[独白]
深い、深い、果て無き淵。
暗い暗い、永久の底。
深くて暗い、永遠の闇。
ゆらり、ゆらりと浮遊する。
それは、起きがけのような、朦朧とした世界。
その中で、ただただ微睡んでいた。
実体すら無く・・・・。
宛も無い、という以前に、自分が何処を目指しているのかも分からない。
けれど、ここが『どこ』なのか、すぐに分かった。
それは、創世の場であると共に、終世の場ともいえる。
始まりあるものに、終わりは、必ず訪れるのだ。
人も、山も、河も、海も、動物も、植物も。
いずれは、”死”、という安らぎの中へ、還っていく・・・・。
だがそれは、自分には、当てはまらなくなっていた。
覆されてしまったのは、もう160年も前の事。
遠い、遠い・・・・・”昔”のこと。
あの時、自分は、この世界を選び取った。
この世界を選び、ここで生きていく事を決めた。
そして、この世界で、母と弟と呼べる人物を得た。
そしてすぐに、安らぎを得られぬ代わりに、不老という果ての無い呪縛を手に入れた。
自分で望み、手に入れた。時に導きを、時に呪いとして疎まれる物を。
自ら、”永遠”という鎖に繋がれる事によって・・・・。
後悔は、しなかった。
一度もしなかった、と言うつもりはない。そう言えば嘘になる。
苦しむ度に、嘆く度に。誰かを失い、それでも自分は共に逝く事が出来ないのだと思う度に。
その都度、繰り返し感じてきたことだ。
けれど・・・・・・
自分は、それを手に入れ、得る物も多かったのではないか? と思えるようになった。失った者が戻らずとも、自分のこの胸にある”想い”が、永遠であると思えるのなら。
二度と再会することが出来ずとも、それを永遠だと信じていられるのなら、過ぎ去り逝く日々も、決して色褪せることはないと・・・・。
『大切なものを得る為には、対価として、大切なものを差し出さなくてはならない』と、そう言ったのは、いつの時代の誰だった?
・・・・・・・分かっている。
失った数だけ、自分には、得るものがあったと。
生き残った者は、死に逝く者の分まで、それ以上に幸せを得る使命がある、と。
でも、それでも・・・・
嘆きは、自分を闇の淵へと誘った。
苦しみは、漆黒の鎖をもって、自分を呪縛した。
そして、後悔が己が責を問い、罰を執行する鎌として、今もこの心に刻み続けていた。
終わらない・・・・・・・・”円”を描き続けるように。
親友を得ても恋人を得ても、”運命”と呼ばれるものは、自分を壊そうと奪い続けた。
時として、誰かを憎んだ。何かを恨んだ。
そして、結果・・・・・・・・・自身を呪った。
不甲斐ない。情けない。無知な自分。
唯一、残されていく己の運命を、ただ一人憎悪し続ける。
大切な者達を『奪われた』とは、もう言わない。それが、自分の咎なのだと分かっている。
だが『彼ら』を失い、一人になった自分に生きる意味があるのかと、日々悩んだ。
無二の親友を、僅かな時の中に失った。もう百年以上昔の話。
愛する恋人を、再会する事なく失った。それを知ったのは、もう15年も前だ。
『自分には、もう生きている意味が無い…』
それだけだった。
『自分には、もう何も残っていない…』
それだけだった。
でも・・・・
そんな自分を支えてくれた人たちが、いた。最も古き友人、母、弟、そして戦友達。
その温かさを感じて、生きようと思った。
痛みを忘れることは無かったが、自分には、まだ守るべき人がいるのだと。
新たに、なんだかんだで面倒見の良い男と、娘とも呼べる少女を『家族』に迎えた。
皆、自分にとってなくてはならない存在なのだと、心からそう思った。
何より愛すべき、守るべき『家族』なのだと・・・・。
皆、仲睦まじく暮らしていたのだ。ずっと、ずっと。
それこそ、この時間が、永遠に続いてくれれば良いと。
それなのに・・・・・・
またやって来た。自分にとっての『分かれ目』が。
失うか。それとも、守れるかの。
助けたいと、心の底から想った。
自身とは、また違った鎖に繋がれ続ける、母であり師の想い。
もう誰も涙を流さなくていいようにと、決意を胸に旅立った。
もう無くしたりしない。絶対に助けてみせるから、と。
それ、なのに・・・・・・・自分は、今、何をしている?
心深い闇の中で、ただ想うまま、こうして流され続けているだけなのか?
『目を覚まそうにも、全身を鎖で雁字搦めにされているから、起きれないのだ』と、ただ己の境遇を嘆くだけなのか?
──── ────
全ての始まりを自分に手渡した、今となっては自分に最も近しい”声”。
それが、いつになく悲しみに満ちて響いた。
──── 目を………開けて ────
開けたい・・・。でも、開けられない。
何かが、ずっと『邪魔』をしてるから・・・。
──── 意識を……開け…… ────
意識を・・・開く? どうやって?
前は出来ていたはずなのに、今は、それが出来ない。
出来ないんじゃなくて、どうやっていたのかも思い出せない。
──── 心の底を………見てごらん? ────
心の・・・底?
何を言ってる?
今、ここに広がる『闇』こそが、底であるはず。
私に・・・・・・・最も似合うべき場所だ。
──── 全て……”見せて”あげるから ────
全てを?
どういう意味?
全てなんて、いらない・・・。
私には・・・・・・・あの子達が、”全て”なんだから。
──── だった、あの頃を… ────
「だった………私……?」
”声”に成った。
それと同時に、今まで開かなかった意識の扉が、静かに開いていく。
だが、開かれた意識の先に待つ人物を見て、目を見開いた。