諦めない
 決して

 止めてみせるよ
 あの子たちを救う為に

 ・・・・いや 違う

 もう 置いていかれるのが嫌だから
 もう 失うのが辛いから
 だから・・・

 それが 自己満足でも構わない
 失った後に気付くのは もう十分だから
 でも それ以前に・・・・

 結局 私は 自分勝手で我が儘な子供だから
 だから 絶対に もう二度と・・・・その手を離さない



[蜃気楼]



 ブラス城。
 そこは、グラスランドとゼクセン連邦の境目。一つの国の境界線とも言える。
 だが現在は、グラスランドの軍とゼクセン騎士団による、ハルモニアの進行を防ぐ唯一の砦となっていた。

 すでにハルモニアの軍も、そして炎の運び手も陣を敷いており、両者共睨み合いを続けている。



 「うわあぁあああぁ!!!!!」

 アムル平原からブラス城を繋ぐ橋の上で、少年の叫び声が響き渡る。その体からは、焼け爛れてしまうのではないかと思うほどの業火。
 だが、やがて少年を包んでいたそれが収まる頃には、その右手に宿されていた刻印は、姿を消していた。

 「大丈夫か、ヒューゴ!?」

 がくりと膝をついた少年に、ジョー軍曹が駆け寄る。ヒューゴと呼ばれた少年は、それに「あ…あぁ…」と返したものの、先の衝撃によってかなり体力を消耗していることが分かる。

 そして・・・・・

 そんな彼と対峙するように立っているのは、仮面を取り払い、一切の感情を残さないような無表情をしたルック。その手の上で静止している不可思議な球体の中には、先ほどまでヒューゴの手に宿っていたはずの紋章が、淡い光を発している。

 「これで真の五行の紋章が揃った。これで、僕の望みが達成される。」

 ルックは、手の中にある封印球を消し去った。いや、消し去るのではなく異空間に移動させた。生まれつき魔力の高い者か、もしくは、何十年という修行を積んだ者にしか出来ない芸当。もしくは、真なる紋章を所持し、使役出来るだけの実力を持つ者。

 暫し己の右手を見つめて、踵を返す。そして、全身を黒で統一された男に言った。

 「ユーバー、後は任せたよ。僕は先に行っている。」
 「あぁ、好きにしろ。俺の望みは、血と戦いと悲鳴だけだ。」

 僅かに口元を上げて、ユーバーが、自分とヒューゴの間に立つ。
 だが、去ろうとしたところで、ヒューゴに引き止められた。

 「く………待て…………。」

 ふと、足が止まる。

 「何故………こんな事をする!! 俺は、真なる紋章がどんな力を秘めているのか知らないし、その使い方も知らない!!! だが、そんなものの為に、これだけの戦いを引き起こして、多くの人の命を犠牲にしてまで、何をしようっていうんだ!!!!!」

 それは、ヒューゴという少年の心からの叫びなのだろう。現に彼は、ジョー軍曹の肩を借りながらも、その瞳は燃え上がり、決して自分から視線を外すことはしない。
 小さく俯き、次に肩越しに彼を見つめた。

 あぁ、その瞳・・・・。
 過去の戦を駆け抜けてきた『英雄』達にも似た、その色。
 愛する者のために戦う事を余儀なくされる、悲しいながらも強い色。

 言葉は、自然と口をついた。

 「ほんの気紛れだけどね、教えてあげるよ……。五行の紋章のうちの四つの力を集めて、残りの一つを砕く。それだけさ……。」
 「どういう事だ!!!」

 「神を殺す…………そういう事だな?」

 二人の会話に割って入ったのは、運び手の軍師シーザー。彼は、ヒューゴの隣に立ちながらじっと静かな瞳を向けてくる。

 「そうさ。流石だね……。」
 「それで何が…」

 抑揚なく答えると、ヒューゴが、苦しげな表情で右手を抑える。
 それを横目にシーザーが、半ば説得にも似たような口調で言った。

 「真なる27の紋章は、この世界を司る力の源だ。それは、この世界を統べる力だ。それを壊す事は……運命に逆らう事。神を殺すという事。だが、そんな事をすれば、紋章の力の暴走は、かつての炎の英雄の真なる火の紋章や水の紋章の力の解放とは、比べモノにならないぐらいの規模になるぞ。」
 「グラスランドどころか、この大陸全てが消し飛ぶかもしれないね。あのハルモニアも含めて……。」

 そう答えて顔を上げ、遥か彼方にあるであろうハルモニアの方角へと目を向ける。ふと口元に浮かんだのは、自嘲的な笑み。
 するとヒューゴが、視線を落として言った。

 「俺には、分からない。お前が、何の為にそんな事をするのか!」
 「……牢獄に捕われた囚人は、誰でも自由を求めるものだろう?」
 「俺たちが、囚人だというのか…?」

 意味を解しかねたのか、ヒューゴが眉を寄せる。
 だが、気に止めなかった。過ぎ去りし戦いを思い起こすように、目を閉じては、ゆっくりと開く。

 「”剣”と”盾”の戦いから、この世界が生まれて1000年。人は、同じ事の繰り返しだ。真の紋章同士の相克に巻き込まれるように、魅入られるように、戦乱を起こし続ける。そんなものを、僕は見て来たんだ。真なる風の紋章は、それ以上に、多くの記憶を秘めていた。」
 「だから……」
 「真の紋章に支配された………この世界の有様は、牢獄と変わらないと言っているのさ。」

 嘆き、だろうか。それとも、それを渇望と呼んでも良いのだろうか。
 ヒューゴが、その言葉に反論した。

 「俺は、囚人なんかじゃない! 自由に生き、自由に戦い、自由に死んでいく!!」

 どうして・・・・何故、見えないのだろうか?
 なぜ、生まれ出た瞬間から、この世界に繋ぎ止める、この透明な枷に気付いてくれないのか? かつて炎を宿していた英雄も、きっとそれが見えていたからこそ、”永遠”を捨てたのだろうに・・・。

 「捕われた牢獄の床を歩き回るのが、繋がれたくびきの範囲で吠えるのが”自由”だと言うのなら、僕は、一向に構わないよ。」

 分かり合えるはずが無いのだから・・・・。
 そう呟いて、少年の言葉を切り捨て、歩き出す。
 だが少年は、短剣を構えると、あらん限りの声で叫んだ。

 「ま、待て!! 俺と勝負をつけろ!!!」
 「……その願いは、叶えられないよ。すでに儀式の準備は整った。4つの真の紋章は、すでに器に収められ、時を待っている。あとは僕が、その中心に入るだけさ………。この真の風の紋章と、僕自身の魂を、砕く為に…」
 「待て!!!!!!!」

 短剣を手に飛びかかろうとするも、ユーバーに邪魔されたのだろう、キン! という僅かな剣戟の音。

 どうして・・・・・・・どうして、誰も、分かってくれないのだろう?

 「……さよなら、ヒューゴ。そんな目を、そんな想いを持った人に、夢を託した頃もあったよ。」

 黄金色の光が、頭上から零れ落ちる。せめてその色が、悪鬼である自分に見合った”色”でありますように。
 ルックは、振り返らなかった。けれど分かっていた。少年と、それを取り巻く人々を見て。
 いや、その瞳と邂逅した時からすでに気付いていたのかもしれない。
 似ていたから。かつて自分も共にいた、その集いの中で輝いていた『彼等』に・・・。

 だからルックは、忘れる事の出来ない『かつての日々』を思い出さずにはいられなかった。

 「懐かしいね…………。」






 「勝手に、思い出に浸ってんじゃねーぞ! このクソガキッ!!」






 静寂と緊迫した空気の張りつめる中、はっきりと通った声。けれど、それは夢ではない。
 ルックには分かった。その声の主が、誰であるのかも。
 しかし、振り返った先を見て驚いた。ヒューゴの後方で、今しがた思い浮かべていた『彼等』が、真っ直ぐ自分を見つめていたのだから。
 だが、すぐさま表情を戻して、彼らを連れてきたのだろう彼女に言った。

 「まだ………こんな所に居たのか………。」
 「バーカッ! 止めてやるって言っただろ? それにこの通り、頼りになる仲間が来てくれたからな!」

 そう言って見据えてくる彼女は、言葉とは裏腹に少し悲しげだ。
 彼女の後ろに視線を向けた。

 18年前と全く変わらぬ姿のままの、赤いチャイナ服を着た少年。
 15年という歳月をその身に受けた、額に輪をつけた青年。
 そして15年前同様、姿も何も変わらない、彼女にとっての最古の友人。

 は、目が合うと、やはり彼女と同じくその瞳に哀しみを宿した。たまらず視線をそらす。
 彼らは、自分の望みを・・・・そして、ここに至るまでの経緯を知っているのだろう。五行の紋章の力を使い、自分を壊すこと。そして、それを行う為に、この戦争を引き起こした事を。師、レックナートに・・・・・・・聞いたのだろう。

 目を合わせる事が出来なかった。どうしてなのかは、分からない。けれど、胸のずっとずっと奥の方が、チクリと針指すように疼いていた。

 すると、それまで全く『我関せず』といった表情で成り行きを見守っていた、彼女と最も付き合いの古い少年・・・・・が、口を開いた。

 「やぁ、ルック。」
 「………。」
 「そんな目で睨むなよ。俺は、お前のやってきた事に関して、別に咎める気なんか無いからな。ましてや、それを力づくで止めようとも思わない。」
 「………。」
 「…でもな。お前が起こしたこの戦いで、どれだけの人が死んだんだ? どれだけの人が悲しんだんだ?」
 「………何が、言いたい?」
 「じゃあ、はっきり言ってやる。お前がやろうとしているのは、未来の解放でも何でもない。ただの”人殺し”だ。」

 いつもの飄々としたものでなく、じっと自分を見据えてそう言った彼に、苛立ちを隠そうともせず睨み返した。思えばこの男は、始めから好きではなかった。何でも分かったような顔をして、何でも見通したような顔をして。この男が、大嫌いだった。
 今、この時だって・・・・。

 「…………。」
 「黙ってれば俺が引くと思ってるのなら、大間違いだぞ。この15年で、少しはマシになったと思ったんだけどな…。そこは、いつまで経っても『ガキ』なんだな。」
 「ッ…!!」

 ガキと罵られ、思わず右手を上げた。だが、ユーバーに止められる。

 「ユーバー、邪魔をするな!!」
 「…挑発されているのが、分からないのか…? お前は、そこまで馬鹿ではないだろう…?」
 「っ…!」

 いつもなら冷静に対応できる自信があったはずなのに、という男相手だと、どうにも不快を拭う事が出来ない。自分の得てしている所なのに、弄ばれるよう神経を逆撫でされる。
 彼が自分を挑発しているのは、分かっていた。彼は、自分を挑発することで時間稼ぎをしようとしているのだ。
 だが、ユーバーの言葉で我にかえることが出来た。それすら忌々しく感じて舌打ちする。

 踵を返そうとすると、彼女が言った。

 「待て、ルック!!!」

 ・・・・・止まりたくないのに。
 前に向かって、ただ歩き続けたいだけなのに・・・・。
 それなのに、いつもきみが、邪魔をする。
 いつも、きみという存在が・・・・・後ろ髪を引くんだ。

 「どうしても、紋章を壊さなきゃいけないのか…?」
 「もう……戻れない…。」
 「あんたが見ている”先”を、あんた一人で背負わなきゃいけないなんて、誰が決めたんだよ? 一緒に考えよう! 一人じゃない。皆いる!!」
 「……これ意外に、もう……方法が無いんだ…。」
 「そんなの嘘だ! 絶対に、別の方法がある! あんたの罪も、見て来た未来も……一緒に背負うから。だから……!」
 「……僕は……………立ち止まるわけにはいかない。」

 そう言って、光の中心に足を踏み出した。






 逃げられる!!
 そう判断したは、対峙するユーバーを睨みつけた。
 一戦交えなくてはならないか。そう思い愛刀に手をかけようとすると、彼は笑った。そして耳元で囁いた。「行け…。」と。
 その真意は計りかねたが、その横を擦り抜けて全速力で駆けた。そして、今まさに姿を消そうとしていた彼の腕を掴む。

 直後、転移が発動し、二人はブラス城から姿を消した。






 自分が 今まで見せられてきた この世界の”先”
 それを回避する”秘策”・・・・・
 数ある選択肢の中で 最も簡単 かつ安全なその”解決法”

 僕は・・・・・知っているよ

 きみの言った通り 別の方法が まだこの世界には在ること
 でも きみは 知らなくて良い
 知るべきじゃない
 きみにだけは 知ってほしくないんだ

 僕は 知っていたよ・・・・

 きみの想った通り ”別の方法”が まだこの世界には在ったこと
 でも きみにだけは教えない
 教えるべきじゃない
 きみにだけは 絶対 教えてなんかやらない

 だって・・・・・
 言えるはず 無いじゃないか・・・・・

 『きみが ”永遠の犠牲”になれば 未来はずっと続いていくんだよ』 なんて・・・・