[目覚め]
目の前に佇んでいたのは、”自分”だった。
そして、自分である『彼女』は、笑っていた。
それが、あの”声”なのだという事は、その全身から放たれている光によって理解出来た。
しかし・・・・・
その笑みを見て、どこか懐かしさに駆られた。それと同じくして込み上げたのは、重苦しい不快感。
目の前にいるのは、何も知らなかった頃の自分だ。この世界に来た頃の服を身につけ、表情も髪の長さも体つきも、全てあの頃のままの・・・・。
その笑みは、とても優しい。けれど、辛い事など何一つ知らない。
『なんか………ムカつく……。』
途端、ふつふつと沸き上がったのは、驚く程の憎悪。
・・・吐き気がする。何も知らないくせに。何も分からないくせに。
辛い事なんか、何一つ・・・!
幸せそうな、何一つ苦しみなど知らないその顔に、ギリ、と奥歯を噛んだ。
大昔の自分だと分かっていたはずなのに・・・。
だが、その中に刹那、垣間見えた『哀しみ』を見逃す事が出来なかった。本当に、瞬くよりも早い。それは、すぐに先の笑みに戻りはしたものの、その僅かな感情の変化を見て、自分自身であるにも関わらず胸が締め付けられた。
『』が、一歩近づいた。
争いなど知らぬ女性らしい体。それを見て、やはり彼女が『』だった頃の自分なのだと現実として捕らえる。
彼女は、そんな自分に微笑むと、ゆっくりと口を開いた。
「やっと……会えたね。」
「……?」
安心したように、嬉しそうにそう言った彼女の笑みは、どうしてか自分に安堵を与えてくれた。しかし、その言葉の意味を掴めなくて、僅かに首を傾げる。
「私さ…。あんたに、ずっと伝えたい事があったんだよ。」
「…私に…?」
「うん!」
である自分が、である自分に、ずっと伝えたかったこと。
「ずっと、呼んでたんだけど……”声”の我の方が強いみたいで、気付いてもらえなかったんだよね…。」
「あんたが……私を呼んでたの…?」
「うん。でも、あんたは気付いてくれなかった。っていうか………気付かないフリしてたって言った方が……正しいよね?」
「……………。」
その問いに、返す言葉が無かった。彼女の言う通りだったからだ。
『思い出せ』
頭の中に響き続けていた”声”。
このグラスランドに来てから、ずっと言い続けていた言葉。
自分がこの地へ来てから、日を増すごとに強い想いとなって、心を支配していた。
けれど・・・・
「…いったい、何を…………思い出せと言ってるのか…」
「うん、大丈夫! 私も、ちゃんと分かってるから!」
は、また優しく微笑むと、もう一歩近づいた。
「分からなくて当然だよ。分かるはずないよ。だって、あんたは……」
──── 『』では……ないから ────
語りかけるように響いた、”声”。それを聞いて、途端目頭が熱くなる。
その声は優しく、まるでボロボロになった自分を包むよう、心を癒してくれたのだから。
が、もう一歩近づいた。彼女との距離は、手を伸ばせばすぐに触れられるほどになっていた。
「だからね、。」
「……。」
「私の中の”記憶”を、あんたにあげるよ…。」
「……?」
そう言うと、彼女は、女性らしい柔らかい腕を首に回してきた。
「…?」
「ごめんね…。本当は、もっと前に渡したかったんだけど……封印が強くて…。」
「封印って…どういう…?」
己の首に絡められた、柔らかい腕。向かい合うその顔を見つめると、彼女は、緩やかに微笑んだ。彼女の言った『記憶』と『封印』という意味が、分からない。
でも・・・・・
「ずっと私の…、あんたの中に眠ってた記憶。ようやく渡せるよ!」
そう言って、少し悲しげに視線を伏せる彼女。その瞳には、辛い事を知らないといった色は無くなっていた。
抱きしめられ、思わず彼女の背に腕を回す。力がこもった。わけも分からず、涙が込み上げてくる。安堵ではなく、彼女と共に『共有』してきた、幾千幾万の日々を想って・・・・。
「……。」
「遅くなっちゃったのが、辛い所だけど…。でも、これであんたが泣かなければ良いね!」
その言葉の終わりと同時に、の体から眩い光。それは、己の闇を照らしていく。
彼女という存在が、己に希望を与えてくれたのかもしれない。
──── やっと、渡せるよ ────
次第に遠ざかる、”声”。
それを聞きながら、瞳から涙が零れる。溢れたそれらは、この光に照らされながら、上下左右の無いこの空間でも、確かに『存在』していたのだから。
「……。」
柔らかな光。それが、自分に溶け込んでいく。彼女の言った『記憶』が、融合していく。
それを境に、急激に浮上しだす意識。
同時に浮かび上がって来るのは、無くしていたことすら忘れていた、数々の『記憶』。
優しく引き上げられる感覚の中で、の、最後の言葉が聞こえた。
──── ”歴史”の………記憶を ────