね。」

 毒づいてみるものの、ゲド自身、先ほどの戦いで大きな傷を負っていたため、何の威嚇にもならない。咳き込むと軽く吐血した。胸に手を当てると、喉もやられていたのか、ヒュッと鳴る。
 ルックが、セラに視線を向けた。

 「セラ……。」
 「はい。」

 彼に支えられていたセラがそれに返事を返し、ロッドを支えにしながら、まずは水紋章で自らの傷を癒した。そして次に、先ほどをねじ伏せた『謎の封印球』を呼び出す。
 セラの手の中で踊るそれを見て、ルックは続けた。

 「五行の紋章を集めるには、そのうちの一つを手に入れれば良かった。僕の持つ、真なる風の紋章と、この真の土の紋章があれば、力の均衡を破って、貴方の持つ真の紋章を奪い取ることができる。」



 その言葉で、はようやく理解した。

 「……なるほど、な………その封印球が、前に言ってた『忌むべき術』ってやつか…。」

 ポタ、と、米神から血を流しながら、ゆっくりと立ち上がる。だが足の傷が邪魔をしてか、それすら出来ず尻餅をついた。息が荒く、呼吸も定まらない。
 だが内心、驚いていた。どうして彼が、真なる土の紋章を持っているのかと。それに答える事はなく、彼は「土の紋章は、本当は一番最後の予定だったんだけど、予定が狂ってね。」と言う。

 あの封印球こそが、自分の紋章と同じ”性能”を持つものか。そして、それを手に入れてしまえば、真なる紋章を手元に置いておくのは容易いという事。
 自分とは、全く違った異質の物体を目にし、咳き込みながらも、ハルモニアという国がいかに、真なる紋章を持つ者にとっての『脅威』であるか、再認識する。

 『”あれ”は、この世界にあってはならない…』

 ”声”が、静かに警告を発している。

 「五行の紋章を…集めて…………壊して…………あんたは、どうしたい……?」
 「……………。」

 その言葉を無視して、彼は、再度セラに視線を向けた。それを受けた彼女は、真なる土の紋章の収められた封印球を上へ掲げる。彼も、自らの右手を掲げた。
 土と風が、輝き出す。

 そして・・・・・・・

 「ッ!!?」

 パリッ、と、電流のようなものがゲドの体を駆けた。そう思う間もなく、それは次第に大きな音と共に、彼の全身を駆け巡り始める。その電流に成す術もなく、彼は体を仰け反らせた。
 それを見て声を上げたのは、クイーンとエースだ。

 「ゲド!!!」
 「大将!!!!」

 開けたこの空間に、二人の声が響き渡る。それも虚しく、ルックが新たに取り出した封印球の中には、所持者から離れた『真なる雷の紋章』が淡い光を発していた。
 彼は、新たな紋章を見つめてゲドへ視線を戻す。

 「これで、真の雷の紋章は、僕の手の中です。」

 そして淡々と、かつ哀れむような瞳で続けた。

 「ゲド。長く、真の雷の紋章を宿していた貴方には、まだ紋章との繋がりが、僅かに残っています。そのことが、貴方を生かせ続けていますが、残念ながら、それもいずれ消えてしまいます。」
 「くっ…」
 「いえ、喜ぶべきことかな。あなたにとっては……。」

 そう言い終えると、彼は、セラと共に歩き出そうとした。
 だが、は、それを許さなかった。行かせてなるものか!

 「ルッ……ク……。」
 「…………。」

 彼は、決して自分と目を合わせようとはしない。

 「はっ………また……だんまりかよ……。」
 「……早く、傷の手当をした方が良いんじゃないか?」

 彼の言葉に反応を見せたのは、セラだ。彼女もルック同様、自分と目を合わせることはなかったが、その言葉でようやく目を向けた。そして、傷だらけの自分を見て駆け寄ろうと走り出す。
 ルックが、それを視線で制した。彼の視線を受けてセラが足を止めるも、心配そうな瞳を向けてくる。『ありがとう、でも大丈夫だから』と視線で答えれば、ホッとしたような顔。

 「どうしても…………壊さなくちゃいけないのか……?」
 「…………。」
 「でも、いったい……どうやっ、て……?」
 「………『徹底的に邪魔してやる』。そう啖呵を切ったきみに、僕が教えるとでも思っているのかい?」

 ・・・・あぁ、そうだった。そりゃそうだ。教えるわけがない。
 そう言い笑ってやると、彼は顔を伏せた。

 「あんた、がっ…やってることは………はっきり言って……馬鹿げてる……。ここら一帯が吹き飛ぶって、あんた……分かってんだろ? それなのに……なんっ、で、そこまで……。」
 「僕は…。…………僕が、やらなくちゃいけない事なんだ。」

 ・・・あぁ、そうか。あんたは、また大事なことは伏せてそう言うだけか。
 何が目的か。最終的な目的が『何』なのか。何も言わない。答えない。

 「あんただけ、ね……。そこまで…犠牲を出してまで……何がしたい? 多くの…命を奪って……まで………何が、やりたいんだよ……?」
 「……………。」
 「教えて…くれよ……何がしたいのか………他に、方法があるかもしれない………一緒、に……考えよう…?」
 「……………。」

 あぁ、やっぱり・・・・。何も答えてはくれないか。
 それしか方法が見つからない、と・・・・そう背中で語るのは、もう止めろ。

 「どうしても………答えられない…か。分かって…くれない……か。それな、ら…」
 「……力づくで連れ戻す、とでも言うつもりかい?」
 「ははっ…分かって…じゃん…。今回は………やられちまったけど……次は…無い、からな…。」
 「……………やれるものなら、やってみなよ。」

 あんたは、あれから随分と大人になったけど、憎まれ口だけは健在だ。落ち着いたと思ったけれど、たかだが32歳で、悟ったような口聞きやがる。
 まだまだこれからなのに。まだ、この”先”が在るのに・・・・。

 「そうやって………都合の悪いことに、は…答えない…か………はは…。やっぱお前、まだ………『クソガキ』だわ……。」
 「…………。手遅れにならない内に、早く……傷の手当をした方が良い。」



 嫌味なほどに、自分をよく分かっている彼女。
 あの頃のように『クソガキ』と言い、笑って。

 ルックは、それに僅かな反応をしてしまいそうになったが、ぐっと堪えて腹に収めた。
 彼女も、それ以上は何も言わなかった。代わりに盛大に咳き込むと、真っ赤な塊を口からボタボタ落とす。
 地が赤に染まり、ふと視線を向ければ、彼女の表情が苦しげに歪められていることに気づく。吐血を抑えようとしたのか、咄嗟に口元に当てられた革手袋も、虚しくその赤に染まっていった。

 「っ………。」

 ・・・・・目を覆いたくなった。目を覆い、すぐにでもこの場から立ち去りたかった。
 隣に立つセラも同じ心境なのだろう。血を吐く彼女から視線を外し、固く目を閉じている。

 「早く…………手遅れにならない内に……………手当をした方が良い。」

 先ほどと同じ事を繰り返し、ルックは、セラを伴い坑道を後にした。