[なるように…]



 去り際、『置き土産を残していく』と、ルックは言った。「あなた方には、もう少し、ここにいて欲しいのでね。」と・・・。
 それを聞いて、思わず溜め息が零れた。

 その意味を嫌というほど理解していた為、血を拭いながら額に意識を集中する。額の盾紋章が輝き、傷をみるみる癒していった。完治とまではいかないものの、血は止まった。動くには充分だ。
 少し痕は残ったが、血の流れていた傷が、ほぼ修復されたのを確認して立ち上がる。失血により少し頭がクラリとしたが、ぐっと堪えた。

 次に、ゲド達に盾紋章の癒しを与える。暖かな再生を促す光。
 それにより、気絶していた隊員達も目を覚ました。しかし状況を把握できないのか、どうなったのかと、皆一様に首をひねっている。
 するとエースが、安心したように言った。

 「ふぅー。これで、ひとまず…」
 「終わりじゃない。」

 誰も仲間が欠けることがなかった故の言葉なのだろうが、は、あえてそれを否定した。真なる紋章が、奪われてしまったのだ。そして、ここから出るにも、きっとこの先に『試練』がある。

 「おいおい、終わりじゃないって…」
 「知ってるか? 行きはよいよい帰りは恐い、って。」
 「…はぁ?」
 「いや、いいんだ。知らないならそれで…。」

 意味が分からない、と言いたげな彼に首を振る。
 すると、それまで黙っていたゲドが、静かに言った。

 「…………あいつの言っていた『置き土産』を……忘れたか…?」
 「ってことは…!」

 こりゃ厄介なことになったと顔を顰めるエースに、クイーンが「相当、面倒な置き土産なんだろうね。」と腕を組む。
 は、そんな彼らを横目に歩き出した。その『置き土産』とやらを、先に行って殲滅してこようと考えたからだ。
 だが、ここでゲドが待ったをかけた。

 「…………。」
 「なんだ?」
 「…………行け。」
 「でも…」
 「…………俺達のことは、気にするな…。あいつの言っていた『置き土産』なら、俺達だけで何とかなる。」
 「………、ごめん。頼むよ。」

 心境を察してくれたのか、そう言ってくれた友人に、目を伏せながらも感謝を述べる。
 次に、右手を掲げた。宙から光が落ち、固い地面に波紋を広げる。
 だが、それを見て目を剥いたのは、エースとアイラだ。

 「、お前……それ…!」
 「それは、破壊者が使ってた…!」

 皆、破壊者が現れる時、または去る時に、必ずと言って良いほどこの光を目にするのだろう。自分が使った転移魔法に、皆が目を見開いていた。それに苦笑のみを返し、「それじゃあ…。」とゲドに別れを告げる。彼は「あぁ…。」と言った。
 そこで、ふと思い出す。あぁ、忘れていた。パチンと指を鳴らせば、途端、それまで眠りに落ちていたはずのルビークの民達が、一斉に目を覚ます。

 ゲド達が、一瞬視線を外していた隙に、光に身を委ねた。



 「大将………今のって…?」
 「…………済まん。」
 「なに謝ってるんですか!? それよりの奴、破壊者と同じ魔法を…!」
 「…………。」

 呆気に取られるまま見送ってしまったエースは、彼女の姿が消えた途端、ゲドに捲し立てた。だがゲドは、視線を伏せて謝るとゆっくり立ち上がる。
 納得出来ない、と全身で言っているエースに声をかけたのは、クイーンだ。

 「…エース、やめなよ。あんたにだって、人に言えない事の一つや二つあるだろ?」
 「そりゃあ…そうだけどよ…。」
 「それに、ゲドを問いつめることのは、お門違いじゃないかい?」
 「う…。」
 「の奴だって、色々事情を抱えてるみたいだから……ね。」

 ねぇ? と、笑って視線を向けてくる彼女に、ゲドは黙した。気の強そうな瞳は、確かに全て理解し得たわけではないだろう。しかし朧げながらも勘付いているはずだ。という男と、自分の関係を。
 顔に出さずとも驚いた。女性は、男性よりも鋭いと聞いてはいたが、今程『なるほど』と思ったことはない。そしてそれは、彼女なりの配慮なのだ。
 彼女は、まだブチブチ文句を垂れているエースの肩を叩きながら、「気のきかない男って、しようがないね!」と笑っている。そして、意識を失っていた仲間達が立ち上がるのを確認して、言った。

 「さて、と。ゲド、そろそろ…。」
 「…………あぁ、行くか。」

 武器と装備を確認し、埃を払いながら答える。
 しかし皆、エース同様『』が使った魔法を訝しんでいる様子だ。
 それを黙秘していると、まるで自分を支援するよう明るく振る舞うクイーンの気持ちをくんだのか、誰もその件に関して繰り返すことはなかった。

 「あーあ…。『置き土産』って言葉に嫌な予感しかしないのは、俺だけか?」
 「安心しな。皆、あんたと同じ気持ちさ…。」
 「まぁ、が『盾紋章』使ってくれたお陰で、こうやって立ってられるんだけどな。」
 「まったく…。男が、いつまでもブツクサ言ってんじゃないよ。女々しいったらありゃしないね!」

 まるで夫婦漫才のような会話に、まずアイラが笑った。それに釣られたのか、ジャックも僅かに微笑む。

 「……………行くぞ。」

 一同は、破壊者の残していった『置き土産』を一掃すべく、来た道を戻り始めた。






 坑道を戻る途中、クイーンに問われた。

 「ねぇ、ゲド。」
 「…………何だ?」
 「その『置き土産』ってのに勝てなかったら……どうするのよ?」
 「…………珍しいな。」

 彼女の言わんとすることが分かり、ゲドは、素直に驚いてみせた。彼女の言葉イコール、自分達が負けてしまったら中の民はどうなるのか? と聞いているのだ。
 珍しく弱気な言葉だ。そう思ったが、小さく答える。

 「……………なるように、なる。」
 「……へぇ。あんたにしちゃあ、随分と楽観的じゃないかい?」
 「あいつが………昔、言っていた言葉だ。」

 ゲドの言った”昔”。それが、いったいどれほど前の事なのかは、分からない。けれどクイーンは、それで彼が『』と知古である事を理解した。
 小さく俯き、今しがた姿を消したその顔を思い浮かべる。とても悲しそうな目をした人だった。初めて会った時から、そう感じていた。

 「あいつが、そう言ってたってんなら……そうなんだろうねぇ。」
 「……………あぁ。」
 「それじゃあ、とっとと終わらせないと、ね?」

 そう言って、クイーンは、先頭を歩き出した。
 暗い坑道の先から聞こえた魔物の声が、ふとフィルターがかって聞こえた。