[渇望の音]



 先日、三人のもとに、突如レックナートが現れたのだという。そして彼女に「力を貸して欲しい」と言われたのだ。
 心良く了承すると、転移魔法により魔術師の塔に集められ、ルックの目的を告げられた。
 訝しんだ彼等に、彼女は『に頼んでグラスランドへ赴いてもらったが、既にバランスが大きく傾き始めており、事態が急を要してきた。故に願わくは、力を借りたい』と言われたのだ。
 なんとも唐突な話ではあったが、ルックの命が危ない、という事だけは分かったので、すぐにレックナートの話に乗った。そして彼女に転移魔法を使ってもらい、ビュッデヒュッケ城に送ってもらったのだ。



 彼らの話を聞き終えて、ふと違和感を覚えた。何かがおかしい、と。
 だが問おうとするも、不意に頭に響いた痛み。思わず眉を寄せる。

 「バランスが……?」

 痛みを押し殺し、僅かに眉を寄せるに留めながらに問う。彼は、小さく頷いてみせると、また紅茶を一口飲んでから言った。

 「あぁ。彼女は、”神々”のバランスが、崩れ始めていると言った。そして、それは…」
 「あの子のしようとしている、『神殺し』ってやつ…?」
 「そうだ。彼女は、こうも言ってた。『ルックのしようとしている事で、確かに、彼本来の願望である”未来の改変”は出来るかもしれない。でも、それは同時に、この世界の摂理を”破壊”し、そこから連鎖する”理”を、全てねじ曲げてしまうんだ』とも。」

 彼の言いたいことは、よくわかる。
 あの、50年前に起こった真なる紋章による暴走を見ていれば、どれだけの被害が起きるのか。摂理を破壊しようとすれば、周りの多くが犠牲になる。暴走ではなく、破壊となれば尚更だ。

 けれど・・・・・

 「あの子の……本来の目的? ”未来を変える”って…どういう……」

 ・・・・そうだ。
 紋章を壊すという目的までは分かったが、根源となる『では、紋章を壊して何がしたいのか』が分からなかった。
 紋章を破壊するとは、いったい、どういう意味を持つ?
 多くの命を奪う。それをしてでも、果たしたい『本来の目的』とは?
 紋章を壊すことでしか、『それ』が叶う道はないのか?
 あの子の願う未来とは・・・・・・いったい、何?

 「これも、レックナートさんが言っていた。でも、流石に意味まで教えてくれなかったんだ。バランスを司る役割を持っているから……言えなかったんだろうな…。」

 彼女は、きっと全て知っていた。ルックの”願い”も、なぜ彼が、紋章を壊そうとしていたのかも。だが彼女は、彼女であるが故、それを伝えることが出来なかった。不条理にも。
 出来うる限り、世界の均衡を崩さないように務めなくてはならない彼女は、きっと己の境遇を誰よりも呪っていただろう。

 でも、それを崩してでも自分に頼ったのは?
 それを修正することすらせず、達を頼ったのは?
 バランスを、運命というものをねじ曲げてでも、頼らなくてはならなかった理由は?

 あの子の”最後”が・・・・・近いから・・・?

 それは、この世界からの警告だ。頭の中にかかっていた靄が、一瞬だけ晴れる。
 『それ』は、自分にいつも『思い出せ』と言っていた。それは、自分の『枷』となっている『何か』の中に蠢き続けている、はっきりとした渇望の音色だった。
 戦慄を贈り続ける、体中に響く”声”に、手が震える。

 『後悔はしない』

 そう誓った。

 『未来を変えてみせる』

 そう誓った。

 自分のその誓いとは違う”道”を、あの子達は、そっと誓ったのだろうか?
 大勢の命を奪い、この国を戦乱に導いてまで、あの子達は未来を変えたかった?
 では、紋章を壊してまであの子達が変えたかった”未来”とは?

 ・・・・苛立ちが襲う。また分からない。まだ、分からない。
 焦りや悲しみや嘆き、様々な感情が、入り交じる。
 それを内に封じ込める術は、持っていたはずなのに・・・・・もう隠すことが出来ない。

 すると、が困ったような顔をして、ポツリと呟いた。

 「灰色の…か。」
 「…さん?」

 聞き取れるか、取れないかの声。が反応を示すも、彼は首を振って口を閉ざした。



 ──── ………思い出して… ────



 どこまでも遠い闇の中、『声』の言葉だけが、やけに頭に響いた。