ズ・・・・・・。



 全身を覆うような、悪寒。
 それは、この場にいる者全員に『恐怖』を与えるには、充分過ぎるものだった。



[畏怖]



 重く、重力が何倍にもなって襲いかかってきた『それ』に、ならず一同は、全身を震わせた。見れば、そしてルカまでもが、のしかかるその重圧に顔を歪めている。
 は、思わず彼女を見つめた。彼女は顔を伏せているため、その表情を伺い知ることは出来ない。しかしそれは、紛れもない直感だった。

 彼女・・・・では、ない・・・・?

 「…、…ッ。」

 押しつぶされそうな空間の中で、その名を口にすると、ゆっくりとした動作で彼女が顔を上げる。だが、その瞳の中に、見えたのは・・・・・

 「……”風”は………………哀れな子よ……。」

 ポツリと零された言葉。だが、その瞳の色を見てゾッとする。
 見れば、ルカは、全身にその畏怖を受けて動けず、皆苦しげに顔を歪めている。

 「…見せられた”先”を憂い……それ故、禁断の秘術を手にし………同胞を緊縛するか……。」

 彼女は彼女だ。でも彼女ではない。皆が、そう感じているはず。
 彼女は『』じゃない。
 では、彼女でなければ目の前の『彼女』は、いったい誰だ?

 「…破られた”禁忌”によって創り出された………哀れな子供…。風の子よ……それほどまでに、己が見る”先”を呪うか? 己が姿を厭うか? それほどまでに………この世界が愛しいのか…?」

 自分達、ではない。『彼女』が問いかけている相手は。
 しかし、ここに居ない『彼』ではなく、なぜ自分達へ呼びかける?

 「…己が視る”先”を変える為……自らを”贄”と捧げるか…。それ故、己が身に降り掛かるであろう”死”を享受することすら、お前にとっては……”至福”と成り得るか。しかし、例えそれが叶ったとて………我が子らの夢見る”先”が、この世界から消え失せるわけでは、無いというに…。」

 「お前、は……誰だ……?」

 ようやく、声に成った。全身を包む畏怖を気力でねじ伏せ、腹のそこから声を振り絞る。
 彼女はそれを黙殺すると、ゆらりとルカに視線を向けた。咄嗟に彼の背筋に悪寒が走ったことが、はっきりと見て取れる。
 すると彼の右手からは、手袋をしていても分かるほど、強い光。それを見つめ『彼女』は、ルカではなく、紋章に語りかけた。

 「獣よ……我が子よ………。お前は、共に来ると言うか……?」

 獣の紋章は、それに答えるように一層輝きを増す。

 「そう、か…。許せよ……お前達を愛している…。だが、それ故に……求める事も与える事も出来ぬのだ…。」

 その言葉が終わると、獣の紋章は、緩やかに光を収めていった。



 「子らよ………我が”弱さ”を………どうか…………許しておくれ……。」



 ポツリ、と。
 そういい終えると、彼女は崩れ落ちた。

 「!!!!!」

 途端、あの重苦しい重圧から解放されたは、直ぐさま彼女に駆け寄った。そして、その体を抱き起こす。軽く頬を叩いてやると、すぐに目を開けた。

 「ん…」
 「、大丈夫か?」

 開かれた瞳は、元の彼女の色をしていた。まずは、それに安堵。だが、つい先ほどまでの記憶が無いのか眉を寄せている。どうして倒れているのか、理解出来ていないようだ。

 「…あれ? 私…」
 「あぁ、大丈夫だな。良かった…。」
 「私………また倒れたの?」
 「また…?」

 聞き返してみるも、彼女は、確認するようルカに視線を向けている。すると彼は、自由になった体におかしな箇所はないか確認した後、押し黙った。
 に視線をやれば、彼等は、自分と同じ心境なのか、それとも先ほどの『重圧』の真意を探りたくても探れない状況に困惑しているのか、それぞれ口を閉じている。
 視線を戻してみれば、何も答えないルカに焦れたのか彼女は、もう一度問うた。

 「ねぇ、ル…」
 「…あぁ、倒れた。だが、倒れて十秒も経っておらんから、安心しろ。」
 「なんだ、そうなの? あー良かった…。」

 「またって、どういう事だ?」

 二度目の質問にも、彼は答えなかった。彼女に視線を向けても、その”10秒程度”とやらに安堵しているのか、返答を期待出来そうもない。
 ならば、ともう一度口を開きかけたところで、彼が言った。

 「……その話は、後にしろ。今は、あの小僧共をどうにかするのが先決なのだからな。」






 「皆の力を、私に貸して…。」

 手を貸し立ち上がった彼女は、静かにそう言った。それは、揺るぎない決意をその瞳にたたえた証。皆が、それに「応」と答えた。

 時間が無い。すぐにでもブラス城に赴かなければ、ヒューゴとクリスが危ない。そう言って彼女は右手を掲げた。光の波紋。これを見るのは何年ぶりか。
 まず最初に彼女が光に飲み込まれた。次にそれに足を踏み入れるのは、ルカか、か、か、それとも自分か。
 けれど、足が動かなかった。あの『存在』が何者であるか、計りかねていたからだ。『あれ』が何であるか、分からないわけではない。ただ、どうして『存在』として”表”に出て来たのか理解し難かった。

 「……………。」

 皆、一様に無言。
 も、ルカも。そして自分も・・・・。

 「……………先に行くぞ。」

 そう言って先に光に足を踏み入れたのは、ルカだ。
 彼が飲み込まれた後、それに無言で続いたのは、
 残されたのは、自分と。見れば、彼の拳が僅かに震えていた。それの指す意味を正確に読み取りながらも、は、あえて「お先に。」と言って、光に足を踏み入れた。





 「ルカ……。……っ……ルカ=ブライト……!!!」

 その言葉に返す者は、誰も・・・・・・いない。